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迫るミーナ

 ミーナちゃんだったザリガニの化け物はマイアさんやヤナンカを無慈悲に攻撃します。暴風のように両腕や尾を振り回していて、2人とも強力な魔法の準備ができないように思いました。

 通路の壁や床もズタズタに切り裂かれていき、その中を復活したナトンさんが倒れたままのギョームさんに肩を貸してエルバ部長の方へと逃げていました。



「ミーナ、聞こえる? 暴れるのは止しなさい」


 マイアさんの問い掛けに化け物は応えません。長い触覚を斬ろうとしたヤナンカを鋏で弾き飛ばしました。



「ザリガニって聴覚あるんですか?」


「あれ、ザリガニって言うので御座いますか? ロブスターではなく?」


「さぁ、どうなんでしょう。何にしろ、今のミーナちゃんには耳がないですよね」


「虫なんかだと耳が無くても音を聞き分けているようで御座いますけどね。ほら、バッタやセミなんて音でメスを呼んでいるそうで御座いますよ」


「ふーん。ザリガニも虫だとしたら、ミーナちゃんは聞こえないんじゃなくて戦闘を楽しんでいるのかぁ。さすがミーナちゃん。鍛えられた狂戦士ですね」


「相当にアレなメリナさんからそう評価されるのであれば、ミーナもよっぽどのアレで御座いますね」


「アレって何ですか?」


 そんな会話をしている間も化け物の激しい攻撃は続きます。天井の石組みにもヒビが入り、パラパラと土が落ちてくる。

 出口どっちだったかな。生き埋めとかご勘弁なんですけど。さっさっと終わらせて欲しいなぁ。



「これ、未来予知を使った上で、この結果ですか……?」


 しばらく戦闘を観察した上での感想です。

 マイアさんとヤナンカの仕掛けは防がれ、逆にミーナちゃんは何度か攻撃を当てています。


「どうで御座いましょうね。私なら距離を取って魔法の手数を増やしますが……」


「私も同感です。何回か仕留めるチャンスがありましたよね」


「ふむ。確かに。マイアに任せているので、私からの掩護射撃は控えました」


 そう。マイアさんのプランを崩さないように余計な手出しは私もしませんでした。


「何かを待っているんでしょうかね」


「メリナさんにしては鋭い意見です」


 ……何だろう。

 あっ、もしかして。



「もしもし、ローリィさん、聞こえますか?」


 私は観ているであろう主催者に声を掛けます。返事はない。でも、私は続けます。


「今の段階で敗退決定しているチームを教えてください」


 私の独り言になるかもしれないけど、この激しい戦闘は見応えがあります。皆で観戦している可能性が高く、傍にいる私の声が届くのも期待して良いはず。


 突然、目の前に紙が現れる。良しっ!

 真ん中のところでグシャッと掴んでから広げます。


「もっと優雅に取りなさいな」

「にゃー」


「アデリーナ様だけなら無視でしたが、ふーみゃん、ごめんね。びっくりさせたね」


「にゃ」


「メリナさん、どんなに優しくてしてもふーみゃんの一番は私で御座いますよ」


「それ、フロンに言ってやって下さい。(むせ)び泣いて喜びますから」


「悍ましい」


「同感です。『昇天しそう、性的に』とか言いそう」


 さて、紙を読みましょうかね。

 アデリーナ様も興味津々で覗いてきまして、女王の金色の髪が私の頬に触れそうになるくらいです。


 “敗退チーム……チーム蘇生魔法、敏感ボーイズ”


「あっ、予想と違ってました」


「チーム蘇生魔法が『敗退する』と勝手に言っていただけで、実は敗退しておらず、他チームの敗退まで時間稼ぎをやっている可能性で御座いますね」


「はい。違うとなると、何だろうなぁ」


「メリナさん、時間稼ぎは正解かもしれませんよ。マイアは弟子のミーナを勝ち進めたい。だから、その時間稼ぎをしている」


 おっ、流石!と思った瞬間でした。

 一際大きい衝撃音が響いて、私の肌もビリビリと震えます。まるで落雷。

 ミーナちゃんが突如体当たりをして、ヤナンカの構築した障壁を破壊したのです。



「メリナさん、逃げて!」

「死ぬよー。ほんとーにー。狙いを変えるみたいー」

「私達が敗退してるって聞こえたみたい!」


 マジか!? 聞こえないどころか、地獄耳じゃないですか!

 もぉ、早めに教えてください! 未来予知とやらでこの展開も分かっていたでしょ!!



 走る! 走る! アデリーナ様と2人で走る!


 攻撃時の俊敏性ほどザリガニの移動速度は速くなくて、距離を詰められることはないのですが、でも、逃げ切れない。角を何回か曲がっても、通路を破壊しながら向かってくる轟音が迫ります。

 着実に私達を追い詰めるつもりですね!!


「アデリーナ様! 間違えた! この先、行き止まり!」


「道を作りなさい!!」


 無茶を言う……。しかし、やらねば。


 ガランガドーさん! 王都の戦いでやったみたいにスッゴい火炎魔法で壁の先まで焼き尽くして! 無詠唱で!!


『無茶を言う……』


 うっさい! こっちは余裕なし!


「メリナさん!!」

「にゃーぉ」


 うわっ! 振り向くと、赤い鋏が角の向こうに見えた!

 アデリーナ様が光の矢で牽制。

 当たったのに、体表で弾き飛ばされた……。


 魔力が高まるのを右腕に感じながら走る。

 でも、まだ万全じゃなくて、全体を現したザリガニに強い焦りを覚える。


 立ち止まる。目の前は壁。


()()ぐ。()めて(はな)つは (みまか)(わざわい)


 アデリーナ様の特大の光の矢が放たれる。それはザリガニの突進をちょっとだけ留める。頑丈な装甲を貫いて深く傷付けたみたいだけど、まだ相手は動けるみたい! 頭のおでこっぽい所に当たっているのに!!


「メリナ!」


「行けます!」


 私は壁に向き直る!

 そして、拳を振り上げて渾身で打ち付ける。腕から溢れた魔力が紅蓮の炎となり、私の視界を赤く染める。それが拳の勢いそのままに壁の向こうも喰らい尽くす!


「行きなさい!」


「アデリーナ様も!」


 似つかわしくない自己犠牲の精神でザリガニを独りで食い止めようとでも思ったのか、動こうとしなかったアデリーナ様を引っ張って、私は作ったばかりの穴へ入ったのでした。

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