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風紀委員

 街の風紀委員。うふふ、何だか私に相応しい職業な気がしてきました。人々に規律を教え輝かしい未来へと導くなんて、竜神殿の巫女と同じくとても意義のあるお仕事だと思いました。


「お給料はどれくらいですか?」


 しかし、私は大切なことを忘れておりません。これはヤル気に直結する大変に重要なことです。


「すみません、メリナ様。自治活動なのでお金は出せないんです」


 そうですか……。でも、そう言ったニラさんが申し訳なさそうにしているので、私は気を取り直して無償で頑張ることにしました。


 ……でも、無償かぁ……うん、大丈夫……。私、金貨をいっぱい稼いだもん。しばらくの宿代は払ってますし、明日のご飯代はツケでお願いしましょう……。



「メリナ様?」


 私より背の低いニラさんが下から覗き込んで、心配してくれました。


「あっ、大丈夫です。早速、始めましょう。何をすれば良いのです?」


「待っていてくださいね。店から道具を取ってきます」


 双子の1人が走ってどこかに行きました。

 その間に私は残った2人から風紀委員の役割について説明を受けました。



 この辺りはシャールの街中では古い下町に当たるそうです。


 シャールの街の歴史は竜神殿の建立から始まります。それが千何百年も前とのことで、そんな昔から崇められている聖竜様は本当に凄いと思いました。

 神殿を訪れる人が増えるにつれ、参拝客を相手にする門前町が出来上がります。宿屋や土産物屋といった商売人が増えると、更にその商売人を相手にする仲買人、日用品の職人、大工なんて人達も集まってきます。人数が多いほど魔物から身を守るのに有利ですので、元農民みたいな移住者も増えてきます。

 やがて、シャールは1つの街だけですが、国となります。今は大きな王国の中の一都市ですが、1000年以上前はシャールも独立国だったんですね。


 で、この辺りは神殿から歩いて半刻程の距離ですので、シャールの街ができた頃からの歴史ある場所ではあります。ただ、伯爵様やその他の貴族様が住むエリアは街北部に有りまして、どちらかというと、ここは普通よりちょい貧しい方々が多い地区とニラさんは言います。


 貧すれば鈍するという言葉がある通り、荒っぽい人が多くて、あからさまにルールを破る人は少ないのですが、仲間内では融通を効かせているそうです。


 私達、風紀委員はそんな彼らを咎め、ルールの大切さを学んでもらう使命を帯びております。なんと伯爵令にも定められた、ちゃんとした組織だそうです。



 道具を取りに行っていた、たぶん、カルノが戻ってきました。

 手渡された服に着替え、風紀委員と書かれたタスキを肩から腰へと回します。


 服、恥ずかしいです。

 とても目立つ黄緑色な上に、魔力で光る機能付きです。いわゆる蛍光色ってヤツです。



「メリナ様。今回は禁酒に関することだけをやっていきますね」


 ニラさんが袖を捲って気合いを見せます。


「こんな感じです。――はーい、風紀委員でーす。お酒出してないですよね?」


 そして、先ほどお食事をしたお店の扉を押して、中へと声を掛けました。


「出してねーぞ。飲みてーけどな」


 何故か店員でなくて客の冒険者のおっさんが答えました。


「分かりましたか?」


「はい」


 なるほど、理解しました。とても簡単です。


「でも、嘘を言っていたり、お酒を見付けたりしたら、どうしたら良いですか?」


「メリナ様、その時はお酒を没収してください。僕らは官憲じゃないので、逮捕はできないんですよ」


「伯爵様公認なのに?」


「……ここだけの話、違反者が多くて罰するのが難しいんです……逮捕しないように風紀委員が作られました。」


 小声でブルノが教えてくれました。何故に彼の名前が分かるかというと胸ポケットの所に名前が書いてあったからです。


「でも、官憲に本当に見付かったら牢屋行きですからね。僕らが彼らを救うって面もあるんですよ」


 ふむふむ。皆のためになるのですね。遣り甲斐のあるお仕事です。



「では、行ってみましょう!」


 ニラさんを先頭にお店を回ります。通りを抜けたら、また戻って再確認。それから、小道に入って、そちらにある本当に小さなお店にも顔を出します。


 友好的に対応する人も、苦虫を潰した顔をする人も、無視をする人もいました。何人かには暴言を吐かれていましたが、私が睨むことで黙らせますし、何なら、胸ぐらを掴んで黙らせました。


 ニラさんや双子の青年たちは笑顔を絶やさず、自分達の役目を果たしていきます。立派です。


 翻って、私はどうなのでしょう。

 いきなり口にした言葉は「お給料は?」です。ダメ人間ですか!? 私は自分勝手なクズなんですか!?


 いいえ。違います。



 心を入れ替えて、私は彼らとともに街を見回りました。今の私の主な仕事は荷車を引っ張ること。


 途中、空き家だと思っていた家屋の中からお酒の匂いがするってニラさんが言い出しまして、調べますと酒の隠し場所だったんです。10を越える木箱にお酒がそれぞれ20本ほど納められていました。

 ニラさん、凄い。私の鼻では全く分かりませんでした。


 発見したものは全部没収なのですが、余りに多く、また、重いので、この4人の中では一番力のある私が運搬担当となっております。

 私は後ろから付いて歩くだけでしたが、残りの3人は幾つものお店の中に入って熱心に禁酒の確認をしています。頑張る彼らの背中を見ている内に、私は自分の胸にも秘めたる思いを抱くようになっていました。



「お疲れさまでした。メリナ様、どうでしたか?」


「はい。殆どの方が我慢されているんですね。私も見習っていきたいと思います」


 私の返答にニラさんは喜び満面となりました。


「ブルノ、カルノ、聞いた? もうメリナ様はお酒を口にされることはないと思うの!」


「「……本当かな……?」」


 まぁ、ちょっと失礼ですね。怒ってはいませんよ。過去の私はニラさんにそう思われるだけのことをしているのでしょう。


「本当よ! ねぇ、メリナ様?」


「えぇ。ニラさん、ブルノさん、カルノさんの真剣な仕事振りを見ていたら、胸を打たれる思いでした。禁酒にどれほどの意味があるのか分かりませんが、私はルールを守ります」

 

「ほら!」


 私は微笑みます。そして、「今日のところはもう遅くなってきたので、宿に帰りますね」と別れの挨拶をしました。あと、すっかり忘れていた帰りの馬車賃をカルノさんが渡してくれまして、私は彼らと別れます。



 そして、街の人に道を尋ね、東の大門で街を出る費用を払い、街道を外れた森の中で服の下に隠し持っていた酒瓶を一気に飲んだのでした。

 喉が焼けそうなくらいな熱と苦味が大変に心地よく、私は朝までぐっすりと寝ました。

 これが適量です。


 朝陽を浴びながら、ひょっとしたら私は自分が欲望に素直なクズヤローかもしれないと、3人の熱心な仕事姿を思い出しながら少し思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 足が臭すぎてニラの鼻でも酒盗んでることわからなかったのか
[一言] 最後ナチュラルにクズで笑った
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