緊急会議の招集
深緑のふかふか絨毯の上に、黒艶が煌めく大きな円卓。椅子のクッションもお尻がどこまで沈むのかと思うほどの柔らかさ。頭上で輝くシャンデリアはとても細やかな装飾でして、全てがシャール伯爵の会議室に相応しい。
そう、アデリーナ様のるんるん化事件は神殿内に留まらず国家危急の案件でして、私も含めて関係者が集められたのです。
入り口の扉に一番近い席はまだ空いていて、本日の議題というか主人公というか問題児というか、るんるん娘が遅刻していることが分かります。
それを呆れた目で見ながら、私はグラスに用意されていた冷水を喉に流し込む。
こういった格式高い場所に来ると、昔ほどではありませんが緊張します。
「お久しぶりね、メリナさん。貴女のご活躍を聞かない日はないわね」
高齢のせいで嗄れてはいるけどもはっきりとした声で、私に話し掛けてくれた女性が前シャール伯爵のロクサーナさん。顔や手の皺が深く巫女長よりも歳上だろうと思います。
巫女長が知人である前伯爵に今回の件を相談した結果、この会議が招集されたのです。
若かりし頃のロクサーナさんは独断で帝国に攻め入る程のイケイケの武断派だったと聞いたことがありますが、今はそんな過去を一切感じさせません。
「いやぁ、そんな大したものじゃないですよ。お恥ずかしい」
「謙遜されなくて良いのよ。そうそうシェラとは末長く仲良くしてあげて」
シェラはロクサーナさんの曾孫です。と言っても、現伯爵の第5夫人の娘とかだったから、大勢いる子孫の内の1人なんでしょうね。未だに信じられないけど、アシュリンさんも同じ立場らしいし。
「勿論です」
「シャールの未来を託しましたからね」
ロクサーナさんは情報局長のヤナンカに毒を盛られて死病に掛かっていたそうです。そして、シェラは王都情報局の息が掛かっていた人物で、私に関する情報も王都に提供していました。
ひょっとすると、死病の件もシェラが関与とか邪推してしまいますが、まさかなぁ。
「おいおい、女獅子ロクサーナも耄碌しているのか。そいつは最も未来を託してはいけない人物だぞ。何せ1年後どころか2日後の事も考えてないヤツだからな」
チッ。お前のよく回る舌を引っこ抜いてやろうか、アントン。
私の部下とかに勝手になっていやがったクソ野郎。こいつが何故にこの高貴な場にいるのか。
対面に座るクソを睨みながら私は言います。
「上司に向かって失敬な。二度と汚い口が開かないように、唇を糸で縫いなさい」
「クソ巫女、よく聞け。一度しか言わんからな。もう俺もコリーもお前に仕えていない。今の俺は女王直属の配下だ。ならば、お前の今の言葉は女王に弓引くも同然だぞ。重々、言葉に気を付けろ」
ん? そうなの?
私はアントンの後ろ、遠く離れた壁際にいるコリーさんを見る。そうしますと、軽く頷かれました。
「まあまあ、お2人とも熱くなってはいけないわ。今日はアデリーナさんの件で相談なのよ」
ロクサーナさんの隣に座る巫女長が取り成しの言葉を言う。
それに対して、もう1人の出席者が遠慮がちに手を挙げる。
「どうぞ。発言はご自由に」
「ハッ! ありがとうございます!」
ロクサーナさんの許可を受け、その軍人さんはサッと直立不動になって喋る。
「それでは、不肖ペルレ・カッヘル、発言させて頂きます。そんな重要な場にどうして私が呼ばれているのでしょうか?」
「アデリーナさんの一大事なのよ。政務側はそこの法務官に対応策を頼めるけど、彼は軍務の権限を持っていなくてね。そこで、シャール付近で最も地位の高い軍人である貴方をお呼びした訳。ご不満?」
「いえ! 状況把握しました!」
この場に座るのは、主催者のロクサーナ前伯爵、神殿代表のフローレンス巫女長、文官代表のアントン、軍代表のカッヘルさん。そして、何がアデリーナ様に起きたかを説明する証人役の私。
これ、ロクサーナさんの謀略なんだと思います。
アントンもカッヘルさんも、絶対にアデリーナ様の重臣なんてポジションではない。
緊急事態だからシャール近郊で連絡が付く者を集めて対応を決めた。
そんな言い訳で、シャールに都合の良い感じに国策を定めるのでは?
私はそう思いました。が、良いでしょう。小賢しいアントンもそれを感じ取っているでしょう。
「アデリーナ陛下がお目見えになっていませんが、始めましょう。メリナさん、陛下の身に何が起こったのか正直に仰って」
ロクサーナさんの言葉と目には余裕がある。そう思いながら、私は説明を開始します。
「はい。アデリーナ様と私は世界最強の者を探しているという者に会いに行きました。でも、そこには誰も居なくて、でも同行していたギルド職員には見えている感じでした。その後、異空間に強制転移されて襲われます。アデリーナ様は敵の攻撃から私を庇って、体が上下に切断される瀕死を負いました。敵を排除した後、回復魔法で治癒したのですが、体は戻っても頭が狂った感じになりました」
私はシルフォルが古代の英雄の1人であることと神だと推測されることを隠しました。余計な情報ですし、シルフォルがまた現れた時に、その事実を知っている者を抹殺するかもしれないから。
「そいつが陛下に悪さをしたんだろ。取っ捕まえて牢屋に入れておけ」
チッ。そんなことをしたら、速攻で脱獄してお前を殺してやるからな。
「そうされたいなら、王国の責任でどうぞ」
「メリナさんは何もしてないの。私も見ていたから」
シャール側の2人が私を弁護してくれる。
「陛下の容態を確認したい。話はそこからだろ」
詫びもせず、アントンは話題を切り替える。
「気分がお優れにならないみたいでね。お隣の部屋までは来られているのよ」
「コリー、迎えに行け。ったく、サッサッと言えよな。あんた、いい加減、日向ぼっこだけの生活に入った方が良いんじゃないか?」
しかし、アントンの横柄さに磨きが掛かっている気がする。相手は伯爵だったロクサーナさんですよ?
「ハッ」
鋭い返事をしたけど、コリーさんも気まずそう。
「もっと貴殿らの人となりを知りたいと思っていたのだけど」
「俺の事は、もう分かっただろ? こうしている間にも決裁を要する書類が増えているんだ。急がせてもらう」
しばらく待つことになりました。巫女長がカッヘルさんに雑談を振り始めて、こちらに火の粉が飛んでこないように、私はおトイレに行きます。ナイスな判断です。
なのに、戻っても扉の先にアデリーナ様は見当たらず、私は踵を返して隣の部屋へと足を伸ばしました。
下を向いて座るアデリーナ様の横に、コリーさんが膝を突いて説得、いえ、宥めようとしていますね。アデリーナ様が「行きたくない、行きたくない……」と呟いているのです。
そして、私はここで意外な人に会います。
「フランジェスカ先輩、付き添いですか?」
「メリナ? ちょっと待っててね」
「……あ」
フランジェスカ先輩が立ち上がると、アデリーナ様が心細そうに見上げます。
「そう、付き添い。昨日、巫女長からアデリーナを預かるように言われたのだけど、様子がおかしくて。何があったの? いきなり伯爵様の宮殿にお呼ばれするし、私も混乱しているわ」
「演技ですよ」
私は最悪のケースを想定できる女です。
「えっ? でも、私が思うに病的な幼児退行だと思うんだけど……」
甘いです。アデリーナ様は後々に脅す予定で、私たちを油断させているのです。自分の失態を覆い隠すために。あの怯えた表情の奥で、せせら笑っていやがるのです。
「先輩、私に任せてください」
「え、えぇ」
私はズカズカとアデリーナ様に近付く。
「あ、あなたは……?」
私に対して挙動不審なアデリーナ様。目が潤んでおりますね。ったく演技まで上達してやがる。
口を彼女の耳に近付ける。
「カマトトぶんなよ。殺すぞ、カス。付いて来い」
私の囁きに体をビクリとさせるアデリーナ様。
ふむぅ、演技だとしたら迫真です。そして、そうだとしたら、アデリーナ様の心中は煮え繰り上がっていることでしょう。
うふふ、面白い。私には全部お見通しですよ。
「ひゃ、ひゃい……」
背を向けた私にアデリーナ様が立ち上がったのが分かりました。
後ろから刺されないか緊張しました。でも、本当に演技じゃないのかな?




