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旋風のミーナ

 ミーナちゃんはナトンさんを間合いに入れた瞬間に、自分の背よりも長い大剣を横からブン回しました。離れたここまで風切り音が聞こえるくらいの剣速です。


 通路は狭いのに壁なんて存在しないかのような思っきりの良さです。実際にミーナちゃんの剣は壁をものともせずに切り裂いてナトンさんへ迫ります。


 剣で受けるには重過ぎる一撃。だから、ナトンさんが取る選択は回避しかありません。

 鼻先で剣をやり過ご――せない!


 ミーナちゃんが回し斬りの途中で足を前進させて、突きに変化させました。大剣は長い上に幅広でして、かなりの重量物でしょうにミーナちゃんは細い腕で易々と扱っています。


「おぉ! あぶねっ!」


 ナトンさんも鍛えられた剣士です。

 並みの人なら頭部を切断されていたでしょうが、大きく仰け反って剣を避け、それから床を転がって退避します。

 なおも無慈悲に詰めるミーナちゃんに対して、ナトンさんも負けていません。下から抜き身の剣で脛を狙いました。


「あは」


 横へ払われた剣を見極めて軽やかなステップで避けたミーナちゃんは止まらない。戦闘狂特有の笑い方が不気味です。こんな子ではなかったはずなのに。


 胸に大剣が突き刺さる寸前にギョームさんが襟元を掴んでナトンさんを救う。

 大きな衝撃音の後、深々とナトンさんが先ほどまで尻をついていた所に剣が刺さります。


「素早いなぁ。ミーナ、ちょっと調子悪いかも」


 首を傾げるミーナちゃんの前に、息子を守る形でギョームさんが出ました。


「子供なのに強過ぎだよね……。メリナちゃんの小さい頃を思い出すよ」


「メリナお姉ちゃんの!? わっ、嬉しい!」


 ギョームさんの発言にテンションと戦意が高まるミーナちゃんに向けて、その後方、だいぶ離れた所で座っているエルバ部長が叫びます。


「ミーナ! 油断するなよ! メリナがいるぞ!」


 言い終えたエルバ部長は明らかに肩で息をしていて、辛そうです。弱いけど、ここまで体力を消耗しているのも異常ですね。何らかの順位デメリットが発動しているのか。


「偉そう……」


 ミーナちゃんの注意がそちらに逸れた隙を突いて、ギョームさんの姿が消える。

 小太りなのに俊敏性に富むおじさんは、目で追い付けないくらいの速さで音もさせずに、ミーナちゃんの頭上を飛び越えたのです。


「ごめんね」


 気の良いギョームさんの申し訳なそうな声が届く。今から魔力を込めた拳でミーナちゃんの首筋を殴るのでしょう。


「負けないッ!」


 ミーナちゃんの反応も速いけど、その剣だと取り回しが悪いから間に合わないかな。ミーナちゃんもそれが分かっていて、途中で剣を捨てての裏拳を選択だもんね。


 剣しか扱えないミーナちゃんの殴打なんてギョームさんには効かない――えっ?


 ギョームさんが吹き飛んだ。子供だましな演技かと一瞬思ったけど、赤い血溜まりが出始めて、私は慌ててギョームさんに回復魔法を掛ける。


「ミーナちゃん、拳も鍛えていたんですか?」


 驚きの余りに隣にいたアデリーナ様に尋ねます。


「私に分かるはずがないで御座いましょう。しかし、スピード以外は大した技量ではないように見えましたよ」


 ですよね……? 拳への魔力の込め方とか明らかに素人でしたよ。


「重傷となったのはデメリット効果で御座いましょうかね」


「私達と同じで、受けた攻撃が全て致命傷……?」


 いやぁ、凄いです……。



「親父ー!」


 ナトンさんが絶叫します。しかし、ギョームさんは動きません。


「メリナ、治癒魔法を頼む!」


「もう掛けたよ。命には別状ないよ」


「そうか。助かる」


 ナトンさんは剣を再び構えて、ミーナちゃんに立ち向かいます。

 すみません、ナトンさん。私、貴殿方を脱落させるため、ギョームさんへ手を抜いた魔法を掛けてます。



「メリナお姉ちゃんを倒したら、ミーナが一番強いんだよね」


 捨てた大剣を拾うミーナちゃん。

 ノノン村の屈指の強者であるナトンさんを視界にも入れず、私を見詰めてくる傲慢さは子供らしくありませんでした。


「メリナがいるんだ。多少無茶をしても死なねーだろうさ。すまねーが、ちょっと本気で行くぜ」


 ナトンさんが動く。ミーナちゃんの長い剣を掻い潜り、自分の剣の間合いに入り、フェイクの突き。

 ミーナちゃんは素直に反応して体を横に見せたところで、更にナトンさんが足を進めて、ミーナちゃんの側頭部へ剣を持つのとは逆の手を叩き付ける。同時に指を眼に入れたかな。

 それで止まらず、怯んだミーナちゃんの首へ腕を回して締め上げる。そして、そのまま背の高いナトンさんがミーナちゃんを持ち上げて、宙吊りにします。

 完全に殺しに行っていますね……。


「大人がして良い攻撃では御座いませんね」


「あんなにキレているナトンさんは初めて見ました」


「剣で頭を刺さなかったのは、まだ理性が残っていたんでしょうね」


 苦しそうに顔を歪ませるミーナちゃんが失神しないように回復魔法。息が苦しそうなので造血魔法も使ってあげます。血を作るだけなのに息も楽になるんですよね。不思議。

 しばらく観察していましたが、彼女の必殺技、ザリガニの手を出す余裕はないみたいで安心です。



「クッ、タフだな!」


「うー、うー!!」


 ジタバタと暴れるミーナちゃん。手が当たる度にデメリットの効果なのか、ナトンさんも吐血するのですが、ナトンさんが負けないようにそちらにも回復魔法を唱える。


「早く共倒れしないですかね」


 ミーナちゃんの体もナトンさんの血で汚れまくっています。


「メリナさんは悪知恵が働きますね」


「結構、調整が難しいんですよね。あっ、アデリーナ様、エルバ部長の始末をお願いします」


「仕方御座いませんね」


 首を締め続けるナトンさんと床に転がったままのギョームさんの横を悠々と歩いてアデリーナ様はエルバ部長の座る場所へと到着しました。エルバ部長、何があったのかバテバテで無抵抗ですね。

 戻ってきたアデリーナ様は笑っていました。


「どうしたんですか?」


「ノノン村のお2人、大した威力のない攻撃に苦しんでいたでしょ?」


「はい」


「エルバ部長にお聞きしたら、あれで『相手の攻撃に敏感になる』らしいで御座います」


「あはは、敏感ボイーズだけに?」


 面白くはない。でも、私は笑ってしまいました。


「それじゃ、私達の当たったら致命傷はあの比じゃないってことかぁ」


「そうで御座いますね」


 笑うしかない。絶対に酷いことになる。


「それで、エルバ部長は降参しました?」


「ミーナさんが負けを認めるまではできないとのことで御座います」


「じゃあ、時間の問題ですね。良かった」


 私は注意深く2人の体調管理をしています。徐々に回復の程度を緩めて、最後は同時に倒れるくらいに持って行くのです。



「っ!? メリナさん!」


「お願いします!」


 ミーナちゃんの引っ掻きによって、骨が見える程に腕を裂かれたナトンさんを治癒しようとした時でした。後方で転移魔法の発動を意味する魔力の揺らぎを感じました。他の組を考えると、こんな事が出来るのはマイアさんとヤナンカくらい。


 私は回復魔法の途中でして、もしも攻撃ならアデリーナ様に対処を依頼したのです。


 頭蓋骨の形をした火の玉が10個ほど螺旋を描きながら猛スピードで私達を襲います。

 それらを全て、アデリーナ様の光の矢が貫いて消滅させる。


 火の玉を構成していた魔力が煙幕みたいに可視化した状態で広がって、やがて霧散しました。

 通路の先に私の予想した2人組が姿を現しています。


「何のつもりで御座いましょうか?」


 アデリーナ様が問う。


「2位チームに追われまして」

「ごめんねー。来ちゃったよー」


 嘘です。そうであったとしたら、さっきの禍々しい攻撃は必要ない。殺意には殺意で返すのが礼儀でしょう。


「死ね」


 そう短く呟くと同時に、私の全力での氷魔法が作動します。会話を試みて時間を稼いでくれたのであろうアデリーナ様は私の魔法攻撃を予期していて、バックステップで素早く射線から外れる。


 通路のほとんどを占めるくらいの太さの氷の杭。それが目に見えない程の速度で放出され、古代の英雄の体を押し潰しました。魔力感知的に確実に殺した自信があります。

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