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敗退する理由

 通路を塞いで横たわる氷の杭が魔力の粒になって速やかに消える。今までこんな事は起きたことがなくて、私は警戒します。

 気付けば、あの2人が無傷で現れていました。


「なるほどねー。まけたー」


 ヤナンカが声を発する。

 瞬間、私は氷魔法を連射。生意気にもそれを細かい転移魔法を繰り返して全弾を避けやがりました。


「メリナさん、デメリット効果で先読みされています。先程のように防御不可の攻撃で御座いますよ」


「了解しました。アデリーナ様、魔力を練るので時間稼ぎをお願いします」


「役割は果たしますが、メリナさんに指示されたみたいで、正直、気に食いませんね」


 とは言うものの、既にアデリーナ様は二歩ほど前に出て、敵から私を守ってくれる体勢です。



 ガランガ――いえ、聖母竜、聞こえますか。特大の氷魔法をこの通路をガリガリと削るくらいのサイズの――っ!?


 できる限りの高威力を期待して、私はあの生意気な白い巨竜に直接お願いしていた時でした。色素を持たず、真っ白なヤナンカが私の目の前に現れます。

 大胆な行動に虚を衝かれ、私は転移完了前に対処できなかったのです。


「チィ!!」


 顎を狙っての私の下からの拳は空振り。しかも、続けての腹への膝蹴りまで最小限の動きで躱されます。


「メリナは強いねー」


 余裕のある、その笑顔を潰したい。

 が、僅かな攻撃でも死に到る可能性を考慮して、私はバックステップを選択。一旦、距離を開けます。

 それから、役目を果たせなかった無能な女王を視界に入れる。


 えっ、アデリーナ様っ!?


 彼女はもう通路の奥にまで移動していて、マイアさんの首を剣で刈っていました。マイアさんの首のない体から噴水みたいに血が出ているんです。


「メリナー、ヤナンカ達の負けー。だからー、終わりー」


 そう言ったヤナンカは無抵抗を示す為か背中で手を組み、立ち尽くします。


「……どうして敗北を?」


「このまま戦ったらー、メリナがー魔族化するのがー分かるからー。それはーとっても良くないことー。マイアもー同じ判断だよー」


「ならば、通路に向かって座ってください。魔力を捏ねている様子があったら、後ろから殺す気で蹴りを入れます」


「いーよー」


 素直に従うヤナンカですが、過去の所業からして信じることはできない。なので、私は隙だらけのヤナンカの延髄へ全力での回し蹴り。

 コピーではあるけれども2000年を生き抜いた魔族を、反応さえ許さずに葬り去ってやったのです。


 上半身を失った体が倒れています。それも徐々に崩壊していきまして、小さな文字や記号が蠢いているのが見えつつあります。これはヤナンカを構築していた立体魔法陣が損傷して露になったものでしょう。



「無駄なんだよねー。凄いよねー」


 ヤナンカの声がすぐ後ろから聞こえる。頑張って振り向いても相討ち。いえ、デメリット効果で私の方が不利。優先すべきは回復魔法か……。


「メリナさん、お待ちなさい」


 マイアさんの始末を終えて戻ってくるアデリーナ様が私に言いました。


「マイア達は本当に敗北を認めております」


 ふむぅ、アデリーナ様が私を罠に嵌める必要はないと思いますので、信じてやりましょうか。

 私は戦闘モードを解除して練り上げた魔力を緩めます。



「どうして、敗北することにしたんですか?」


 アデリーナ様に殺されたはずのマイアさんが普通に立っていて、私は彼女に尋ねました。


「ヤナンカが言った通り、戦えばメリナさんの魔族化が確定したのです」


「私の魔族化? よく分からないけど、なりたくないし、マイアさん達が敗退してくれるなら有り難い話です」


「攻撃を受けたらーしぼーって状況だったらー、メリナはー回復魔法をーずーっと掛け続けるよねー」


 ふむ、そうですね。回復魔法を唱え続けるのは面倒だけど。


「回復魔法の常在化。ヤナンカが言うには魔族になる条件の一つ。そして、私達はその未来が見えた」


「魔族になったメリナさんで御座いますか……。魔力の影響で凶暴化したメリナさんは悪夢で御座いますね」


「そう。そして、ほぼ永遠の命を持つ魔王。その未来を迎えないために、私達は止めに来たのよ。それに、ワットちゃんの貞操が危ない」


 ふーん。信憑性ないなぁ。


「なんで、攻撃してきたんですか?」


 まだ隠し事をしていると感じて、私は質問する。


「私達に与えられたメリットは、不死と未来予知。その不死に蘇生魔法のヒントがないかしらとチャレンジしたのよ」


「だねー。ちょー高度な術式だったねー」


 ここで、マイアさんが私達ではない方向に注意を払います。



「もう限界ね。止めに来て正解」


「未来予知ー凄いねー」


「……神になった気持ちよ。気分悪い」


 浄火の間で神様のように振る舞っていた過去を思い出しての発言かな。


 彼女らは首を締められ続けて苦しむミーナちゃんを見ます。ヤナンカの相手をしたため、私の回復魔法が届いておらず、ナトンさんの腕は骨が見えるくらいに損傷し、ミーナちゃんが少し優勢。

 でも、幼い顔も顔面蒼白で当初の狙い通りに共倒れしそうですね。


 ん?

 私はミーナちゃんに異変を感じる。

 頭部の奥、そこに魔力の小さな塊が魔力感知的に見えるのですが、それが鼓動しています。


「アデリーナとーメリナは下がるー」


「ミーナの攻撃が来るから」


 おとなしく私達は従います。

 アデリーナ様が下ろしていたふーみゃんもどこからか現れて、ジャンプしてアデリーナ様の胸に抱かれる。


 ヤナンカが防御障壁を私達との間に作る。フロンが作る物よりも頑丈そう。



「ふぅ。鍛えた弟子を脅威に思うなんてね」


「あはは。あの子、マイアの弟子なんだー。だからー、殺さなかったんだねー」


「良い素材は磨かなくちゃだもの」


 軽口を叩き合っている2人の前で、ミーナちゃんが変化する。

 まずは膨れ上がる体。次に人間の体を突き破って現れる大きな海老の顔と殻。


「グオッ!」


 首に回していた腕が千切れ、慌てて飛び退きますが、ナトンさんはミーナちゃんだった化け物の尾で体を打たれて吹き飛びます。

 即座に回復魔法。下手したら間に合わずに死んでる……。


 目の前には真っ赤でイボイボもある海老、いえ、両腕にハサミがあるのでザリガニですね、それの大きい物が存在しています。ミーナちゃんは完全にザリガニになってしまったのです。このサイズは1食では食べきれないなぁと思ったのは秘密です。


「瀕死状態からの完全獣化。そんなことがあるのね」


「メリナの仕業ー。無理矢理に生かすからー。でも、こんなに完璧な獣化はーヤナンカも初めて見たー」


 獣化が進行しただけ? でも、凄い魔力量。私は下手をすると聖竜様の魔力量を凌ぐかもと不遜な考えが脳裏に浮かび、頭をぶんぶんと振って、否定します。


 ミーナちゃんの片方のハサミがぼやける。

 瞬間、ヤナンカの体が上下に真っ二つになりました。


「速いで御座いますね」


「アデリーナ様には見えました?」


「何とか軌道だけは」


 ヤナンカは復活を遂げる。

 しかし、マイアさんもヤナンカも前衛より後ろで魔法攻撃する方を得意としている人達だと思います。2人で止められそうになかったら、私も助っ人に入るべきなのかな。

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