気合い十分
テントから出ますと、木の柵で四角に囲まれた広い場所が設けられていました。
一辺が100歩以上ある感じでして、これは来ましたね。きっと戦いの場。これから使用するのでしょうね。午前中よりも観衆が増えていて、物売りも盛況でした。
係の人が勝ち残った4チームをそれぞれ別のコーナーへと案内します。
「さぁ、お待ちかね! 遂に世界最強の人が決定しますよ! 今からは攻撃魔法なしの殴り合い! 使った人は反則敗けです!」
ローリィさんが頑張って説明してくれています。私は柵を飛び越えて、屈伸で体を整えながらアデリーナ様に尋ねます。
私は淑女ですが、腕っぷしにも自信があります。だから、とてもやる気に満ちているのです。
「どこまでが攻撃魔法なんですかね? 例えば、暖を取りたいから火炎魔法を噴射とか」
「それ、攻撃する意図が御座いましょう? ダメで御座います」
「じゃあ、流血が酷いから炎で傷口を焼き閉じてあげるのは?」
「普通に回復魔法を使えってなりますね。メリナさんは黒焦げにする気でしょうし」
「えー」
不満を声に乗せながら、上体を起こして背中を伸ばす。
「オロ元部長の毒液吐きは魔法扱いですか?」
「微妙で御座いますね」
「ずるい。じゃあ、ショーメ先生の転移魔法とか、ナイフをどこからか取り出すのは?」
「それらは直接攻撃する訳ではないでしょう。収納魔法がダメだと私も困りますし」
と言いながら、アデリーナ様はちょっとだけ幅広の両手持ち剣を宙から出します。長さは刃を地面に付けたら、胸の高さくらい。パウスさんや剣王といったアデリーナ様よりもリーチのある剣士に負けないよう、長めの剣を選んだようです。
「メリナさん、自信は?」
「余裕です。ただ、剣王は任せました。あいつは邪神を通じて私の意思を読んで来ます。攻撃が当たりにくいんですよ」
「了解。お任せなさい」
包丁を持ったお母さんとも互角以上にアデリーナ様が渡り合ったのを記憶しています。剣王に不覚を取ることはまずないでしょう。
「他にメリナさんが警戒する敵は?」
「ショーメ先生。次にアシュリン」
私はピョンピョンと跳んで体の調子を確認します。
うん、いつも通り。万全です。
「では、メリナさんの最初の狙いはフェリスでしょうかね」
「はい。即刻、排除してやります」
私は敵の様子を窺う。
右の奥に、頭を下げて完全な腹這いになっているオロ元部長が見える。そして、その首付近に跨がる剣王。白蛇の騎士。観衆はそんな呼び名で彼らに歓声をあげていましたが、あの体勢では剣への力が半減でしょうに。
対角に当たる正面奥では、ショーメ先生とクリスラさんが話し合っています。クリスラさんの体術は優秀ですが、魔法攻撃が封じられているなら私の敵じゃない。最も厄介な見えない火炎魔法を警戒しなくて良いから。
それよりもショーメ先生です。あいつは絶対にまだ手を隠している。あれだけ強いんだったら、クリスラさんの後を継いでデュランの聖女になったら良かったのに。
最後、左。こっちはラブラブ夫婦――全くもって恥ずかしいチーム名を付けた、イカれた奴らがいやがります。
夫であるパウスさんは熟練の剣士。スピード、破壊力、テクニックどれも一級品だと認めましょう。しかし、怖くはない。
私が恐れるのはアシュリン。勝利のためには何でもやって来る人間です。
例えば、付き合いの長いアデリーナ様の秘密を暴露するぞっ!とか叫びつつ向かってくるかもしれない。そうなると、私はその内容が気になって動きが鈍るでしょう。いえ、それどころか、笑いを堪える為に腹筋が痛くなってほぼ麻痺状態になるのです。
「メリナさん、自分は死なないとお思い?」
「いずれ死にますが、それはおばあさんになって聖竜様に看取られながらです」
「ふーん。まぁ、よろしい」
えっらそう。今から始まる戦闘に集中すべきだと思いますけどね。って、あれ?
「そう言えば、ふーみゃんは?」
今から戦闘なので抱くわけにはいかないとは言え、心配です。悪い人に拐われていなければ良いのだけど。
「巫女長が敗退した今、ふーみゃんの精神魔法防御に頼る必要はありません。なので、ふーみゃんにはリラックスタイムに入って頂き、現在は散歩中です」
「エルバ部長に世話をお願いすれば良かったのに。あの人、それくらいしか役に立たないですよ」
ふーみゃん、大丈夫かな。変な魔力を浴びてフロンの姿に戻るとか、本当にダメですよ。
「しかし、巫女長、メリナさんの母君、ミーナと強者達が敗退してくれて助かりました」
「そこにミーナちゃんが入るんですか? ちょっと格落ちな気がしますよ」
「午前中のデメリット効果。エルバ部長とミーナには、筋力と魔力の大幅減だったそうです」
「あー、エルバ部長、息切れしてましたもんね」
「そうで御座いましたね」
「って、え!? ミーナちゃん、あれで筋力減だったんですか!?」
「えぇ、程度は分かりませんが、そうだったようです」
「あのザリガニモードは相当でしたよ。ヤナンカが反応できずに叩かれていましたもん。あれで弱体化されてるんだ……。ミーナちゃん、本当に戦闘力だけは成長していますね……。世の中の常識と気品を身に付けるため、学校に行くべきだと進言します」
「メリナさんが言ってはならないセリフで御座いますよ、それ。全く効果ありませんでしたし」
え? なんで? 意味分からない。
「さぁ、選手の皆さん! 試合開始の準備をお願いします!」
ローリィさんの声が響き、私は拳を構える。聖竜様に賜った紫色の布服が風に軽くなびく。横にいるアデリーナ様も剣先を前にして真剣な表情です。
「メリナさん、貴女の死は私が回避させてみせましょう」
「それは是非とも。でも、それ、ここで優勝してからのセリフです」
観衆が見守る中、各出場者から発せられる戦意や殺気が試合会場を覆います。もちろん、私の気合いも十分。緊張感が心地好い。
短く鐘が鳴り、私達は突進を開始するのでした。




