テントでの休憩
お母さんと巫女長を仰向けに並べている最中に転移魔法が発動して、私達はシャールの東門前広場に戻ります。
急な太陽の光がとても眩しくて、手を翳して目を守る。
まだミーナちゃんはザリガニの姿でして、少し心配です。人間の形に戻れるのかな。
歓声が私達を祝福する中、
「皆さん、盛り上がりましたね! 勝ち残ったチームの皆さん、次も頑張りましょう! 残念ながら負けたチームの方々は、次回があれば頑張りましょう!」
と、ローリィさんの声が響く。
目が慣れてきて周りを見ると、勝ったチームと負けたチームで2列になっていそうなことが分かりました。
私達はもちろん勝利側でして、反対の方にはマイアさん・ヤナンカ、お母さん・巫女長、ギョームおじさん・ナトンさん、ザリガニ・エルバ部長となっていました。
ミーナちゃん、姿を変える程に全力を尽くしたのに負けたんですね。心なしか触覚も元気なさそうに動いてます。
「現在の暫定1位はチームぬるるん! 最下位からの大逆転ですね! 絶妙にコントロールされた回復魔法の技量、高速で走り続ける体力、敵を欺く知性が評価されました」
ローリィさんが観衆に説明するのを聞いて、私はアデリーナ様に確認します。
「品性も抜群でしたよね?」
「どの辺りが?」
「えー、ほら、ギョームさんとかナトンさんの命を救ったところ……?」
「座らせたヤナンカの頭を破壊したりしていたでしょう」
そして、こいつは巫女長に罵詈雑言を吐きましたね。ふむ、品性は残念ながらダメですかね。
「2位から4位は団子状態でした! 三つ巴で戦った3チームですので、優劣は付けられませんね。高度な連携と攻撃性を見せたラブラブ夫婦、卓越した防御力と攻撃力のオズワルズ、豪胆さと意外性で翻弄する聖文神武」
アシュリンさん対オロ元部長の戦いは見たかったかも。
「それでは、もう一度、万雷の拍手で勝者を祝福しましょう! あっ、参加者の皆さんはあちらのテントにどうぞ」
ローリィさんがイキイキと仕切り、2つに割れた観衆の真ん中を通って、私達は大きな天幕に案内されました。
見た目からして赤と黄色と派手でして、旅の曲芸団が使うものをお借りしているのかな。オロ元部長だけでなく、巨大なザリガニになっているミーナちゃんが加わっても十分な大きさがありました。
中には椅子やらテーブルやらベッドやら、そして数々のお料理や飲み物が準備されていて、疲れた体を休めるには最適でした。
「ナトン、凄いぞ! このベッド、よく跳ねる!」
「止めろ、親父。恥ずかしい」
ベッドで無邪気に飛び跳ねるギョームさんを息子のナトンさんが冷ややかに見ます。
「ナトン、残念だったな」
「あぁ。パウスとの対戦は楽しみにしていたんだけどな。まぁ、また村に寄ってくれ」
親しげにパウスさんがナトンさんに語り掛ける。どちらも整った顔立ちで絵になる光景でした。
「パウスさん、ノノン村に移住しない? 歓迎するわよ」
「どうする、アシュリン?」
「私がいるとメリナが帰って来にくいだろう。遠慮しておこう。ナウルの学校もある」
お母さんがラブラブ夫婦の2人を勧誘しましたが、アシュリンさんに一蹴されました。
「昔のことだけどーザムラスの件はごめんねー。私が殺したんだー」
ヤナンカが元近衛兵である3人の会話に混じってきた。
「ザムラス君を? そう……残念だけど、きっとザムラス君自身は恨んでないわよ」
「コピーのお前が殺った訳じゃない。それに謝られてもザムラスは生き返らない」
「あぁ。貴様は情報局長のヤナンカじゃないからなっ!」
ザムラスってのは共通の友人なんでしょう。近衛兵の仲間かな。
3人とも激昂することなく大人な対応でヤナンカに接していました。
「私は許しておりませんよ。頭領を利用した件、キチンとお返しして頂かないと」
ショーメ先生が微笑みを湛えてヤナンカに言い放ちます。
「善界はしつこいよねー」
「汚ない口はお閉じくださいね」
テーブルの上にあったフォークを拾い上げて投げつけるショーメ先生。いつもなら投げる動作だけで鋭いナイフを飛ばすのに、わざわざワンモーション追加したのは本気じゃないって表明でしょう。
ヤナンカが難なく避けたフォークは剣王の背中に向かう。
「危ねーな」
振り向き様にフォークを握って止めた彼は呆れた様に言葉を続けます。
「王国の女どもは、かわいー顔して喧嘩っ早いヤツばかりだよな」
「諸国連邦の腑抜けた男連中よりマシですよ」
即座に返すショーメ先生。
「まぁ、あんたらと比べたらそうかもな。昔の俺に説教したいぜ……」
かつては自分の物にしようとしたショーメ先生が相手なので、剣王もバツが悪そうでした。
「剣王ゾルザック、フェリスの言い過ぎを謝罪致します」
丁寧な口調なのに、見た目はアバズレ。クリスラさんが片手にワイングラスと酒瓶を持ちながら喋り掛けました。
「そうかい」
「私は謝りました。なので、貴方も私の顔面を全力で殴った謝罪を私にしなさい」
あー、さっきの地下迷宮で戦ったのですね。
「あ? あんな程度、戦闘なら常識だろーに。あー、分かった。チッ。ミミが謝れって言うから謝るよ。悪かった」
邪神め、剣王を通じて、ここの様子を窺っていやがったか……。
「謝罪を受け入れます。はい、フェリス、これで貴女も剣王ゾルザックを恨むのを止めなさいね」
ショーメ先生は微笑みのまま黙っていました。これは納得していないですね。
「クリスラさん、ちょっと良いかしら」
手酌で酒を注ぎ、グイッと一気に飲んでいたクリスラさんに豪華な巫女服の方が声を掛ける。
「どうしましたか、フローレンスさん」
2年前までは聖女だったクリスラさんは、同じ宗教家として巫女長と交流が少なからずあったのでしょう。親しげな表情で迎い入れました。
「私、幻覚魔法に掛けられたの。解けた感じがしなくて、困ってるの。どうしよう、呪いの類いだったら術者を殺すしかない?」
あらあら、それは困りましたね。ねぇ、アデリーナ様?
「私が見た限り、その様な術に掛かっているようには思えませんよ。杞憂でしょう」
「そんな冷たい……。凍えるわ。この手であの子を殺めることを考えたら」
アデリーナ様がゆっくりと近付きます。
「巫女長、ご安心を。気絶している間に術を解いております」
「そうなの? そうであれば、良いのだけど。アデリーナさん、お願いよ。もうあの術は使っちゃダメ。そうじゃないと、私、次は我慢できないと思うの」
「分かりました」
「絶対、約束よ。幻覚魔法に掛かったと思わせる幻覚魔法なんて、絶対にダメよ」
ッ!?
聞こえてたんだ! うわっ、こわっ!!
アデリーナ様、マジでヤバいっすよ!
窮地のアデリーナ様を救ったのはオロ元部長。アデリーナ様曰く、飲み友達の大蛇です。
手渡された紙を読み終えたアデリーナ様は言います。
「まぁ、大変。ミーナさん、お水が飲めないの?」
いつもより可愛らしい声を出して、巫女長の傍を離れる。
「カトリーヌさん、お久しぶりね。アデリーナさんと戦うなら、ほんと、あの魔法には気を付けてね」
口が聞けないオロ元部長は両腕を曲げて力瘤を作ることで返します。
「カトリーヌさん、マイアさんを連れてきて下さいませ」
まだ下手な演技中のアデリーナ様が話題を変えようと努力していました。
「ん? どうしたの?」
離れたところで私達を見ていたマイアさんまで、オロ元部長が体をグネグネさせて土の上を滑るように移動していきました。
紙を渡す。
「ミーナ? あぁ、そうだったわね」
マイアさんが気怠そうに歩みを始める。弟子と呼んだミーナちゃんに対する態度ではないのですが、疲れているのかな。
「ミーナ、お疲れ様。少しは強くなったみたいね。それだけの魔力を溜めても体が崩壊しなかったことは褒めてあげる」
ザリガニの触覚が上下に動く。
「でも、自分を抑えられないのは最悪。それじゃ、まだ、メリナさんに勝てない。反省なさい」
ザリガニの触覚が全部、下を向く。
「ルッカさんにお願いしなさい。戻してくれるから」
あっ、そうでしたね。ルッカさんに吸血してもらえば、元に戻るんだ。いやー、マイアさんは記憶力も良い。頼りになります。
「ミーナ、良かったな」
明るく言い放つのはエルバ部長。チームを組んでいたミーナちゃんの助けになったとは、ほとんど思えなかった人です。
ザリガニもハサミをチョキチョキして抗議の意を表します。
「ルッカは私の知り合いだ。すぐに頼んでやるからな」
お前、そんなにルッカさんと親しくないだろ。ってか、同じ竜の巫女ってだけで会話している姿を見たことがないですよ。
「で、マイアちゃんさ、教えてほしいんだけど」
ん? 口調が変わった。賢いモードか!?
よりによって敗退が決まってからだなんて間が悪い。
「何?」
疲れてるなぁ、マイアさん。
「私さ、2000年前の記憶が消されてるんだ。どうしてかな?」
「2000年前?」
「私はエルバ・レギアンス。寄生型の精霊なんだ。数千年はこの世界にいるんだけど、2000年前の英雄の名前を1人だけ消されてるんだ。気になるんだよね」
「シルフォ。私の師匠」
投げ槍に答えたマイアさんにエルバ部長は首を傾げました。
「ふーん。私が消されていた名前も分かってるんだ。不思議だねぇ」
マイアさんも同じ名前の人の記憶を消されていましたからね。
「でも、ありがと。思い出してきたよ。教えてあげようか?」
そう言ってエルバ部長はマイアさんの体に触れるのでした。これは、私にるんるん日記の記憶を植え付けた悪魔の術です。
口いっぱいに骨付き肉を頬張りながら、私はマイアさんも大変なことになるのかなぁと軽く心配してあげました。




