絶息
「皆さーん! 大丈夫ですか!? 私、目が見えませーん! だから助けてー!」
ローリィさんの叫び声が響きますが、誰も向かえず。太陽を見上げるよりも数段強烈な光で視界を奪われていまして、更には謎の敵が目の前にいるからです。
魔力感知で何とかできるとはいえ、この光を抑えなければ、こっちが不利だと思う。
「視界が回復しても無理よ。だって、私、分裂するもの。ほら」
言葉通り、魔力的に同質な敵が10体以上も現れて、円陣を組んで私達を取り囲む。
「助けてー! お金要らないから助けてー!」
ローリィさんが叫び続ける。私はアデリーナ様に近付き、お互いに背を預けて敵の出方に備える。
「そうね。うん、報酬は渡さなくちゃいけなかったわね」
「ひぃぃ」
何かが出現し、それに足を取られて転がるローリィさん。金属音から金貨の類いなんだろうと感じました。
「メリナさん、アデリーナさん、落ち着いて。気押されてはダメよ。私、こういうの慣れているから」
いつもと変わらない巫女長の声は流石です。
「だずげでー、だずげでー!」
ローリィさんが私の足に絡み付く。
「すみません。戦闘の邪魔になるから離れて欲しいです」
「やだ! 怖いですもん! メリナしゃま、いっじょに、いっじょにいてー!」
私の発言はローリィさんには逆効果で、更に強い力で私にしがみ付かれました。
んー、ごめんなさい。文字通りの足手まといなので、喉を踏み潰させてもらいます。勝つ為だから良いですよね。
「まあまあ、大変ね。でも、安心して。お助けするわね。はい、収納」
巫女長の収納魔法が炸裂。あっさりとローリィさんが消え去ります。それだけではなく、魔力の感知的には地面に散らばる金貨も回収したようです。盗み癖をこんな時にも発揮する抜かりなさに驚きます。
でも、これで邪魔者無しで戦える。
「あなたがシルフォですか?」
私の確認に答えが返ってくる。
「えぇ、ご明察。本来、貴女が口を利くことさえ畏れ多い存在なのが私。ましてやシルフォなんて友人になったつもり? シルフォルと最後までお呼びなさい」
シルフォとシルフォルなんて、ほぼ一緒じゃない……。細かい。
「目的は何で御座いますか?」
剣を構えて牽制するアデリーナ様が問う。
そして、その間にも巫女長が魔法を連発。きっとえげつない精神魔法です。私達が無事なのはふーみゃんの毛が守ってくれているからでしょう。
「大したことじゃないのよ」
敵はまだ臨戦態勢に入っていない。
アデリーナ様が時間稼ぎをしてくれている間に、私は自分の魔力を高める。
更に念のために別の手も打つ。
ガランガドーさん、聞こえていたら準備をお願いします。私の体を自由に扱って良いので、お前が最善だと思う手を使うのです。相当な魔法が必要ですよ。
反応は無し。
チッ。あいつ、強敵の前だと怖じ気付くから期待できないか。
邪神よ、聞こえていたらお前でも良いですよ。
「スーサ君が神を引退したいって言うから、それを止めに来たの。ただそれだけ」
スーサ? 初めて聞く名前だ。フォビではなく?
「スーサ君にね、世界を維持していくには彼の甘さが良くないって言ってあげているの。何回も指摘してあげてるんだけど、聞かないのよねぇ。ってことで、彼の成長のためにお手伝い」
次の句の後に攻撃が来る予感。
「彼ね、ここの土地が好きなのよ。愛着ってやつ? だから潰してあげるの。己れの使命を忘れている甘さを、これで考え直して――」
「行きますっ!!」
私は跳ねるっ!
そして、正面の相手の腹に掌底。同時に魔力吸収。弱体化と共に自分を強化する。
次いで、隣のヤツに後ろ回し蹴り。反応を許さず、その頭を破壊。
「皆、こっち!」
囲みに綻びが出来たことを伝えながら、更に3体目に襲い掛かります。
私の意図をちゃんと理解してくれたみたいで、アデリーナ様と巫女長が円陣を抜けました。
彼女らは竜神殿を、いえ、王国を代表する猛者です。戦闘経験が豊富。だから、次に取る私の行動も把握して、十分な距離を稼いでくれます。
私の選択は竜化。
体の膨張で聖竜様に頂いた紫色の服が破れるのが胸が痛い。でも、やるしかないっ!
「残念。無駄よ」
シルフォルの抑揚のない声が頭に響き、私の膨れ始めた体が萎んで元にもどる。
「私ね、結構偉い神様なの。貴女の思考なんて、全部読めているのよ」
ふん。それはフォビもそうだったから分かります。更には、精霊のガランガドーや邪神にも言われたことがある。大したことじゃない。
「良い素材だけど……まぁ、そろそろ楽になりましょうか」
横から不意打ちを喰らって私は吹っ飛ぶ。
最初はシルフォルの攻撃だと思ったのですが、異なりました。
横になった私の体の上にはアデリーナ様が居ました。アデリーナ様が私にタックルしたようなのです。
「麗しき友情。うふふ、眩しい」
シルフォルが笑う。姿は見えないから、声だけなのかもしれませんが。
「疑問が御座います」
アデリーナ様は私に乗ったまま、シルフォルに尋ねます。重いので早く立ち上がって欲しい。このままでは絶好の的ですし。
「答えてあげる。質問は言わなくて良いわ。分かるから」
えっ……? 私の服が濡れていく。血? だとしたら相当の出血。痛くないから私のじゃない。
となると、恐らくアデリーナ様が深い傷を負っている。さっきのタックルは私を庇ったのか……。
すぐに回復魔法。
「あなた、賢いわね。そうそう。直接に手を出せない事情があってね。神様の約束事って言うか」
シルフォルが勝手に喋る中、アデリーナ様の下にいる私を引き起こそうとする者がいた。
「化け物、立って」
フロンです。残念ながらふーみゃんはまたもやフロンになってしまったのです。
「あんた、死相が出てる」
不吉なことを言う。
「ふーん、甦生魔法? あはは、そう。彼が死んじゃうのが惜しくて。生かしておけないわね、貴女。いえ、全員かしら」
シルフォルはまだ喋っていて、私はその隙に立ち上がる。でも、アデリーナ様は転がったままです。
「質問はもうない?」
「アデリーナさん、頑張ってー。精霊はお喋り好きだから、その間は攻撃してくる確率が低いのよー」
巫女長のアドバイスです。本当かどうか分からないし、シルフォルは精霊でなくて神って言ってるんだけど……。
「喋るのが好きなんじゃなくて、答えるのが慈悲だからよ。愛する家畜を屠殺する前に感謝を述べる感じかしら。あら、まだ質問? 本当に頑張るのね。私が悪神? うーん、難しいわね。貴女達にとっては悪かしら。でも、結構、常識人よ。ほら、多数の幸せを追及して実行しているもの」
くそ。シルフォルの分身体が無数に増えている……。思っきりジャンプしても手の届かない高さの所にもいやがる。
全部、倒せるのか……。全部倒したとしてシルフォルから逃れられるのか……。
私の横にいるフロンが訊いてくる。
「あんた、手はないの?」
「まだ思いつきません」
「死相がまた出たわよ。こっちに寄って」
フロンに腕を引っ張られた瞬間、熱線が私の横を走る。動かされなければ直撃を受けていた。
こぷ。
妙な音が足下から聞こえてきました。
「アデリーナ様……?」
返事はない。って、わっ!
たぶん吐血だ! それもかなりダメな感じの!
「死んだから。アディちゃん……死んだから」
言われて気付く。
アデリーナ様の体が胸のところで真っ二つに割れている。
「巫女長!! 収納!! アデリーナ様を収納!!」
即死じゃないかもしれない!
王都でのブラナンとの戦いでもオロ部長が死に掛けて、でも、巫女長の収納魔法で保管されて生きていました! だから、アデリーナ様もまだ助かるかもしれない! 心臓とか絶対に止まってるけど!!
私はアデリーナ様の体を巫女長へ遠投。焦っていたので、かなりの速さが出ていましたが、魔力的に消え去ったので、きっと巫女長に収納されました。
うん、大丈夫。きっと大丈夫!! だから、私の手よ、震えるのを止めなさい。
「シルフォルさん。私からも質問があるの。良いかしら?」
「良いわよ。スーサ? 貴女方がフォビと呼ぶ者に相違ないわ。由来? 貴女方の古語で聖人を意味するスーサよ」
巫女長は動揺していない。時間稼ぎを引き受けてくれている。
「……アディちゃんの選択だから、私はあんたを助けた」
「そうですか……」
相変わらず視界は奪われたままでして、私はアデリーナ様の最期の顔が笑っていたのか、怒っていたのかも分からない。
「私が好きな食べ物? そうね。最近はシンプルなサラダかしら」
巫女長は無駄な質問で援護してくれている。
苦手な存在でしたが、こんなにも頼りになるとは。あのアデリーナ様が一瞬で殺されたと言うのに、諦めずにまだ反撃の機会を狙っている。
「化け物……仇は取る気あるの?」
「無くは無い」
言葉とは裏腹に強い怒りが湧いています。
「手段は選ばないわよね?」
手段があるのか、フロンには?
ならば乗ります。
「無論」
「じゃあ、動かないで」
言われるがままにジッとしていたら、フロンの顔が目の前にやって来ました。そして、私の唇が奪われたのです……。
最悪です。これが私の人生で最後の想い出とかマジで勘弁して欲しい。こんな非常事態でも性欲とか、こいつ、マジで殺してやろうかしら。




