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優雅な朝食

 朝食を取りに下りたら、食堂にはアデリーナ様が既に来ておりました。腕にはふーみゃんも抱かれております。無事で良かったです、ふーみゃん。内なる敵であるフロンが出てこないように密かに戦っていたんですね。私、全力で応援します。


 ベセリン爺がお茶を彼女に出しているところで、そこからするとそんなにお待たせはしていない様子です。ってか、約束していないので待たせるとかもないんですけど。私にご迷惑なので来ないで欲しいとさえ思います。


「おはようございます、メリナさん」


「はい。おはようございます」


 この宿は神殿から遠く離れているのに、ホントよく来やがります。


「お仕事は良いんですか、アデリーナ様」


「そのままそっくりメリナさんにお返ししますよ。私はちゃんと昨日に今日の分を終え、巫女長にも休暇の連絡をしております」


「ご苦労様です」


 私はショーメ先生が運んできた目玉焼きを食べながら答えます。


「ふむ。中々の形で御座いますね」


「何がです?」


「そのサニーサイドアップ」


 あぁ、目玉焼きのおしゃれな言い方ですか。


「そんなことよりも、昨日、ルッカさんに会いました。マイアさんを追尾するように伝えておきましたよ」


 グサッと目玉焼きにフォークを突き刺し、一口で食べる。柔らかい黄身がお皿に流れると勿体ないので。


「よくやりました、メリナさん。私もカッヘルにローリィの尾行を命じました。依頼人とやらの正体を探るためです」


「カッヘルさんて、あぁ、昨日の終わりにアデリーナ様が話していた軍人さんですね。思い出しました。度々、ノノン村関連で会うんですよね。確かシャールの反乱の時にノノン村を攻めた軍隊の隊長さんだったかな」


「えぇ。彼の妻子はノノン村に在住で御座いますよ」


「結婚する前の奥さんがカッヘルさんと会いたいからって、私とルッカさんで王都から運んだんですよ。いやー、懐かしい。で、依頼人とやらは掴めましたか?」


 パンにバターをこってり乗せながら、私は尋ねます。余熱で溶ける様子が食欲をそそります。


「依頼人の後ろ姿を見ることも叶わなかったそうで御座います」


「尾行に失敗したんですか。無能ですね、カッヘルさん」


 頬張った口からパン屑が落ちてきて、聖竜様に頂いた大切な紫の服を穢したので、パンパンと払います。


「無能なら使いませんよ。カッヘルは武力は無くとも戦術眼だとか観察眼に優れた男です。彼からの報告は『ターゲットは透明人間と会話しているが如く』で御座いました」


「相手は居たけど目に見えなかったってことか……。依頼人は精霊みたいなもの?」


 幽霊とか亡霊だったら嫌だなぁ。

 あいつら、本当に怖い。色んなところから湧き出てくるし、精神攻撃もしてくるし。巫女長みたいです。


「後程、ローリィに連れられてその者の下へ向かうことになるでしょう。本当に透明なのか、魔法的な偽装なのか、ローリィの演技だったのか、色んな可能性が御座います。いずれであっても対処できるように準備をしておきなさい」


 ローリィさんの演技? そんな可能性があるのか……。あの人、言っちゃなんですが、私より怠け者の素質を感じますよ。そんな面倒な事をするかなぁ。


「ショーメ先生、聞きました? 準備を宜しくお願いします」


 背後の壁際に立つ先生にお伝えしました。


「聞こえてませんから準備はしませんよ」


 つれない、冷たい。

 アシュリンさんなんか不器用だけど、熱い拳を振るいながら私に死ぬなって言ってくれたのに。当たったらアシュリンさんに殺されそうだったのはご愛敬です。


 しかし、アレですね、透明ってのは気になる。幽霊だったら会わずに帰るっていうのも選択肢に入ってきます。私の守護精霊どもに確認しておきましょう。



 ガランガドーさん、今の聞こえてましたよね。実際、ローリィさんが出会った人はどんな感じでしたか?


『うむ、主よ。我は興味を持っておらんだ為、分からぬ』


 使えねー。邪神、お前はどうですか?


『悪いわねぇ。ゾルを慰めるのに手間が掛かったのよぉ。分からないわぁ。でもぉ、貴女ぁ、早く逃げなさぁい』


 逃げる? 何を知っている?


『私の勘よぉ。長く生きた精霊としての勘。ゾワゾワするのぉ』


 ガランガドーさん、貴方はどうですか? 邪神と同じ感覚がします?


『我は常に平常心であるから、そんな軟弱な事は口にしないのである』


 あー、何も感じてない鈍感か無能ってことか。


『主よ! 強さを裏付けとした平常心である!』

『長生き度合いだとぉ、私の方が上だからぁ』

『ぬっ! 歳しか我に勝る点がなかろうに!』

『あらぁ。また殺り合うのぉ? 構わないわよぉ』

『望むところよ!』


 こら、止めなさい。私の頭の中で喧嘩するんじゃない。騒音で頭が痛くなります。

 ふむぅ。仕方ない。ここはあいつに聞くべきでしょう。白き巨竜にして私の第三の精霊。



 聖母竜よ、聞こえてます? 透明人間って幽霊ですかね?


『そんな魔力じゃ届かないわよぉ。遠いぃ所にいるのにぃ』

『主よ、あの方は本当に怖い方だから、そんな気軽に口を聞いてはならぬぞ』



「メリナさん、どうしました?」


 精霊たちと会話していた為、私の動きが止まっていたのでしょう。アデリーナ様が私を見詰めていました。


「すみません、透明人間の正体をガランガドーさん達に訊いていました。結論は分からないでしたが」


「てっきり、予言通りに死んだのかと思いましたよ」


「突然死にしても唐突過ぎますよ。でも、たった今、透明人間はフォビかもと思い付きました。以前に圧勝した時、本気の力で勝負してやるから待っておけ的な三下みたいな台詞を吐いてましたから」


 ベセリンが淹れてくれた食後の紅茶に手を伸ばす。私の好みに合わせて、既に砂糖をたっぷり溶かしてくれています。


「ふむぅ」


 アデリーナ様は目を閉じて考えます。


「シルフォの大金貨の件、あれがフォビの仕業だとすると回りくどい。シルフォの存在を伝えたいなら、直接的に伝えるべきでしょうし、その後の即死魔法の発動も危険」


「違ったかぁ。残念。今度こそ抹殺してやろうと思ったのに」


「しかし、マイアとヤナンカに与えられた未来予知の能力は尋常じゃありませんでした。マイアがあれだけ悩んでいたのですから、本物なのでしょう」


「えっ、悩んでました?」


「悩んでおりました。メリナさんの目は節穴で御座いますか?」


 私は飲み終えたカップを皿に置く。

 節穴ではない証拠にアデリーナ様のおパンツの色でも予想してやるかと思いましたが、アデリーナ様が話題を続けます。


「その未来予知の付与を含めて、先日までのバカ騒ぎは冒険者ギルド如きが用意できる内容では御座いませんでした。最も古い祠はヤナンカとブラナンに秘匿されていたものですし、参加者全員の同時転移、大型映像魔法、能力付与など、どれも明らかに不自然な話です」


 ぐだぐだ煩いヤツです。


「考えても分かりませんよ。ローリィさんの所に行きましょうか」


「そうで御座いますね」


 アデリーナ様が立ち上がりました。



「あっ、アデリーナ様、大切なことを思い出しました」


 宿を出る扉を開ける直前に私は言います。


「どうしましたか? 遺言?」


「んな訳ないでしょ。アデリーナ様のポエム詠唱なんですけど、禍々しいのでもっと可愛らしくした方が良くないですか?」


「ポエムとは言いたい放題で御座いますね」


「痛っ! 痛い!」


 拳骨で頭をグリグリされました。


「私も思い出しましたよ、メリナさん」


「思い出さなくて結構ですし、口に出さなくても結構ですよ」


 しっかりと私はそう伝えたのに、それに反してアデリーナ様は喋ります。


「メリナさん、昨日の戦闘中、私の歳で生娘とかヤバいなんて仰っていませんでした?」


「言ってないです」


 私は遣り過ごす。鬼の地獄耳に本当は心臓が飛び出そうなくらいの衝撃を受けておりました。殺されてもおかしくないくらいの侮辱だと思いますもの。


「言っておりましたよー」


 ショーメのヤツが食堂から顔だけ出して、真実を述べやがりました。


「純潔を守ってるなんて巫女の規範――って、痛っ! 痛い!!」


 両拳でのグリグリで勘弁して貰えました。


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