元冒険者の方々と
私、解放されました。
あとはオズワルドさんの宿に帰るだけでしたが、街の西部へ向かう乗り合い馬車が出発したばかりで少し時間が空いていることもあって、突発の自由時間となりました。
だから、神殿近くの通りを散策しています。
記憶を失くす前の私なら見慣れた風景かもしれませんが、今の私には物珍しくて楽しいです。
でも、子供じゃないので迷子にはなりませんよ。
帰りの馬車は夜も走っているみたいでした。そもそも宿に帰るのが遅れても大丈夫な状況です。何なら、帰らなくても問題なしです。だって、今の私は無職だから。することないんですよね。最高です。
さて、小腹が空いたので、道すがらに見付けたお料理店に入りました。入り口が密閉されていない形式の扉でして、良い匂いが漂っていたんですよね。店構えの小汚なさは否定できませんが、豪快な料理が期待できそうな様子です。
そして、只今、お酒を待っております。
子供じゃないので飲めるのです、うふふ。
この時間は昼には遅すぎ、夕食には早すぎるという絶妙な時間でして、お客さんはまばらです。粗雑で騒がしいイメージのある冒険者の集団と思われる方々も1組いましたが、熱心に地図を見たりしていますね。少し汗臭いおっさんの集まりです。若い女性は皆無です。
そんな店内に可憐な乙女である私が舞い降りたのですから、店員さんたちもビックリしているでしょう。
さぁ、驚く時間がもったいない。早くお酒を持ってきなさい。
うっきうっきで楽しみに待つ私の前には、既に魚の串焼き盛り合わせが置かれています。尾から煙が上がっているくらいに焼き立てなのですが、私は我慢しています。やはりお酒様がいてこそのお料理ですよ。
……お酒を飲んだことがないはずなのに、こんな感情を抱くのはおかしい気がします。
でも、まあ、いいや。涎がしきりに出てくるので、何回も飲み込みます。うふふ、早くこないかなぁ。
「あいよ! お待ち!」
ダンッとテーブルに木製のジョッキが叩き置かれました。勢いが良すぎて中の液体が暴れて、少し周りに跳ねます。
それで良いのです! 元気なお酒様、私は好きですよ。
早速、私はお酒様に口付けをします。
っ!! これは!?
透明な色と同じくスッキリとした味わい。全くの違和感なしで喉をスッと通りました。普通のお酒様なら私に熱を与えてくれます。なのに、これは逆に冷静さを与える?
何故なら、真水だから!!
「親父さーん。間違えてますよ、これ、水。私はお酒を頼みました。私が呼吸を3回終わらせるまでに持ってきてくださーい」
優しく伝えました。呼吸が4回目になったらどうするかを言いませんでしたもの。
「へい!」
威勢の良い返事に私は一安心します。
そして、お腹が鳴りました。礼拝堂でいっぱい食べたのに、私の体は食欲旺盛ですね。
1本だけお魚を頂きました。バリバリと頭から尾っぽまで頂きます。お腹側は少し苦いのですが、それがまた妙味でもあります。
口の中を洗う目的で水を飲んで、お酒様を待ちます。
「へい! お待ち!!」
ダンっと置かれたジョッキの中はまた無色透明。一応、クンクンと嗅ぎましたが、無味無臭。
……ふざけてるのかな。いえ、私がか弱い少女だからってぼったくるつもりなのかもしれません。
「親父さーん! これも違いますよー! ぶっ殺さ――」
「メリナ様、お酒は毒ですよ?」
私が汚ない酒場にぴったりな罵声をあげようとしたところで、小柄な女の子が私を窘めながら、私だけのテーブルの対面にちょこんと座って来ました。
その両隣には顔がそっくりな青年です。彼らも空いている席へと座ります。
「ブルノです。メリナ様、お久しぶりです」
「カルノです。メリナ様がお元気そうで良かったです」
……声まで一緒だ。双子ですね。その間にいる女の子は妹かな。あっ、でも、体は小さいけど、顔付き的には私の歳と変わらない感じね。
しかし、青年2人の方は名前も紛らわしいし、髪型も服装も似せているって、もう嫌がらせのレベルです。私、見分ける自信がないです。って言うか、既にどっちがどっちだか分かりません。
「ニラです。メリナ様。アデリーナ様から聞いています。記憶喪失だそうで、私はとても心配していました」
正面の女の子は人懐っこい顔付きで私に挨拶をしてくれました。彼女、店の中なのに帽子を頭に乗せています。
3人とも私のことを知っているみたいです。それでも私からも軽く自己紹介を致しました。
「親っさん! 焼きナールランマ」
双子の1人が謎の料理を注文しました。
「あと、水を頼む」
「あいよ!」
……何なんでしょう。ここは名水の聖地なんでしょうか。
だとしても、水の美味しい所はお酒の名産地と聞いたことがあります。お酒を頼みなさい、と私は心の中で呟きました。
「この店、懐かしいですよね。メリナ様とお会いした日にもこの――」
「ところで、お酒は飲まれないのですか? お酒飲みたいなぁとか、お酒さん飲まれなくて可哀想だなとか思わないんですか?」
私はさりげなく訊きました。会話を途中で遮られた左側の双子は苦笑しております。
「偶然にもメリナ様が記憶を失くされた日から、シャール全域に禁酒令が出ているんですよ」
「そうだったんですね…」
なんたる悪政。暴動が起きかねないですね。もしも起きたら私も参加してしまいますよ。
「えぇ、僕らは嗜む程度だったなんでそんなに困っていないんですけど、やっぱりお酒を飲みたいヤツはいますし、ここの親っさんも売上が減って困っているんですよ」
右側が喋ります。続いて左が口を開きます。私は首を振り振りですよ。
「何とかしたいと思って、偉い人に尋ねたら、メリナ様に相談しろと言うのです」
偉い人? そして、何故に私に相談?
そんな疑問の中、双子に挟まれて座るニラさんが言います。
「メリナ様も参加して『お酒の飲み過ぎは良くないから、ルールがあるのです。また飲めるようになったら、自分に合った適量を飲みましょう』って皆を感化してくれたら、伯爵令を解除してくれるって言ってくれたんです」
……何故に私?
こんなにお酒が飲みたい私がやるのですか? そんなことをしたら、私がお酒を飲みにくくなるじゃないですか。3人には悪いですが、お断りですよ。……いや、でも、解除しないと禁酒令のままで私も飲めないのか……。しかも、解除しても適量? 満足できない可能性が高い。でも、飲めないよりマシか……。
難しい問題です。
「分かりました。この不肖メリナ。全力で協力しましょう」
熟考の結果、私は引き受けることにしました。適量ってよく考えたら曖昧ですものね。自分が満足する量が適量って言えば良いんです。それに、この状況ならお酒を手に入れることは困難だとも判断しました。まずは事態を改善する方向に進めましょう。
「さすが、メリナ様! ニラはメリナ様とお知り合いになれてとても嬉しかったです! もちろん、今も嬉しいですよ」
このタイミングで、大皿がテーブルに追加されました。双子が頼んだ焼きナールランマです。水生蜥蜴の姿焼きですね。美味しそう。
「覚えてますか、メリナ様。ここでお食事した時も、メリナ様はこれをお頼みになったんです!」
少し興奮した感じでニラさんが説明してくれます。鼻からふんすと息が漏れる程に力が入っておられました。その間に双子たちが器用に水生蜥蜴をフォークとナイフで切り分けて、小皿へと乗せていきます。
最初に私が蜥蜴を口にします。
うまっ! 柔らかい肉は上質な鶏肉の様です。味付けは塩だけですが、そのシンプルさが逆に肉の旨味を引き出していますね。
お食事をしながら、彼らが昔話と近況を話してくれます。
私と彼らの出会いは偶然だったそうです。アデリーナ様と私がどこかの森に入ろうとした時にたまたま冒険者だった彼らと遭遇しまして、アデリーナ様が馬車の守り番を依頼したのが始まりでした。その後、シャールの街で再会して、このお店でお食事。その時に暴漢に襲われた彼らを果敢に救ったこともあったそうです。
全く記憶にないので、誇張もあるかもしれませんが、彼らが嘘を吐く方々でないことは明らかでした。
ニラさんは私の人柄に惹かれいて、今も深く敬愛していると熱い眼差しで告げてきました。
また、現在の彼らは冒険者から足を洗って商売をしているそうです。以前はその日暮らしだったのですが、馬車の守り番をした時の報酬を元手に雑貨屋を開いたと聞きました。
商人に成り立ての頃は他の商人に騙されたり、経験不足から失敗したりしましたが、今ではシャールに3店舗も出すほどに成長しているとのことです。
「他の街にも店を出したいんです。メリナ様、どこかに伝はないですか?」
「カルノ、俺達はシャールで地道にやるって決めただろ」
「いや、俺達ならばもっと出来ると思うんだ。ゾビアス商店みたいに手広くやりたいんだ。シャールはお前に任せるから、俺を隣のバンディールかシュリの街へ――」
仲の良い双子さんですが、お店の将来の展開については少し意見が一致しないみたいですね。微笑ましい感じですので、私は黙ってお料理を頂きましょう。
お食事とその後の楽しい会話が終わってからお外に出ますと、もう夕方でした。
乗り合い馬車乗り場はどちらかなと考えていると、お会計をしてくれた3人が出てきて、今からシャール風紀委員会の活動を開始すると告げました。




