復活の儀
意識を戻したのは、ふかふかのベッドの上でした。全く見覚えのない部屋です。広くはなくて、隣のベッドを見るとフロンが寝ている。
明るい日差しに釣られ、立ち上がって窓辺に進む。あれだけ傷付いていたのに、体の動きは万全。聖竜様から頂いた紫の服さえ、何事も無かったかのように元通りになっていました。
木枠越しにきれいな池が見えた。
……ここ、竜神殿だ。
「ご苦労様、メリナさん」
私が目覚めたのを待っていたかのように巫女長が扉を開けて現れました。
「お疲れ様です。……巫女長がここまで運んでくれたのですか? ありがとうございます」
巫女長は笑顔だけで返して、次の話題に入ります。
「メリナさん、すぐにでも巫女長にならない? あんな大きな竜とお知り合いだし、絶対に私よりも適していると思うわ」
「……滅相もないです。まだまだ未熟ですので」
慎重に言葉を選ばないとまた酷い目に逢いますからね。
「竜の王はスードワット様とどちらが偉いのかしら」
「もちろんスードワット様です」
「また訊いてみるわね」
聖竜様に? なんて失敬な。
でも、聖母竜は聖竜様のお祖母ちゃんなんですよね。そういう家族的な意味では聖母竜の方が実力は兎も角、立場は上なのかもしれない。
「さぁ、メリナさん、アデリーナさんを治癒しましょう」
っ!?
「生きているんですか!?」
なんてしぶとい生命力。頭を千切られても動いている昆虫みたいです。さすが。
「あらあら、嬉しそうね」
……む……いや、まぁ、悲しくはないから。
「でも、お亡くなりになっているかもしれないわ。期待はしないで、でも、最善を尽くしましょう。よろしい、メリナさん?」
「はい。しかし、その前にご飯が食べたいです」
ここは巫女長の執務小屋だったらしく、巫女長の昼食と同じものを用意してくれました。
薄切りのハムにパンとサラダという質素なメニューです。巫女見習いの食堂で出てくる物よりも粗末な食事を巫女長はいつも食べているそうです。意外でした。
私が食後のお茶を頂いている間にフロンも起きます。唇を奪われた恨みはもう許してやります。結果として、そのお陰で生き残れたのは認めざるを得ないから。
「飯が喉を通るなんて元気じゃん、化け物」
「お前も準備なさい。今からアデリーナ様の復活の儀を始めますよ」
「アディちゃん、復活するの!?」
驚くフロンの目は本当に大きく見開かれていました。
「しないかもしれませんが、試します」
「化け物、絶対に成功させるのよ!」
「可能な限りは」
「あんた、ルッカの言っていた事を忘れてるかもしれないけどさ。アディちゃんとあんたは魔王候補で、でも、2人が干渉し合っているから人間を保っているとかじゃん。本当かどうかは知らないけど、あんた、このままだと魔王になるかもよ?」
……神聖メリナ王国が帝国に攻められていた時の話ですね。確かにルッカさんがそんな事を言っていたような。
「ふ、ふーみゃんは魔王候補2人を虜にするから、魔王を統べる魔王の候補かもって説をマイアさんが言ってたんだけど……? お前がふーみゃんになり続けていれば――」
「それ、気になるって私も日記に書いたことじゃん。でも、やっぱ違ったわよ。私、魔法詠唱できるもん。魔王と魔王候補は詠唱できないんでしょ?」
くっ。そ、そうでした……。
「メリナさん、そんな細かな事は後にして始めましょうか」
「はい。この私が魔王とか、絶対に嫌なんで頑張ります」
私は気を引き締め直します。
「まずは練習よ」
巫女長がそう宣言して出したのは、ローリィさんでした。
「ぎゃー、ごわいぃ! ごわい! 足にぃ! 何か当だっだぁ! だすげでー!」
泣き叫ぶ声が響き渡る。
この人は非戦闘員ですものね。あんな異常に巻き込まれたら、狂乱するのも致し方ないです。
「鎮静魔法よ」
「ぎゃーー!!」
絶叫しながら部屋を激しく転げ回るローリィさんを、強引に巫女長は黙らせます。およそ鎮静魔法を掛けられたとは思えない悲鳴が上がりましたね。
って、あれ? 床に血?
わっ、ローリィさん、踝を怪我してたんだ。その深さからすると、今できた傷じゃない。
「あれだわ。殺さず負傷させて、こちらの動きを封じるつもりだったんだわ」
「あー、なるほど。確かに私の足に纏わりつきましたね。邪魔だったから、踏みつけて殺そうとしたのを思い出した」
ローリィさんが恐慌状態だったのも精神魔法的なものを掛けられていたからなのかもしれない。
「は? 誰を?」
「ローリィさん」
「あんた、人間を辞めた方がしっくり来るわね」
チッ。お前だって同じように考えるくせに。
「さぁ、練習よ。私の治癒魔法だとメリナさんの傷は治らなかったの。きっとローリィさんの傷も同じよ」
なるほど。だから、アデリーナ様を復活させる前に練習なんですね。
床に体を伸ばすローリィさんの近付き、じっくりと傷を見る。
うん、魔力の膜がある。魔剣で切られて再生不能になっている傷と同じかな。
まずは確認として、普通の回復魔法。うん、変化無し。巫女長が懸念した通り、回復魔法は無効化されている。
指先で魔力の膜を掬う。
って、あれ? 表面の薄皮が取れただけで大部分が残っちゃうなぁ。いつもと違う。
膝くらいから切り落として、回復魔法が良いかしら。いや、それで成功したとしても、アデリーナ様の切断面を更に切るのは無理そう。仮に生きていたとしても私が殺すことになりそう。
指先でもう一度掬う。また表面だけが取れる。むぅ、これでどうだ。
傷口に指入れたまま、グルグル回す。
おぉ! 指に巻き付いて、いっぱい取れた!
「傷口を指で捏ね繰り回してから笑うの、気持ち悪いんだけど?」
「すみません。魔族のお前にこそ相応しい仕草でしたね」
まだ魔力膜の断片が傷口に残っていたので、それもグリグリして除去。
「全部、取れてんじゃん」
「フロン、お前も見えているんですか?」
「まぁね。魔力感知は得意だかんね。あんたみたいに魔力を触るなんて器用な真似はできないけど」
ふむ。こいつ、意外に高性能な所があるんですよねぇ。
回復魔法が無事に発動することも確認したので、本番に備え、アデリーナ様が分断されていた状態を思い出しながら、私達は魔力を取り除くシミュレーションを丹念に繰り返します。
まず、分断された体の間に私が座る。そして、両手を同時に使って上半身と下半身の切り口を素早くゴシゴシ。魔力膜の完全除去を私とフロンで確認してオッケーなら、巫女長とフロンがアデリーナ様の体を両側から押し付けて仮接合。それから、すぐに私が回復魔法を唱える。
「よし。やりますか」
「緊張するわね……」
「じゃあ、メリナさん、よろしく頼むわ。ほい」
血塗れのアデリーナ様が現れる。まだ口から血が出てきている。
でも、その光景に誰も怯まず、私達は事前に定めた通りの位置に陣取る。
まずは私の手のひらによるゴシゴシ。体液の他に温かい内臓が溢れてくるのは誤算でして、大変にゴシゴシしにくい。しかし、多少傷付いても魔法で何とかなるとの思いで、強引にゴシゴシです。
それよりも出血が酷いことが気になる。
事前演習にはありませんでしたが、造血魔法を急遽追加。その為に周囲は更なる血の海地獄になりました。
「オッケー! 魔力の膜、なくなった!」
フロンの掛け声で私は移動する。私は分からないままだったけど、こいつの方が魔力感知の精度が高いし、アデリーナ様の命に関わることで下らない判断ミスなんてしないと信じたから。
「せーのよ」
合図をしながら巫女長がぎゅっと下半身をフロンが固定する上半身へと押し込む。
ガランガドー、今です! 回復魔法!
『おうよ!』
無事に発動する回復魔法。みるみる内に傷が癒えていく。
成功を確信しました。死体に回復魔法は効かない。そこから考えると、つまり、アデリーナ様は生きていたのです。心臓を失っても生きていたアデリーナ様は不死身なのでしょうか。スゲーです。
すかさず、巫女長はベッドから抜き取ったシーツでアデリーナ様の体を隠してあげます。
これは素晴らしい配慮です。何故なら、アデリーナ様の下半身はパンツ1丁だったから。
頭からすっぽり被って下はスカート状である巫女服の構造上、胸で切断されたら引っ掛かる部分がなくて切り落とされてしまうんです。
きっと私がアデリーナ様を投げた時に外れたんでしょうね。
なお、血で真っ赤に染まっていましたが、胸も半見えでした。でも、だからどうってことはない。彼女の履いていたハデハデスケスケおパンツに比べたら。
「う、うぅ……」
アデリーナ様が動き出す。
ふぅ、全くこの身の程知らずは迷惑ばかり掛けますね。私を庇うなんて慣れないことをするからですよ。
「化け……メリナ、感謝してやるから」
フロンに初めて名前を呼ばれた気がする。
どう反応して良いのか分からなかったので、黙ってやり過ごす。
「あらあら。友情ねぇ」
巫女長の冷やかしなのか本気なのか分からない言葉にも私は無表情で通しました。
私は照れているのかもしれない。
ゆっくりと起き上がったアデリーナ様。また強気な言葉を発するのでしょうね。
「ふわぁ。よく寝たぁ。あれ? ねぇ、ここってどこかしら? あっ……フローレンス巫女長様……。ひゃっ、私、血塗れ……。うぅ、また虐められてるの……? 毎日が辛い……」
復活した女王は壊れていました……。
◯メリナ新日記 3日目
るんるんアデリーナ様が誕生した。いや、復活したと表現した方が良いのか。原因は不明。
何にしろ、この国の行く末が非常に危うい。明日、関係者で緊急会議が開かれることになった。




