血みどろの戦闘の開始前
不思議な場所です。上下も左右も長方形の石を組んで作られた通路なのに、明るい。松明が燃えている訳ではなくて、石自体が少しだけ発光しているのだろうか。
隣にはアデリーナ様がいますが、他の組の人達の気配はない。前後ともに先で折れ曲がっていて、見通しは悪い。
幅は私達2人が腕を横に伸ばせば両側の壁に付くくらいでして、アデリーナ様が剣を振るうならば私は後衛になった方が良いでしょう。
「ここを進んで出会った者と戦うので御座いますかね。全く……2日間の順位付けに意味がないでしょうに」
「そうですね……。あっ、紙が出てきましたよ」
転送魔法ですね。ヒラヒラと舞うそれがアデリーナ様の手に収まる。
文字が見えて、私も横から覗き込んで確認します。
「むっ……デメリットで御座いますか……」
紙にはルールが記載してありました。ダンジョンを進み、遭遇した相手をぶちのめす。とても単純。
でも、その文の下に残った8チームの内、上位3チームはメリットを、反対の下位3チームはデメリットが与えられると書いてあります。
「どんなでしょうね?」
大切な部分が記載されていない。
「1位は全部。そして、残りは自分達よりも下位チームの内容は分かるようで御座いますね」
「ならば、早速、他のチームを狩って私達に付与されたデメリットについて口を割らせましょうか」
「そうで御座いますね」
「ちょっとお待ちを」
私は精神を集中させて魔力の流れを読む。通路の奥で僅かに揺らぐ魔力も見逃さない。こういう閉鎖せれた空間は壁の向こうとか余計な所を調べなくて良くて、いつもより遠くまで効率的に調べることができそうです。
「地図を書きます」
肩掛け鞄からペンと日記帳を取り出し、調べた結果を書いていきます。
平面だけど、分岐が多くて簡単に迷いそうな構造ですね。
「近くにギョームさん達、その奥、ちょっと離れた場所にエルバ部長とミーナちゃんがいますね」
「ふむ。順位順に並べられておりますか?」
「もし、そうなら幸運ですね。巫女長とお母さんの凶悪組から離れることになります」
書き続けていた私の筆が止まる。ふと気付いたのです。
「どうしました、メリナさん? デメリットが発現しましたか? 例えば心臓が止まったとか」
「いえ。このダンジョン、アレですね。だいぶ前に巫女長とアデリーナ様、ショーメ先生と来たことがあります。ここの分岐と行き止まり、特徴的だから覚えていました」
三方への分岐があって、その内の一方は長く左右に折れ曲がりながらの行き止まり。
以前はこんな変な明かりはなかったけど。
「フローレンス巫女長を生き埋めにした?」
「えー、アデリーナ様の認識ではそうなんですか? 私は違いますよ。全然違う」
確かシャールの広場では皆が映像を見ているはずです。下手な発言はしませんよ。
「失言でした。あれは不幸な事故で御座いましたね」
アデリーナ様も観衆の存在に気付いたみたいです。
「でしょ。やだなぁ、アデリーナ様。勘違いし過ぎー」
「うっかりさんで御座いました」
自然な感じで笑ってやり過ごす。
「さて、メリナさん、デメリットについて何か感じますか?」
そこに拘るアデリーナ様。
「いやー分からないですね。五感のどれかが奪われた訳でも、魔力が低下した訳でもなさそうです。アデリーナ様の足の裏が再び臭くなったとか?」
「精神的なダメージは大きいですが、戦えないことはない。あと、私の足は臭くなったことはない。訂正しなさい。私の体裁に酷い影響が出ます」
「えー、ごめんなさい。間違えて口が滑りました。じゃあ、100歩進んだら即死とか」
「ふむぅ、最悪、そういう即敗退してしまう系のものも有り得るか……。あと、メリナさん、ちゃんと発言を撤回なさい」
「困りましたね」
「えぇ、暫くここで待機でも良いかもしれません。ったく、メリナさんが昨日にギルド職員を襲うからで御座いますよ。それから、発言の撤回」
「はい。すみません。あー、アデリーナ様の足はフローラルです。はい、これで許してください」
動かないことを選択した私達。
しかし、他の組がそれを許さないのでした。
「あっ、ギョームさん達がこっちに向かってきてます」
「彼らも魔力感知を使えるので御座いますか?」
「うーん、どうなんでしょう。でも、お母さんのお気に入りの猛者ですから、それくらいは出来るかも」
「だとしたら、こちらに狙いを付けているので御座いますね」
「うーん、ギョームのおじさんは良い人だから、そんな弱虫いじめみたいなことするかなぁ」
「メリナさん、彼らに近いのは私達かエルバ部長の組で御座います」
「そっかぁ。戦うなら私達の方を好むかぁ」
勝てると思っても子供相手に戦いを挑むような人間じゃないですね、ギョームさんは。
私達も負けるつもりはない。謎のままのデメリットを考慮して、長い直線の通路に位置して敏感ボイーズを待ちます。
ってか、酷いネーミングセンス。本当に家宝の書に由来するのでしょうか。どうかと思う。きっと中身は禁書の類いでしょう。
向こうの角を曲がって2人が現れる。
もう少し進ませて隠れる場所を失くしてから、氷魔法を連射して仕留めるのが私の考え。
「おーい、ダメ! 魔法を射たないでー! メリナちゃん、怖い顔、ダメー!」
ギョームさんが頭上に手をやってバッテンを作りながら叫びます。
「メリナとは戦わないつもりだぞー! 俺達はノノン村代表だろー!」
息子のナトンさんも声を張り上げます。
「どうします? 2人には悪いですが脱落して貰うのも有りかと」
迷宮と呼んでも良いくらいに広い場所です。他の組と出会えずに順位が確定して敗退する可能性を考えたのです。
ゆっくりと無防備に近付いてくる彼らを見据えながら、アデリーナ様が答えます。
「私達に付与されたデメリットを聞いてからに致しましょう」
「了解です」
私達は彼らを迎え入れることにしました。
「え? 受けた攻撃の全てが致命傷になるんですか?」
「紙に書いてあったぞ。ここな」
ナトンさんが渡してくれた紙には確かにチームぬるるんに付与されたデメリットがそう書いてありました。
「致命傷ってどのレベルなんでしょうね?」
驚いた私はアデリーナ様を見ながら訊きました。
「ふむぅ、回復魔法が間に合う程度であれば宜しいのですが……。メリナさん、試しに剣で斬られてみなさい」
「怖すぎ。無茶言わないでください。全部避ける感じで頑張ります」
でも、私はそれが出来るとしてアデリーナ様の力量で可能なのでしょうか。
「メリナちゃん、もう一つデメリットがあるんだよ」
はい。全ての行動が先読みされる、ともあります。これの効果もよく分からない。
「試してやるよ。メリナ、行くぞ」
ナトンさんがいきなり剣で斬り付けてくる。手加減しているようでスピードが遅く、振り上げの段階で私は剣の間合いから外れ――おっとギョームさん? おじさんが素早い動きで背後に回っていたので、回し蹴りで吹き飛ば――あれ?
私の蹴りは空振りとなりました。見切られたみたいで、おじさんの目の前を爪先が通り過ぎます。
「うわっ、分かっていても怖いな……」
「どこに攻撃が来るのか、範囲まで分かるので御座いますか?」
「そうみたいだね。いや、でも、メリナちゃん、村に居た頃よりも成長しているから、頭を粉々に吹き飛ばされて死ぬかと思った……」
冷や汗を拭うギョームさんですが、私も事の深刻さに焦ります。
「これ……アレですよね……? 防御でも先読みされるから攻撃が当たりやすくて、当たったら致命傷なんですよね……」
このダンジョンまで残ったメンバーの苛烈な攻撃を想像すると、その状態で避け続けるのは至難の技だと推測されます。
「戦わないのが正解で御座いましょう」
消極的ですが、そうかもしれません。幸い、敵がいる方向は一方だけでして反対方向へは逃げ続けられそう。
「にゃー」
あれあれ、ふーみゃん、どうして鳴いたのかな? かわいいなぁ、ふーみゃん。
うふふ、ふーみゃんも私の心配をしてくれたのかな? 嬉しいなぁ。
「見つけた」
「待て、ミーナ。走るな。私の体力がマジで限界だ」
通路の向こう側に子供2人が現れました。彼女らは次に進むために戦いを挑みに来たのでしょう。
「どうする、親父?」
「ナトン、分かってるだろ。メリナちゃんと綺麗な女の人を守るぞ」
「子供相手だとやりにくいんだよなぁ。まっ、いっか。昨日の夜はあの子に負けたもんな」
駆けてくるミーナちゃんにナトンさんが鞘から剣を抜いて、迎撃に向かいます。
ミーナちゃん、笑顔で怖い。大剣を両手持ちの形で斜め後ろに引き摺っておりまして、床を削る音と火花も凄い。
「聞きました、メリナさん?」
「何をですか?」
「綺麗な女の人」
「おっさんに言われても嬉しいんですか?」
アデリーナ様が珍しくご機嫌でして、こいつ、緊張感がないなぁと思いました。




