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マイアさんの記憶

☆マイアさん視点

 未来予知。

 どこまで本当なのか分からないけど、今までは全て当たっている。

 このまま行くとメリナが優勝して、世界最強の者を探せと依頼してきたヤツに彼女が殺される。そして、メリナの死体から莫大な魔力が体外に一気に放出された結果、石化しているだけで実は生き長らえていた大魔王がそれを用いて復活。

 そこからは、封印魔法の対策を講じている大魔王と、2000年前よりも厳しい戦いが始まる。

 未来予知は結末を教えずに終わった。



 忸怩たる思い。私達の戦いが無為に帰す未来。

 回避方法がないか、地下迷宮で何度もシミュレーションをした。


 異空間でメリナを殺す? あそこなら魔力が大量に出ても大魔王に届かない。

 でも、無理、あの化け物には勝てない。

 ここにいるメンバーと協力……それもダメ。メリナの味方をする者の方が多い。

 10年、いえ5年あれば、ミーナがメリナに匹敵する実力となっていたであろうに。


 動けないようにメリナを封印する?

 未来予知では彼女はその封印を自力で解く。


 メリナの魔族化は最悪だった。

 暴走したメリナが皆殺しを始め、そして、彼女も殺されて大魔王復活と同時に世界は破滅する。


 私とヤナンカが取った選択肢は、結局、大魔王戦に向けて戦力の温存。あの地下迷宮では何人かが死ぬことになっていたのを回避した。



 戦闘を終え皆は団欒を楽しんでいる中、私は独りで離れている。

 封印魔法はもう通じない。だから、大魔王を殺す方法をゆっくりと考えたいのだ。時間はもう少ない。


 突然、目の前に大蛇の獣人が私の目の前に現れる。大魔王戦では最も貢献することになる者。前回、大魔王の広範囲の魔力吸収に苦しめられた。でも、その効果が深い地下には及びにくいことを未来予知で知った。将来、この獣人が作る地下空間が人々の避難所になる。


 怪訝な表情の私は蛇に紙を手渡された。

 “ミーナが私みたいな人生になるよ? 私は楽しめてるけど、彼女は無理じゃないかな。助けられない?”



「ミーナ? あぁ、そうだったわね」


 思索を続けたいんだけどな。

 私は赤いザリガニと化したミーナの前まで移動する。


「ルッカさんにお願いしなさい。戻してくれるから」


 ルッカ。魔族にしてフォビの娘で天使。

 魔法の才能は私に匹敵するんだと思う。加えて、生体に固着した魔力を解放させる技能も持つ。

 あれはフォビから授けられた能力なのであろうか。大魔王の魔力も彼女が吸い取れるなら、少しは戦闘が楽になるかもしれない。

 とすると、アデリーナとメリナの母で注意を惹き付けつつ、ルッカの転移で背後を取る? いや、大魔王に背後なんて概念は通用しないわね。大規模魔法の連射の方が良いのかしら。幸い、使い手は何人か心当たりがあるし――



「で、マイアちゃんさ、教えてほしいんだけど」


 また思考を止められて、不快に思う。


「何?」


 相手はエルバ・レギアンス。姿は違えど、2000年前に出会ったことがある。遠く離れた世界の果てから、当時の段階でさえ何千年も掛けて自分達の救世主を探していると言う精霊。顕現するために生体の中に入り込んでいるのよね。


「私さ、2000年前の記憶が消されてるんだ。どうしてかな?」


「2000年前?」


 私も消されていた。同じね。


「私はエルバ・レギアンス。寄生型の精霊なんだ」


 知ってる。向こうは私と出会った記憶がないのね。依り代が変わっているからかしら。でも、何回か私が復活してから出会ってるよね。


「数千年はこの世界にいるんだけど、2000年前の英雄の名前を1人だけ消されてるんだ。気になるんだよね」


 あぁ。

 

「シルフォ。私の師匠」


「ふーん。私が消されていた名前も分かってるんだ。不思議だねぇ」


 私と同じ状況だったわけだもの。

 まぁ、それを教える必要はないわね。


「でも、ありがと。思い出してきたよ。教えてあげようか?」


 幼い体の彼女の指が私に触れる。微弱な魔力が私の体を回る。



○2000年前


 私達は湖の辺ほとりに設置した前線基地の一室で円卓に着いていた。窓から見える古名シャールドレバンテニス、清らかなる生命の湖を意味するそれの水面は、戦況とは違って、青い空に浮かぶ雲さえも綺麗に映すくらいに穏やかだった。


「何だと!? お前はカレンとワットだけで、あの化け物と対峙するって言うのかっ!?」


 ブラナンが叫ぶ。体格の良い彼は声にも無駄に力が入っている。


「まぁ、そういうこった」


 ブラナンが怒鳴った相手はフォビ。女好きのクソ野郎。でも、戦闘では彼以上に頼りになる人間は居なかった。バカに頼らざるを得ない自分が許せなかった。


「しかも、俺はここに留まれだとっ!? 俺が信頼できないのか、貴様っ!?」


「そんな事はねーよ。信頼しているからこそ残すんだわ」


「そうそう。カレンは死にに行くの。マイアが封印魔法を完成させるまでの囮だよ」


 拳闘士カレン。2000年後の物語では私と彼女は双子という設定になっていた。もちろん他人。仲は良かった。

 小柄な体をしていながら、彼女の拳で粉砕できないものはないと言われていた卓越した格闘家。ただ、頭はお世辞にも良いとは言えない娘だった。フォビと違って、こっちのバカは好ましいものだった。


「ふざけるなっ! もっと良い方法があるだろ!!」


「ねーよ。時間が経つほどに魔王は強くなってやがる。今、あいつを倒さなきゃ、どうしようもなくなるぜ。10日もすれば、ここも放棄だって分かるだろ。そうなったら、もう、あいつの拠点には辿り着けなくなる」


 ブラナンは苦虫を潰したような顔をした。

 貴方が何を言っても覆らない決定なのに、時間の浪費になるって分からないのかな。


 大魔王ダマラカナは自分の周りの魔力を吸収している。ヤツが通った場所は死の大地と化す。しかも、日々、その範囲が広がっていて、今、ヤツを倒さなければ、甚大な人的被害が予想されていた。実際に東の山脈の向こうの国は無惨な状況になっているらしい。


 テーブルの向こうにいるフォビはブラナンに頭を下げて、言葉を続ける。


「ブラナン、済まない。カレンはそう言ったが、もちろん死ぬつもりはない。俺は死んだことがない。今回もきっとそうだ」


「フォビ!! 死んだら、どうするつもりだっ!?」


「ん? そうだな。もしも負けたら、お前は周囲の村の人間を連れて逃げてくれ。どこか遠くで街でも作って俺達を待ってくれたら有り難い。なに、心配するな。お前なら良い指導者になれるさ」


 仕方ない。私も援護してブラナンの背中を押してやろう。違う責任を負えば、感じる必要もない後ろめたさから解放されるでしょ。


「堅苦しい街にしないでよ、ブラナン。私に相応しい魔法研究所をこさえて待ってなさいよ」


「ヤナンカもブラナンを補佐してくれ」


 むっ、流石とは思いたくない。でも、フォビの言葉でヤナンカも戦いの場から逃げられる。


「りょーかい」


 ヤナンカはまだ迷っていた。

 それを責めることは酷だ。

 彼女は元々大魔王側に居た者。魔族が仲間なんて概念を持つのかは疑問だけど、彼女は持っている。昔の仲間と戦う覚悟はそうそうできるものでないし、揺らぐものだ。

 ブラナンと共に後方支援に回って欲しい。そうしてくれたら、私が死んだ後を考える必要がなくなる。それ程に賢く有能なヤツだ、ヤナンカは。


「いや、ヤナンカはマイアを助けてやれよ! 街作りなんざ、俺だけで十分だ! 今は戦力だろ!」


 話を戻さないでよ。相変わらずブラナンは後先や他人の思いを考えないわね。


「はぁ? 私に助けは要らないわよ。私は天才なんだから。魔王の側近だった、人間好きの魔族さんは王になるブラナンの補佐に最適よ。ほら、魔王や魔族が嫌がる街設計をしてくれると思うわ」


「だ、誰が王だっ!?」


「お前だよ、ブラナン。任せたぞ」


「ああ!? ふざけ――」


「頼む。任せた」


 こんな時、フォビのは役に立つ。実力と実績に裏付けされた彼の言葉は説得力がある。


「――くっ! ワット! 魔王を倒せるのか!?」


「うーん、出来るかなぁ。魔力をグイグイ吸い取られるから辛いんだよ」


 後の聖竜スードワット。まだ聖竜なんて称号を付けられる前で、当然に、敬称句のスードのない名前で呼ばれていた。

 美しい黒い肌に白銀の髪の毛。彼女が人の姿に選んだのは、竜としては幼い自分とは反対の成人女性。大人に憧れていたのかな。


「出来るさ、ワット。俺たちなら、きっと出来る」


「ワットちゃん、より一層、竜らしくなくなったよね」


「カレン、言っちゃダメよ。この会議に出たいからって、折角、人化してくれているのに」


「ワットちゃんは竜の姿が一番だと思うよ。だって、美味しそうだもん」


「ハハハ、仲間を食おうと思うなよ、カレン。さて、ブラナン、じゃあ、行くわ」


「止めても聞かんよな、お前は!! ……絶対に皆を連れて戻って来いよ」


「あぁ、約束だ」


 私達は立ち上がり、再会を約束して拳をぶつける。



 小屋の外に出る。ワットちゃんは竜の姿になり、フォビとカレンが跨がる。上空に見えなくなるまで見送った。


「じゃ、私も行くわね」


「あぁ、マイア。お前が作戦の肝だ。しっかり頼むぞ。俺も途中まで送ろう」


「結構よ。私を見くびらないで」


 私は向こうに見える山頂に移動する予定。転移魔法で1発よ。


「……今生の別れになるかもしれない。マイア、今まで感謝する」


「縁起悪いなー。ブラナン、マイアは成功させるよー」


「そう。私は天才なの。今まで失敗を知らないのよ。魔法研究所、楽しみにしているわ」


「負ける前提じゃないだろうな。クソ。分かった。研究所なんてケチな事は言わねー。マイアの為の街を約束してやるからな」


「えぇ、期待して。フォビは死んだことがないって嘘を吐いたけど、私は本当のことしか言ってない」


「……ダマラカナの蘇生魔法の件か……」


「あれはー、大魔王も失敗したねー。復活させたヤツにー自分が殺される羽目になるんだからー」


「舐めた事した自業自得よ。それじゃ、本当に行くわ。ヤナンカ、ブラナンが暴走しそうなら止めてやるのよ」


「まかせてー」


「俺はお前らと違って常識人だ。ふざけるな」


 私は笑顔で応えてから、転移する。



 この山頂は、大魔王の拠点近くにあるにも関わらず、その高度からか魔力吸収の影響を受けずに済んでいる。

 見渡す限り死の大地。魔力を抜かれた草木が灰となり、風さえも吹かない。麓には場違いに壮大な石造りの宮殿があって、魔力が抜けても頑丈なままの岩を選別して作ってあるのだろう。

 これが大魔王の宮殿だ。最早あの場所では、大魔王を除いて万物は短時間で魔力を吸い取られて朽ちる。



 反対側に見える森の中からブラナンとヤナンカはこの山を眺めているだろうか。この悲劇はここで食い止めないといけない。


「待ってたわよ、マイア」


 ふっくらとした体付きの女性が私に話し掛ける。街中だったら普通の中年主婦としか思えない平凡な容姿と服装の彼女は私の師匠シルフォ。今回の作戦を立案し、私達が実行することを後押しした魔法使い。

 大魔王の軍勢を抑えるため、私達を助けくれることも度々だった。


「失敗したら死ぬから帰ったら?」


 既に師匠を遥かに凌駕する私は横柄な態度で接していた。


「帰っても死ぬじゃない。ほら、他の子達も来てるわよ。無駄でも抵抗したいの」


 シルフォが指を鳴らすと、これまでの戦いでも生き残った魔法使いの面々が現れた。

 隠蔽魔法か。私を驚かすため? 私の目を欺くとはお見事。


「マイアの魔力が切れそうになったら魔力を提供したいと志願してくれたのよ」


「へぇ。私には不要だと思うけど、お節介ね」


 分かっていた。彼らは今回の作戦を成功させるために死のうとしていた。私と同じく。

 だから、感心なさそうに装うことしかできなかった。



 透視魔法で宮殿の中の大魔王を探す。延々と吸収され続けている魔力が作る渦の真ん中にいるので、その作業は簡単に終わる。

 切り立つ崖の上から、その居場所を睨む。丸見え。無警戒ねぇ。


 こんな見晴らしの良い場所に軍勢を置かなかったのは、強過ぎる大魔王の油断なのかしら。それとも、自分を守る仲間や部下からさえも魔力を抜いて崩壊させ、1人ぼっちなのかしら。

 どちらにしろ、私がやることは変わらない。幸運をこのまま引き寄せる。


 詠唱を開始する。


含羞(がんしゅう)ながら該博(がいはく)にて満帆たる我は謁する。美しき肺肝を天倫とす犠牛、そして、嬉戯に臥せる吼噦(こんかい)に。倦厭を弄び(さえず)る四端の凶徳。蠱惑(こわく)磋躓(さち)貪婪(どんらん)(もたら)せん。睥睨(へいげい)したるは――」


 空中に魔力の溜まりができる。大魔王へと流れようとするのを抑えながら、膨れ上がらせる。私は注意深く詠唱を続ける。


「――(みぞれ)立つ黎明。滂沱(ぼうだ)裂罅(れっか)から崩れ――」


 隣で別の詠唱をする声がした。シルフォだ。


「重唱詠句です。シルフォ様が合わせますので、マイア様はお続けください」


 更に後ろから、現在のシルフォの1番弟子とかだったはずのひょろこい男が私に説明する。ここに来ているということは彼も、見た目と違って骨がある男なのだろうけど。


 重唱詠句。他の術者の魔法を強化する方法。ただし、援護する側とされる側の術者の力量に合っていなければ逆効果。

 事前に聞いていれば、猛反対していたと思う。

 今はもう私は詠唱を止められない。腹が立ったが、途中で諦めるでしょう。それくらいの大魔法を私は実行しようとしているんだから。


 しかし、シルフォは私の半日掛かりの詠唱に付いてきた。……やるわね。


 日が落ちてからも私の詠唱は続く。力を願った精霊の数は20を越える。限界は近いけども倒れることは許されない。自分が許さない。他の魔法使いからの魔力供給も断っている。


 同じ覚悟をシルフォもしていた。彼女も後ろの魔法使いを犠牲にしていない。

 ここまでの力量を隠していたなんて驚いた。



「我らの決意を無駄にして欲しくはないのです」


 私達が頼らないことに不満と不安を持ち始めた1番弟子が喋るが無視。あんた達は私の偉業の生き証人になれば良いのよ。

 心の中で悪態を吐いていたら、溢れ出る額の汗を別の魔法使いが拭いてくれた。



 暗闇の中、私とシルフォの詠唱は続く。

 そして、空から流星の如く白い光が線を引く。正確に大魔王の居場所を捉えたそれは、ワットちゃん。


 山の麓で魔力が乱れる。激しい戦闘が始まったのだ。


 私の限界近く、つまり集約した魔力が最大になったところでの攻撃開始。自分の能力を見透かされたのだと感じて、指示を出したであろうフォビが憎たらしかった。


 透視魔法で見える。

 大魔王がワットちゃんを殺そうと凄まじい魔法を放つ。ワットちゃんの尻近くをカレンが豪腕で殴り、無理矢理に移動させ、大魔王の魔法を代わりに受けた。

 声を上げて嗤うダマラカナ。その隙を衝いて、私は魔法を行使する。カレンの無事は祈るのみ。



 結論として、大魔王の転移も高速移動も防いで、広範囲の絶対石化魔法の発動に成功した。

 羽根がボロボロなのを無理してワットちゃんが必死に逃げ果せたのを確認。直後、私は気を失い視野が暗転した。


 しかし、記憶は続く。

 何? あっ、他の誰かの視点だ。


 石化を始める私。

 隣にいたシルフォの顔が横に向き、異変を目の当たりにし、短く悲鳴を上げて驚く。

 が、その指は横を向く前から私の脇腹に刺さっていた。素早く外されたそれを、この視点の者は見逃さなかった。

 シルフォの弟子たちが疲労困憊に見える師匠に代わって、私を治療しようと傍に寄ってくる。


 視点の主は彼らから目を離し、力なく石に座るシルフォを捉える。

 下を向いたシルフォは口を小さく動かした。


「さぁ、新しい玩具(おもちゃ)、私を楽しませてね」


 呟きの声色は冷たくて、私が知っている師匠の雰囲気ではなかった。

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