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アデリーナ様の策略

 無駄かもしれないけど、穴の入り口に氷の壁を作ってミーナちゃんの侵入を妨害します。それから、即席の通路は暗いので照明魔法を所々に作って走り続けました。


 この道も最後は行き止まりになっていないかと不安でしたが、先に明かりが見えてホッとします。

 足を止め、アデリーナ様に出口に向かうのかどうかを確認しようとした時でした。


「あれ? 肩を怪我してます? ミーナちゃんにやられましたか?」


 アデリーナ様が痛そうに腕を反対側の肩に回していたのです。その為に抱くことができなくて、ふーみゃんを王冠のように頭上に置いているのが実に羨ましい。


「メリナさんが思っきり引っ張るから、関節が抜けたので御座いますよ。ミーナの攻撃なら、デメリット効果で私は死んでいたでしょう」


「ひ弱なのを他人のせいにするなんて酷い」


 私はそう言いながらも回復魔法を掛けて差し上げます。


「で、どうします? この先、奴らが居ますよ」


「奴らって……。メリナさん、貴女の直属の 上司の巫女長様と肉親のお母様で御座いますよ」


 そうなんです。大変に宜しくない状態です。ガランガドーめ、よりによって最恐コンビへと繋がる道を作りやがるとは……。行き止まりの方がマシでしたよ。


「戻ります?」


「既に相手の魔力感知範囲に入っているでしょう。逃げるのは不自然」


 そして、今、立ち止まっているのも不自然か……。


「私にお任せなさい。案があります」


 アデリーナ様の案は過去にロクな事がなかったです。でも、私に考えがあるわけでもなし。唾を飲み込んでから、私は慎重に一歩ずつ前と進みます。



「メリナ、どうしたの?」


 予想に反してお母さんは微笑みで迎えてくれました。

 場所は広い室内。恐らく以前に訪れた時は虎に似た魔物が出現した最奥の部屋だと思います。


「あらあら、アデリーナさんも。ご苦労さんね。大変だったでしょう」


 巫女長も微笑み。その一点の黒さもない優しさの裏に凶暴性を隠しているのがこの人の恐ろしさです。


「いやー、ちょっとアクシデントがあってね」


「勝ち残る為に逃げたので御座います」


 ちょっ!

 お母さんに対して、そんな敵前逃亡みたいな話は禁句ですよ! 折檻されます!


「攻撃を受けたら致命傷だもんね。よく生き残れたわね」


 あっ……。女王陛下であるアデリーナ様が居るからお母さんは優しいのか……。


「まあまあ、お2人ともゆっくりして頂戴ね」


 戦闘が始まる恐れは杞憂だったようです。良かった。



「1位チームにアタックしようとしていたのだけど、見当たらなくて」


「そうなのよ。あの人達、ずるいのよ。3位のアシュリンさん達も向かって来ないから退屈だったわ」


 暴力自慢のアシュリンさんであっても、この2人は避けたか……。当然と言えば当然。


「お2人の退屈しのぎに私どもがお相手させて頂いても――」


 おぉい!! アデリーナ、貴様、何を考えているッ!?


「――良かったのですが、あいにく、今の私どもは攻撃を受けると死ぬ状態で御座いますし、お2人は魔法攻撃、物理攻撃無効のメリットを与えられていると聞いております。お相手にならないでしょう」


 なっ!? ほぼ不死身じゃないですか!


「そうなの?」


「はい。1位チームより聞いております」


 マイアさんからか? 私は聞いてないですよ。私がヤナンカに対応している時か?


「へー。凄いわね」


「あらあら、無敵みたいね、私達。素敵」


 いや、常日頃から無敵状態で好き勝手に暮らしているじゃないですか。


「そんなに凄いメリットなのに、1位はもっと凄い効果を貰っているのかしら?」


「うん。再起不能からの完全回復と未来予知。この未来予知が万能みたい」


「マイアとヤナンカは前者に興味を持っておりました。なので、わざと死んで術式の発動を観察しておりました」


 アデリーナ様の話に違和感を持つ。目の前の2人は、そういった小難しい話題には食い付かないはずなのに。もっと接待トークを磨く必要がありますね。



「あらあら、マイアさんとヤナンカさん、お2人とも聖竜様に縁がある方でしたね。羨ましいわ。嫉妬しちゃう」


「フローレンスさんも1位チームの方をご存じなの?」


「えぇ、ルーさん。羨ましいのよ。そうそう、数年前まではヤナンカさんは王都情報局長だったのよ」


「……余り良い印象はないわね、あそこ」


 お母さんは王都で軍隊に居て、だから、情報局とも何か因縁があるのかな。同様に軍人だったアシュリンさんやパウスさんも情報局を毛嫌いしていた気がする。

 左腕をしきりに触るお母さん。そんな癖なかったと思うけどなぁ。


「情報局って聞くと腕が痛むのよね。昔、情報局に関係する魔族に折られてね」


 お母さんの骨を折る? そんな強者が情報局にいたのか……。世の中は広い。



「さて、私も珍しい術式を見て勉強したいなと思っております」


 アデリーナ様は無理やりに話を戻しましたね。


「まぁ、頼もしい向上心だわ。アデリーナさんはメリナさんに負けたくないのね。やっぱり巫女長を目指したいのかしら」


「さすがアデリーナ様、私なんて足下にも及びません。次期巫女長の座はアデリーナ様のものですね。良かった」


 後継者候補の座を譲りたくて、これ幸いと私も巫女長に乗る。


「メリナ、良かったじゃないのよ。貴女もアデリーナさんを見習うのよ」


 アデリーナ様は皆の反応を見てから、発言を続けます。


「うふふ。それで、お母様にご協力をお願いしたいのです」


「もちろんよ。いえ、アデリーナ陛下、もちろんで御座います。何なりとご命令を」


 お母さんが片膝をつく状態になってアデリーナ様に敬意を表しました。


「物理攻撃無効の術式を見てみたく、メリナさんに殴られて頂きたく。実の娘の拳を受けろなど、大変に無礼な話ではあるので御座いますが」


 は?


「その様な容易い事を拒むことは致しません。メリナ、全力で来なさい」


 えぇ……? 良いの?


 戸惑う私ですが、巫女長も好意的でして、真剣な眼でアデリーナ様に問います。


「ねぇ。私にも協力させて頂けない?」


「感謝致します。それでは、フローレンス巫女長には魔法攻撃無効の術式を見せて頂きたく、私の幻覚魔法を受けて頂きたく」


 幻覚魔法だと!? そんなの一切見たことがなく、アデリーナ様はまだ手を隠していたのか!?



 無抵抗なお母さんを叩くのは、とても気が退けます。しかし、勝利の為には心をアデリーナ様の様に鬼にする必要がありまして、私の拳は心と同じく傷付きまくってます。


「ハァハァ……」


 固い。とてつなく固い。まるで地面を殴っているようです。いえ、地面なら地割れくらいの反応があってまだマシです。

 今のお母さんは一切揺るがないし、汗の一滴も掻いてくれない。


 血が垂れる拳を魔法で治癒する。攻撃じゃないから致命傷にならないのか……。


「アデリーナさん、どう?」


「まだで御座います。術が発動しているのでしょうか。メリナさんの攻撃が生温いのでは?」


「メリナ、そんなのが全力なの? もっと頑張らないと。はい、どうぞ」


 クッ……疲労で倒れそう。


「殺す気で来なさい。じゃないと、お手本を見せるわよ」


 そのお手本とやらで私は死ぬ運命かもしれません……。

 次で決めなくては!


 両拳に力を込め、突撃。鳩尾(みぞおち)に叩き付けたものの、強い反動で腕が折れそうになるのを回復魔法で回避するのは今まで通り。今回は、更に魔力操作でお母さんの体を柔らかくしつつ連打。一点のみを集中的に殴り続けます。

 汗と血を迸らせて頑張る私をふーみゃんも「にゃお」と鳴いて応援してくれます。


 それまで微動だにしなかったお母さんが半歩下がる。チャンスと見た私が腕の血管が切れる程に腕を振るいまくると、お母さんに纏っていた何かの魔力がガラスの様に砕けた感覚がしました。

 そして、遂に私の拳がお母さんにダメージを与える。壁際に吹き飛ばされたお母さんの腹を連打。吐血して体の力が抜けたところで、私は攻撃を止める。


 すぐに回復魔法です。でも、失った意識は戻りません。お母さんは安らかな息を吐きながら床でお眠りです。私、お顔についた血を拭ってあげました。



「アデリーナさん、次は私かしら?」


「はい、宜しくお願いします。今から幻覚魔法を使いますので」


「えぇ。アデリーナさんの成長に協力したいのよ。遠慮なさらず。何があっても私は我慢するわよ。だって幻覚だもの」


 ペコリとアデリーナ様は軽くお辞儀をしてから唐突に言いました。



「フローレンスさぁ、私、あんたのこと、昔から嫌いだった」


 っ!?

 アデリーナ様!? 全く魔力が動いてなくて、それ、普通に言っただけですよね!?

 大丈夫なんですか!!


 巫女長は微笑んだままです。


「皆も言ってたよ。アシュリンやカトリーヌも『フローレンス? マジで近寄りたくない。死ねば良いのに』って」


 巫女長は動かない。微笑みが張り付いたまま。


「メリナもあんたのこと、神殿の最終兵器、破壊の化身だって蔑んでいた」


 ちょっ!

 私の動揺は隠せなかったです。


「メリナさん……?」


 巫女長が私を咎めてきて、私は苦い微笑で返すしかありませんでした。


「いつになったら引退するのよ。聖竜様も『フローレンス? フランジェスカの方が我の巫女にずっと相応しい』って言ってたよ」


「そ、そんな……」


 ショックを受けた巫女長は立つ力を失って座り込む。


「嫌われ者フローレンス。さっさっと神殿から出ていきなよ。あんたの居場所は墓の下だけよ」


「うぅ、酷い。アデリーナさん、私は幻覚魔法に耐えきれないわ。お願い、もう止めて頂戴。私、もう寝込んでしまいそう……」


「フランジェスカもさぁ、『あの人、苦手なんだよなぁ。同じ部署かぁ。ちょー不運。あいつ、自殺しないかな。追放運動始めよっか』って呟いてたよ」


「まぁ! あのフランジェスカさんまで……。うぅ、もうダメ」


 その言葉を最後に巫女長は失神してしまいました。



「何ですか、今の?」


「幻覚を掛けられたと思う幻覚魔法」


 ……それ、実質、何も魔法を使ってないってことじゃないですか。少し考えてしまいましたよ。


「精神魔法のエキスパートなのにメンタルが弱い。フローレンス巫女長は子供で御座いますね」


「はぁ、これ、バレたら大変なことになりますよ……」


 私の憂慮はさておき、どうやら凶悪コンビは起き上がれず、チームとして敗退したように思います。つまり、優勝に向けて最大の懸念が解消されたのです。


「あっ、物理と魔法無効の術式って分かりました?」


「そんなもん、私に分かるはずが御座いませんよ」


 そうですよね。

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[良い点] 幻覚魔法ッ (かくぶる×N
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