考えをぶつけながら
疾走しながら周囲の様子を確認することも忘れない。
まだオロ部長は動いていない。その上に悠然と乗っている剣王も当然にそのまま。だから、剣王の相手をすることになっているアデリーナ様が向かっている。
クリスラさんとショーメ先生は私と同じように走っていて、このまま打ち合いに入るでしょう。
しかし、ショーメ先生、クリスラさんを慕っているような日頃の口調に反して、クリスラさんの後ろに居ますよ。守らなくて良いのでしょうかね。
アシュリンさんとパウスさんは私狙いで迫っている。並んで走っているけど、2人とも速度をセーブしている。
クリスラさんとショーメ先生の組に私が向かっている事を察して、彼女らと拳を合わせている私の背後を取るつもりかな。負けませんよ。
もうすぐで間合いというタイミングでクリスラさんが口を開く。
「メリナさん! 愛を知った我が拳を受けなさいっ!」
うわぁ。クリスラさん、ガルディスと結婚したんですよね。愛って言うか肉欲を知ったんでしょ。気持ち悪い拳です。
「手にした愛は腐るのみですっ!」
腕を引きながら私は叫び返しました。お父さんの本に書いてあった言葉です。聖竜様と私の間の愛は腐りませんから、これは虚偽です。
「真実の愛は腐敗しないっ! マイア様も仰っていますっ!」
クリスラさんの細い腕が前に伸ばされる。しかし、物凄く速い。昔の私ならば鼻っ柱に叩き込まれて顔面が陥没していたかもしれませんね。
「マイアさんならッ!」
トゲトゲの鉄器が装備されたクリスラさんの拳を最小限にして最高速度のスライドで顔の横にやり過ごす。
そして、続きの句を響かせながら、私の豪腕を振るう。
「結局、愛は粘膜の摩擦に過ぎないって言いますっ!!」
クリスラさんの無防備な喉元に私の拳は炸裂。
堅っ!! クリスラさん、こんなに強くなってたの?
が、一撃で落とせなかっただけで大ダメージは与えたようで、クリスラさんが上体を反らしてふらつきながら後退する。
そんな隙を逃す私ではない!
「最低ですっ! マイアさん!!」
ハイキック一閃。クリスラさんの側頭部を狙い撃ちました。
「最低なのはメリナさんですよ」
吹き飛ぶクリスラさんの後ろにショーメ先生はいなくて、瞬時に私の左脇に出現したのです。転移魔法の予兆もなくて驚く。でも、この変な現象は初めてじゃない。1日目の乱戦騒ぎの時にもやられたヤツ!
「ふん! 愛を語る資格のっ!」
蹴り足がまだ戻っていない状態でしたので、軸足で跳ねて空中で体を横に寝かせる。青い空がよく見える。
「ない先生のクセにっ!」
そのまま体を捻って、右の握り拳を上からショーメ先生の頭頂にハンマーの如く叩き入れるつもり。
「私に最低とかふざけんなっ!!」
生意気モードのエルバ部長なら回転の風圧だけで殺せるくらいの勢いで振り回した私の腕は、しかし、先生を捉えきれなかった。
反転して地面が見ている私にショーメ先生の声が、さっきとは反対側から聞こえて来る。
「他人への奉仕こそ愛です」
毒針か……? 私は何かを突き立てようとするのを察知。
「エロ過ぎッ!! 変態ッ!! 性的奉仕っ!!」
無理やりに片足を地面に突き立て、上体を起こして、回転蹴りに移行。先生はそれをも避けました。でも、攻撃もできなかったようで、私は無事です。
距離を取る。幸い、ショーメの野郎も私に詰めてきませんでした。
「変な誤解をしていますよ。創造力が豊かですね」
喋るショーメに突撃。私に選択肢はなかった。パウスとアシュリンが迫っていて、挟撃される恐れがあったから。
「貴族学院での男性教師陣への色仕掛け、忘れてないっ!」
余りの速さに反応を許さない。
慇懃無礼なこいつにお仕置きです。私は大きく踏み込んで、強く握った拳を振り上げる。
「メリナさんも奉仕の喜びを知るべきですね」
クッ!!
私は動きを止めていました。
足下に魔法陣ができていて、私は察します。
竜特化封印魔法。過去に何度か私を捕らえたトラップです。ショーメの誘導に引っ掛かったのです。
「ぐっ……そういう……悦びとか……不純なことは……フロンと語り……合ってください……」
口は動く。でも、魔力が吸われ続けているのは間違いなくて、いずれ私は脱力して地面に倒れてしまうでしょう……。
「本当に誤解ですって。ほら、私は生娘ですから」
クソどうでも良いショーメ先生の弁解。でも、笑える豆知識でもあったのですが、それどころじゃない。
パウスとアシュリンがもうすぐ追い付く。
体内の魔力を全力で放出。更に奥底にある魔力も取り出します。
結果、即席の封印魔法は予想通り、その魔力吸収できる容量をオーバーしまして、機能を停止。代わりに私が動作を再開です!
「アデリーナ様でもやばいのに、先生は更に歳上なのに生娘とか、それ逆に恥ずかしい――」
発言の途中でしたが、異様な風切り音が横から聞こえてきて、私はアデリーナ様の八つ当たりアタックかと警戒しました。
見ると、白い丸太。いえ、オロ元部長。彼女が跳ねて、真っ直ぐに私へと飛び掛かって来ていたのでした。
正面から立ち向かえばオロ元部長が口を開けて飲み込まれ、避ければ背に乗っている剣王の刃に斬られる。そんな感じでしょう。
私の選択は迎撃。ショーメ先生からオロ元部長に狙いを変えて前進。顎を開く前のオロ元部長の鼻っ柱――なのか分からないけど、頭の先を拳で叩く。
重量は明らかにオロ元部長の方が有利で、私の踏ん張る両足が後ろへと土を削る。でも、体勢は揺るがない。逆に高速で飛んでいたオロ元部長は衝撃を全身で受けることになり、長い体が激しく波を打ちます。剣王も激しく上下して私と視線が合った瞬間に後ろへ飛び降りました。
そこをアデリーナ様が長い剣で襲撃。火花が咲く。背後からの攻撃だったのに剣王は素早く抜いた剣でそれを受け止めたのです。
「メリナっ! お前が愛を語る歳になるとはなっ!!」
くぅ、ショーメ先生を仕留める前にアシュリンがやって来てしまいました。オロ元部長は!? 良し! 身動きしない!
「俺が教えてやる! 愛は成長し進化するもの!」
俊足のパウスが前に出る。
「アシュリンを愛し、生まれたナウルも愛す! そして、ナウルの子が生まれ、俺達の愛はより大きくなる! なっ、アシュリン!!」
間抜けな主張をしながらパウスさんは上から下へ私を切り裂こうと両手剣を振り落とす。
軽く一歩後ろに下がり、やり過ごそうとしたら、彼の剣が突きへと変化。よく見る技術。私は姿勢を低くして、体を回転させる。そのまま脚をパウスの脛へお見舞いです。
「公衆の面前で性交の話は止めてください! ねぇ、アシュリンさん」
私に返すのはアシュリンではなくパウスでした。
「指が触れるだけで幸せを感じる! それが愛だっ!」
「キモッ!」
蹴りが直撃したにも関わらず、パウスさんは吹き飛ばなかったし、骨も砕けなかった。剣が私を襲い、それを素早く横っ飛びで躱す。
そこへアシュリンが詰めて来ていました。まだ立ち上がっていない私の頭部へ、長い脚を利用した蹴りが繰り出されています。
「メリナっ!! 上司の愛を受け取れっ!!」
「重い愛は遠慮しますっ!!」
両手で何とかガードできたけど、私は仰け反る。
視界の端で、実際よりも大きく感じるアシュリンの拳を認める。クソ。連擊か……。
数々の相手から攻撃を受ける私の体勢が崩れるのを待っていたんでしょう。汚い。
「遠慮は無用であるっ!!」
「そもそもアシュリンさんは上司じゃない!」
拳は私の頬を打つ。首の骨がどうにかなったくらいの衝撃ですぐに回復魔法。
でも、私も負けない。接近しているアシュリンの腹へ膝蹴り。
それは読まれていたみたいで、掌で防がれた。そもそも私の体が崩されているから、力が入ってない。
「これが俺たちの愛の力だっ!」
よく分からないパウスの叫びが横から聞こえてきて、私の脇腹を刺そうとしていました。大変に血生臭い愛です。
アシュリンの手が私の黒い髪を掴む。これで、私は逃げれない。
身を捩ってパウスの狙いをずらすも剣が肩を貫通。パウスは勢いを殺さずに私に体当りし、そのダメージも軽くはない。私の口から軽く血が溢れ出ました。
「そんな愛、壊れろ!」
密接しているパウスの股間に手を伸ばし、握り潰す。軽装だったのが災いしましたね。布の上からとは言え、汚いものを触ってしまった後悔はまだしない。
そのまま、彼を抱き上げ、アシュリンにぶつける。直撃を避けるため、小石を除けるように片手で夫を弾いたアシュリン。私の髪も解放されました。魔法で自分の怪我を治癒。
「メリナ、お前、本当に非道だなっ!」
アシュリンの無駄な中傷の中、パウスさんは呻き声を堪えきれないまま、のたうち転がっています。立ち上がることは不可能。真っ赤な血が土を染めています。
「はん! 熱く愛を語る夫を受け止めなかった人に言われたくないです」
「恥ずかしいだろっ!」
「知るかっ!」
殴り合い。互いにノーガード。懐かしい。
これです。昔の魔物駆除殲滅部。
「噂じゃ、メリナさんとアデリーナ様は禁断の間柄とか?」
そこにショーメも参戦。
「あぁ!? 誰だ、お前っ!?」
アシュリンの蹴りが彼女を襲う。それに便乗して、私もショーメの背中に向かう。
「この人、永遠の売れ残りらしいです!」
悪態も付いておく。
「ガハハ! それは大変だなっ!」
「失礼ですよ」
「良い男を紹介してやろうか!?」
「結構です」
言葉ほどショーメ先生には余裕がない。
蹴りの後のアシュリンの拳をギリギリで避けましたが、私の手刀が心臓の裏に突き刺さる。
ショーメは終わりでしょう。地に伏せなさい。
「手助けのつもりですか、アシュリンさん?」
「あぁ? 誤解するな、メリナっ! 邪魔者を除いただけだ!」
打ち合いを再開。
拳と拳をぶつける。楽しい。
「語ることのできる愛など大したものではないっ!」
「さっきまで熱く語っていた旦那さんが草葉の陰で泣いてますよ!」
「あいつは自分に酔っているだけだ!」
「ひどっ!」
「しかし! 言わなくとも、私を愛していることは伝わってくる!」
「自惚れ、ひどっ!」
「メリナ! お前は誰に愛されているっ!?」
「一番は聖竜様です! それから出会った人達、皆です!」
「ならば、皆を悲しませるなっ!」
「はぁ!? 誰も悲しませてませんけど!!」
「ふん! 分からぬか!?」
「分かりませんよ!」
「覚悟も準備も無しに、死ぬなってことであるっ!!」
今回の戦いで一番の迫力の拳が私を襲う。
「チッ! お節介です!!」
その腕を掴み、私は背負い投げ。
アシュリンを固い地面に叩き付けました。
「見事だ、メリナっ!!」
負けたくせに威勢が良い。
背を伸ばすと、ちょうど剣王もアデリーナ様の前で膝を折ったところでした。勝利宣言をして良いのかしら。
(本年も読み続けて頂きありがとうございました。来年も宜しくお願い致します)




