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依頼人との接触

 ローリィさんに連れられて行ったのは、街中の市場通り。道の両側に普通の店舗も建ち並んでいますが、その入り口を邪魔しない形で簡単な屋台もたくさん出ています。


 呼び込みの声とか値切りの言い合いとかで、とても活気がある。宿屋の近くにも似たようなお店が集まる通りがありましたが、東門に近いこちらの方が栄えている印象です。


「アデリーナ様、見てください。ほら、木苺があんなにいっぱい売られてますよ」


 懐かしい。森で発見したら嬉しい気持ちになったんですよね。森の探索の時もポケットに入れたのをお向かいのレオン君と休憩時に食べたりしました。


「そうで御座いますね」


 胸元に抱くふーみゃんを撫でながらアデリーナ様が同意しますが関心なさそう。でも、負けずに私は続けます。


「実は甘いのと酸っぱいの見分けるのが得意なんです」


「買うのは後になさい。それよりもふーみゃんに小魚を与えたいので御座います。ほら、あの店に寄りたく思います」


「ふーみゃんに貢献したいのは山々ですが、お金を持ち合わせておりません。お金を下さい」


「メリナさんが触れた物は食べませんよ。ぽんぽんが痛くなりますよね。ねぇ、ふーみゃん?」


「もぉ、2人ともちゃんと私に付いてきて下さい」


 前を進むローリィさんに注意されました。


「えー。でも、あんなに採るの大変だっただろうなぁ」


 木苺の畑があるのか、それとも冒険者の方々に依頼するのか。大変に興味深い。ベセリン爺に頼んで、今度、仕入れて貰おう。


「ちゃっちゃっと歩いて下さい。本当は昨日の約束だったんですから、待たせて悪いって気持ちは持ってないんですか?」


 少しもない。

 そいつ、透明なんでしょ。魔法使いの可能性はあるけど、ほぼほぼ人間じゃないもの。


「最初はどうやって出会ったんですか?」


「聞きます? 聞きたいですか、それ? 良いですよ。聞かせてあげます」


 ローリィさんが笑顔で振り向く。


「早く仰いなさい」


 対して、アデリーナ様の声は冷たい。


「アデリーナさんにお小遣いを貰って、酒場で飲み食いしたんです。その帰りに私を呼び止めたのが依頼人のおばさんです」


 女か……。やはりフォビではない。

 いや、結婚式の騒動ではパットさんの中にヤツは入っていたのだから、おばさんに取り憑いていたとしてもおかしくないか。


「いきなり金貨を私に渡してくれたんですよ。いやー、私が優秀なギルド職員って一目で分かったんですよねぇ」


 明らかに不自然でしょ。


「出会った瞬間に殴り殺して良いですか?」


「良い訳ないですよ!」


「いいえ。良い選択でございますよ、メリナさん。ローリィも死体には不要の金貨を与えれば満足されることでしょう」


「怖っ! この人達、怖いです! うぅ、こんな頭がおかしいのが世界最強だなんて……。世界が滅んじゃいますよ」



 ローリィさんはそれでも前へと進んでいきます。何度か珍しい売り物に目を奪われる私でしたが、はぐれずにちゃんと付いていけました。たまにローリィさんがこちらを振り返ってくれるお陰ですね。



「はい。着きました。乱暴は本当に止めてくださいよ」


 ローリィさんが足を止めたのは店主が不在の雑貨屋の前。ボロボロの布の上に汚れたガラクタっぽいものが乱雑に置かれています。折れた笛、割れた壺、焼けた杖、そんなのが並んでいるのです。だから、主人がいなくても盗まれることがないのでしょうね。


「お待たせしました。やっと連れてこれましたよ、世界最強の人。それでは報酬を早速」


 軽やかにローリィさんは見えない誰かへ話し掛けました。


 道行く人達は多いのに、ローリィさんの一人芝居に怪訝な顔をする人は居ませんでした。隣で野菜を売っているおばさんや逆となりで獣の毛皮を並べている青年もこちらに視線を向けません。

 余りに無関心過ぎて、まるで、このガラクタ雑貨屋の周りだけぽっかりと空間が切り取られたみたいな感覚です。


「アデリーナ様……?」


「見えておりませんよ」


 魔力感知での反応もなし。

 ローリィさんの一人芝居? いや、そんな事をする意味は全くなくて、頭のお病気系? 冒険者ギルドの受付でずっと眠っておられたし、その可能性は否定できない。

 いや、でも、あのシルフォとかいう7人目の英雄が描かれた大金貨は本物でした。


 いつの間にか、ローリィさんの片手に皮袋が現れていました。

 本当に何かいる!


 私は豪腕を振り下ろし、本来は店主がいるであろう場所を殴ります。その為の踏み込みで何個かのガラクタ達が砕け散ります。

 が、やはり何にも当たりませんでした。


「ちょっ! 本当に頭、大丈夫ですか!?」


 ローリィさんの抗議は無視です。


「アデリーナ様!」


「お任せなさい!」


 ふーみゃんを肩に移し、アデリーナ様の手には真っ黒な刃の剣が握られていました。


「対亡霊専用の魔剣で御座います!」


 それを横に一閃。暴風が遅れて発生するくらいの速さでした。

 私の胸の前で鋭い刃が止まります。とても危なかったです。


「手応えが御座いませんね。斬れませんでしたか……」


「いや、またもや味方である私を傷付けるのかと驚きましたよ」


「ちょっと!! 依頼人さんを殺す気ですか!?」


 勿論、殺すつもりです。

 明らかに異常な事態ですから。

 道行く人がこの騒ぎに一切気を留めていないことからも明確です。何らかの術中に私達は嵌められている。


「にゃー。にゃー、にゃーお。にゃーご」


 普段は大人しいふーみゃんが珍しく長めに鳴きました。アデリーナ様に何かを教えようとしているのか。

 何て羨ましい! 私にも教えて、ふーみゃん!


 アデリーナ様が素早く後退する。

 それで空いた場所へ魔力の束が私の後ろから射出されます。ギリギリのタイミングでした。


 クッ! ローリィの一人芝居も含めて罠か!? 背後から攻撃された!

 向きを変え、反撃に出ようと体勢を整える。

 視界の中には信じられない人を捉えています。



「あらあら、皆さん、ご無事かしら? 私、心配になって見に来たのよ」


 巫女長です。にこやかな笑顔が逆に悪魔のようにさえ見える。


「ぶっ殺す!!」


 私は叫ぶ。無論、体も動かしています。


「メリナさん、私は貴女を救いに来たの。信じて」


「信じるか、ボケェ!!」



 無防備な顔面に拳を叩き込もうとした時でした。辺り1面が光に包まれる。

 攻撃を止め、身を守るために体を伏せて、更に転がって場所を変える。

 光は収まらない。目を瞑っているのに光線が眼球を刺す。状況把握は魔力感知頼りになります。


「意表を突かれたわね。空間を越えての魔法攻撃かぁ。面白いわ」


 知らない女の声が聞こえた。


「お名前は……フローレンスさん。うん、覚えた。1000年くらい覚えていてあげる。光栄でしょ」


 誰だ……? こいつがシルフォか……?

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