それでも神に至らぬ力
不埒なフロンを殴り飛ばしてやろうとする前に、ヤツが脱力して倒れる。くそ、残念。シルフォルにヤられたか?
穢れた唾液が唇に残っているみたいな感覚がありまして、思わず袖で拭う。ちょっとしてから、大切な服が汚れたのを後悔する。
「私は精霊じゃないのよ。神よ、神。分かってくれないかな。魔力を産み出して調整するのがお仕事」
巫女長はまだ質問を続けて時間稼ぎをしてくれているようです。勝つための執念を感じます。
ならば、私も全力を。フロンの野郎に追い討ちするのは後にしないと。
夥しい光に視界は奪われたまま。でも、魔力感知では無数に増え続ける敵を捉えている。
近場にいた2匹を拳と蹴りで消滅させる。物理衝撃で吹き飛ばなかったのは、私が魔力吸収を組み合わせているから。
でも、予想外。こいつらは魔力のみで構築されたものなのか。
「ウルァアア!!」
魔力感知をフル回転させて状況把握しながら、且つ、私が集中力を高めた時にできる高速移動を組み合わせて戦う。既に100体以上を倒しました。
この間、敵の攻撃を避けることに成功し続けています。
決して攻撃が緩い訳ではなく、今も私の膝を魔力の束が掠めました。額を貫こうとするものもありますが、素早く移動して躱す。
横腹と太股と肩甲骨の周辺を狙う同時攻撃さえ、私は華麗に避けて逆襲する。
何故か敵の攻撃が読めるのです。動き続ける暗い場所や線が魔力感知の視野内に発生していて、怪しげなのでそこには立ち入ったり、触れたりしないようにしていました。しばらくそうしていた結果、私は学習します。受けきるのが難しい攻撃は、必ず、その暗い線を通り、そして、暗い場所に対して行われていると。
事前に攻撃を察知して動作する私、武道の凄い達人になった気分です。
『私の能力よ。感謝しなよ、化け物』
頭の中でフロンの声が響く。
驚愕する私。
……お、お前、まさか私の体の中に入ってるんじゃないでしょうね……?
あっ! 思い出した! ダークアシュリン!
今の私、巫女見習いの頃にフロンに操られたアシュリンさんと同じ!?
『仕方ないじゃん。勝つ為なんだから』
はぁ!? 穢れた! 私は穢れた! 聖竜様に捧げるには清い体が必要だと言うのに!!
しかし、戦闘中。心の中でそう叫びながらも敵を粉砕しつつ、攻撃をヒラリと遣り過ごす。
『慣れてきたわね。その調子よ。暗い所に入ったら死ぬからね』
ぬっ!?
あっさり言われた言葉にも驚きながら、構築した魔力ブロックを跳び回って高所の敵も始末していく。
『死相消えてるわよ』
それは良かったです!!
何だかよく分からないけど、事態は少しは好転している。
私の攻撃は当たる上に、神だとかいう敵の攻撃は全て避けている。フロンが体内にいるのが非常に気持ち悪いのは事実ですが!
「調子に乗っているわね。あー、魔族と融合なの? 忌々しい感じね」
シルフォルの呟きが聞こえた。こっちだって忌々しく思ってるわよ。融合とか言うな。
ぶち殺してやる!!
「ぬらぁ!!」
私が本気を出した一振りは、魔力も一気に放出され、密集していた5体くらいの敵の腹を突き破る。
ククク、大したことがない。神様だなんて嘯いてもこの程度なんですね。フォビと比較しても他愛ないです。
『私のお陰よ』
チッ、気が散るので、お前は完全にフォローに回ってお黙りなさい。
「こんなにも当たらないのはおかしいわね。死期を悟る能力かしら」
『かしら』って疑問形?
シルフォルは分かっていない?
「うらぁ! らぁ!」
跳び蹴りでもう1体を消し去り、同時に作った魔力ブロックを手で押して、その反動で方向を変え、心臓を刺す様に出来た暗い線を避ける。
直後に熱線が右頬を通り過ぎる。
「フローレンスさん、ごめんなさい。貴女の質問に答える余裕がなくなってきたの。これが最後。そう。今はそこの魔族の思考が読めないのよ。小癪だわ」
そうなの?
『さぁ? 読めてないのは本当みたいだけど。ってか、あんた、異常な速さね。乗っ取っても私じゃ活かしきれないわ、その力』
半数以上の敵を消滅させ、このまま行けると思った瞬間でした。
全ての空間が暗転したのです。つまり、どこにいても死。逃げ場は……ない。
目を突き刺していた光の暴力も消えています。
『化け物、上っ!』
フロンの大声で気付く。
魔力的には空が降ってくるような感覚で、頭上に巨大な何か。
『岩っ! ってゆーか、山っ! 山が降ってくんじゃん!』
小賢しい。火炎魔法で打ち抜いてくれるわ。
「あなたの精霊からの魔力を遮断するわね。いつでも殺せたのにごめんなさい。質問が多くてね」
急に力が抜けるが、こんなのは何度も経験済み。魔法は使えなくなったけど、体内には吸収した膨大な魔力があるのです!
『あるのですって、化け物、何ができんのよ!』
焦るフロンを余所に、私はほとんどの魔力を一気に放出。
凄まじい勢いと濃度に私を襲おうとした数本の熱線さえも途中で折れ曲がって方向を変えるくらいでした。これだけの魔力があれば十分でしょ。
両膝をつき、手を胸の前で組んで目を瞑り、私は言葉を出さずに祈る。
癪だけど、こんな手しか思いつかなかっただもん!
聖竜様、別の者に祈る不敬をお許し下さい。全ては聖竜様に生きて再会するために必要なことなのです。聖母竜、現れなさい。神を倒す約束を果たすのは今です。
唱えている間も熱線が私を貫きました。しかし、フロンの仕業なんでしょう。私の意思は関与していないのに、祈りを邪魔しない最低限の動きで致命傷を避けていました。
でも、即死じゃないってだけですかね。肩と横腹に穴が空きました。
くぅ、魔力不足で気を失ないそう……。
『あんたと心中は嫌よ!』
こちらこそ……です。
「メリナさん、聖竜様にお祈りしているのね。私の魔力も使って頂けるかしら」
巫女長が私の肩の傷付いた箇所を的確に触れる。激痛が走りましたが、我慢。こいつは本当に余計なことしかしないですね。
「あら? 回復しない系の傷なの? じゃあ、痛みを消す魔法で」
おぉ! 意識が戻ってきた! 巫女長が素晴らしい鎮痛魔法を使ってくれたようなのです。
しかも、その後、巫女長が年老いた手を私の背中に置いて、そこから魔力がドクドクと波打つように私に注いでくれました。私、元気になってきますよ!
更には私を持ち上げて、複数の熱線での攻撃から守ってくれることまでしてくれるのです。
ありがとうございます。こんなにも巫女長に感謝したのはいつぶりでしょうか。
『なっ!?』
フロンが驚く。
願った通りに顕現。私の第3の精霊である聖母竜が頭上高くに現れたのです。あの大きさですので、目が見えるならば、空が真っ白になったと錯覚する程でしょう。
「竜王サビアシース……?」
傲慢なシルフォルの声が僅かに震えていた。
「ご名答。何万年振りだろうね、地母シルフォル。おっ、遊んでんじゃん。あたしも入れなよ」
音は聞こえませんでしたが、恐らくは巨大な咆哮。莫大な魔力が上方に炸裂しました。山は粉々に粉砕されて吹っ飛んだようです。
『何よ、あれ……? 桁違い……』
「メリナさん、凄いわ。初めて見るドラゴンさんよね。まぁまぁ、私、お世話したいのだけど良いかしら?」
「巫女長、事が終わればお願いしてみましょう」
「えぇ、メリナさん。是非お願いして。お願いよ。それまでメリナさん、死なないでね」
死ぬ? あぁ、そうか。今は痛みを抑えているだけで怪我はしているのか……。
飛び回る聖母竜が次々とシルフォルの分裂体を尾で叩き落としたり、爪で引き裂いたり、大きな顎を開いて食い散らかしたりしています。逆にシルフォルの攻撃なんて、一切気にしていない様子です。
そこには圧倒的な戦闘力の差がありました。
やがて、シルフォルは1体を残すのみとなり、そこで聖母竜が地上に降りてくる。その着地で激しく地面が揺れます。
「相変わらず凶暴ね。ところで、あなたに関する記憶は拾えなかったのだけど?」
聖母竜の顔の前まで移動してきたシルフォルが喋る。
「あはは。当然に塞ぐだろ? フォビってヤツと戦う予定だったけど、まさかあんたみたいな大物が釣れるなんて。あはは、あたしの巫女は優秀だわ」
「謝罪するわ。貴女の巫女だなんて知らなかったのだもの」
「謝るの、そこかい? 往生際が悪いねぇ。甦生魔法を使ったヤツがいて、しかも、そいつを密かに生かしてんだろ。アンジェディールに知られたら、あいつが敵に回るだろうさ」
「あなたの巫女を見逃すから、その件は目を瞑ってもらえる?」
「あは。あたしは戦い足りねーぜ。本気のあんたと戦いたいんだけどさ」
「野蛮ね。詫びに私は抵抗せずに食べさせてあげたじゃないの。大事にしたくないのよ。じゃあ、神界で何かあれば、1度だけあなたに協力するわ。これでどうかしら?」
「ふーん。まぁ、それで手打ちにしてやろうか」
「ありがとう」
「礼は要らないさ」
言い終えて、パクッと最後のシルフォルを食べた聖母竜。どうやら完勝したようです。
私は勝敗が決した気の緩みもあって、失血で気絶していく。
思考が閉ざされていく中、アデリーナ様を失った自分の至らなさを痛感します。やがて来るフォビとの決戦までに、聖母竜のような圧倒的な力を自分の物にしなければ負けるかもしれない……。自分自身の力で神に勝ちたい……。
アデリーナ様、天国で私の成長を見守り……いや、覗き見されてるみたいで嫌だな……。あいつが天国って有り得ないし。
アデリーナ様……地獄の奥底から私の成長を応援してください……。




