おどおどアデリーナ
さすがアデリーナ様、姿を見せただけで部屋の空気が一変しました。
再び直立不動で礼をするカッヘルさんを除いて円卓に座る3人は視線を送るだけでしたが、壁際にいる衛兵や書記官の人が生唾を飲み込むのが分かりました。
「アデリーナ陛下、不躾にお招きしましてすみませんね。歳を取ると、足も動きにくくなるの。ごめんなさいね」
ロクサーナさんが座ったまま、私の影に隠れるアデリーナ様に話し掛けます。
私はそのまま自席に戻りますが、アデリーナ様は付いて来ませんでした。
「お座りになって」
「はい……」
目線を下にしてアデリーナ様は扉に一番近い席、ロクサーナさんが正面に来る位置に着席する。
「思ったより酷いな。分かった。コリー、すまないが証文を用意してくれ。内容は『アデリーナ・ブラナン女王の御認許により、法務官アントンに文書国王決裁の権利を委任。この委任は1週間毎に女王の御認許を確認するものとし、委任決裁によって生じる全責任はアントンが無期限で負い、如何なる場合であってもアントンは一切の言い逃れを許されない』くらいにしておくか」
「アントン様、お言葉ですが、この状態の陛下にサインして頂くのですか?」
「あぁ、国政を滞らせてはならん。後からの叱責など安いものだ。しばらく俺が国を仕切る。今、そうしなければ、そこのババァに好き勝手されるぞ」
ババァってどっちだろ?
しかし、口の減らない野郎ですね、こいつ。
「カッヘルとか言ったか、軍務については任せたぞ。状況的に帝国や大貴族らの行動はないであろう。警備体制を今のまま維持すれば良い」
「は? 俺に越権行為を見逃させた上でそれに協力しろってのか? 若造がふざけんな。俺が破滅すんだろ」
「この場に来てる時点で諦めろ、無能。おい、陛下。この臆病者に何か有難い言葉を吐いてやれ。少しは考え直すかもしれないからな」
全方位的に無駄に敵を作っていくアントンのスタイル。誰に対してもこの態度とは凄まじいですね。コリーさん、よくもアントンと結婚しようと思ったものです。1日に3回くらい、怒りで常に髪の毛が天を衝く感じになりませんか? そう、コリーさんのお慕いするデンジャラス・クリスラさんの髪型のように。
「へ、陛下……? えっ……私……?」
アントンの視線を受けて自分の背後に誰かいるのかと振り向いたアデリーナ様でしたが、扉しかないことを確認して、恐る恐る答えます。
「お前以外に誰がいる。早く言え」
「え……あの……え……カッヘルさん? その、頑張ってください。……一緒に……我慢して生きようか……」
「陛下から、役務を粉骨砕身で実行しろとの至極有り難き激励を頂いた。分かったな」
「分かるか、ボケ。どう見ても精神魔法の影響だろ。元に戻ったら殺されるぞ」
「だから、俺が責任を取ると言っている。証人にそこのお優しいシャールの獅子と狐がなってくれるんだろうさ。それでも不満なら、そうだな。クソ巫女、お前がそのヘタレ軍人の命と言い分を保証してやれ」
は? 私?
まぁ、そうしないと話が進まないんでしょうね。アントンの思い通りに事が進むのはムカつくけど。
「はい。カッヘルさんは母の知人みたいですし、村を襲った盗賊を捕縛してくれたこともあるので保証します。女王陛下の魔の手は私が排除致しましょう」
「まぁ、メリナさんがそこまで仰ってくるなら安心ね。私なんかじゃ、とてもじゃないけど、メリナさんに太刀打ちできないの。早く私から巫女長の座を持っていって欲しいくらいだものね」
「ちょっ! 待っ――」
「良し、満場一致だな。コリー、書けたか? 女王にサインさせろ」
「……ハッ」
躊躇いはありましたが、コリーさんが素早く紙を持っていきます。そして、アデリーナ様に恭しく献上しました。
コリーさんに教わりながらアデリーナ様が筆を進めたのを確認して、ロクサーナさんが喋ります。
「そう言えば、バンディールの地に帝国軍が向かっているとの情報が入ったのよ。王国軍を派遣できるかしら」
鋭い視線はカッヘルさんに向いていました。
苦々しい顔をしていた彼ですが、貴族様には逆らえないのでしょう。立って敬礼しながら答えます。
「ハッ! 前伯爵のお言葉ではありますが、シャール方面に展開する王国軍の規模は小さく伯爵領を警備するので精一杯です。とてもバンディールまでは手が回りません」
「そう、残念ね」
「なお、帝国軍動向は王国軍でも把握しており、その様な挙動は一切ありませんが……?」
「そうなのね。でも、万が一ということもあるから、シャールの市兵を展開させることに許諾をお願いしたいの。アデリーナ陛下の王位継承時の功として、バンディールを我らの土地と認めてはもらったのですが、兵を送るのは控えるように言われておりまして――」
ロクサーナさんの狙いはこれなんだろうなぁ。私は退屈であくびを噛み殺しながら、そう思いました。
目を伏せ考え事をしているように見せ掛ける妙技を用い、眠っている内に会議は終わる。
フランジェスカ先輩と合流し、神殿へと戻りました。勿論、アデリーナ様も一緒です。
しかし、やはりアデリーナ様の様子がおかしい。馬車に乗っているのに、大人しく座っています。本来なら御者席でクレイジーに絶叫しながら快走するはずなのに。
「アデリーナ様?」
「はい……?」
「今はるんるんなんですか?」
「えっ? 何の事でしょうか……怖いです……」
ふむぅ。調子が狂うなぁ。私は頭を掻いてから呟く。
「殺されたい?」
「ひっ……」
気弱なアデリーナ様って無性にムカつくんですもん。泣き顔の女王は隣に座るフランジェスカ先輩にしがみつく。
「メリナ、アデリーナが困ってるから悪い冗談は良くないよ」
むむむ、フランジェスカ先輩に軽く怒られた。これは反省です。話題を変えましょう。
「アデリーナ様は何歳ですか?」
「……10歳です……」
あの日記でも永遠の10歳って設定でしたっけ。仕方ない。あいつらを頼るか。
ガランガドーさん、アデリーナ様の状態ってどうなんですか? 演技じゃない?
『もうね、我では分からない領域なのである。アディの体内に特別な魔力的な動きはないであるが、シルフォルってあの方と同格っぽい感じがすることから、我、もう考えたくないのである。正直に申そう、我、臆しておる』
偉そうな敗北宣言を頂きました。
じゃあ、邪神は?
『演技ではないわねぇ。でもぉ、何をされたのかは分からないぃ。シルフォルは触れて良い相手ではないと思うわよぉ。実力者なんでしょうねぇ。私もガランガドーも遮断されて直接は何をしたのか見てないものぉ。後から貴女の記憶を辿って知ったのぉ』
あの空間で2匹とも無反応だったのは、そういう理屈か。
「メリナ……さん?」
「何ですか?」
アデリーナ様の顔で下から見上げられるのは慣れないなぁ。
「お姉様……と……呼ばせてもらって……良いですか?」
いや、どう見ても私の方が年下じゃないですか。
神殿に着いたら、まずは全身鏡を見せることから治療の開始ですね。
「どうして?」
「その……メリナさんはとても強いから……。あのフローレンス……巫女長にも認められているなんて……」
眉間に指を置いて私は考えます。
こいつは私を頼ることで自分の身を守ろうとしているのか?
クズですね。
いや、でも、あのアデリーナ様です。こんなのは一時の迷いでしょう。
「私を姉と呼びたいのなら、その修行は大変に厳しい。良いのですか?」
「……はい」
「勉学にも励まないといけませんよ?」
「……得意です」
は? いけしゃあしゃあと得意だ?
お前の返答にはアデリーナの片鱗が見え隠れしていますよ。
「では、明日は魔物駆除殲滅部の小屋でお待ちしております」
「魔物……駆除殲滅……部? フランジェスカ、何?」
「アデリーナの所属する部署だよ。メリナと私も同じ。部長はフローレンス巫女長が兼務」
「……そんなおかしな部署に私が……。うぅ……辛い……」
また下を向くアデリーナ様に私は怒鳴る。
「泣き言を言うな! 気合いを入れていけっ!」
「は、はい!」
よし。少しはマシな声を出せるじゃないですか。その調子ですよ。私はるんるんしているアデリーナ様を1度で良いから見てみたいのです。
◯メリナ新日記(4日目)
るんるんアデリーナ様は全然るんるんしていなくて、私は立腹しました。
明日から根性を叩き直してやります。反抗するなら鉄拳制裁です。




