最終日の朝
シャールの西門の外、今日も私達はそこに集合する。
夜の間は庶民が通る為の大門は開いていないので、街の出入りが集中して朝方の門前の広場はいつも馬車や人でごった返している。それに加えて、本日は最強の人を決めるっていう馬鹿げた大会の最終日で見物人も多い。
商機と睨んだ商人達が簡易の市場を出しているくらいです。
今日の私は巫女服ではありません。巫女服に似ていますが、聖竜様に頂いた深紫色のローブ。とても大切な物でして、それを着るくらいに今日の私は気合いが入っています。
昨日の反省会でアデリーナ様が仰った通りです。大金貨のレリーフから想像するに、この大会は2000年前の大魔王討伐の関係者が絡んでいる。マイアさんやヤナンカは、そいつがフォビと推測していて、そうであれば私はあいつをぶちのめす。ぶちのめして、聖竜様を奪ってやるのです。
気合いが入る。
「あー、メリナ様ー!」
「おはようございます、ニラさん」
冒険者を辞めて若い商人として活躍しているニラさんが私を見つけて挨拶してくれました。
「うわぁ、キレイな服! 今日も頑張ってくださいね。これ、差し入れです」
甘辛く焼いたチキン。表面に見える脂が光ってます。私の好みをよくご存じで。
「わぁ、その肩掛け鞄もおしゃれですね。メリナ様はセンスが良いです」
「褒めてもらって嬉しいよ。昨日から日記を付けるように鬼に言われたので、筆記用具を忘れないように持ってきたんだ」
「鬼ってアデリーナ様ですか? 仲が良いですね」
「そう見えるならば誤解かな。そう言えば、双子の2人は?」
モグモグしながら尋ねます。
「あそこで現場指示しています。私達、冒険者ギルドからも仕事を貰えるようになったんですよ。今まではゾビアス商店の仕切りだったんですけど、初めて入れたんですよ。とても嬉しいです」
ゾビアス商店はマリールの実家です。凄く遣り手の商家の印象で、本業の衣料関係以外にも手広くやっています。コリーさんの結婚指輪騒動の時に私もお世話になりました。
「ゾビアスの人達、共存を認めてくれたかもしれないです。もっと人を雇わないとって、ブルノやカルノも意気込んでるんですよ」
ふむぅ。良いことだと思います。
でも、事業規模を大きくさせたタイミングで、安売りなどを仕掛けて潰す方法もあるとか聞いたこともありますし。
うーん、もしも何かあったら私が仲介してあげよう。
「メリナさん、気合い十分で御座いますね」
やっと来ましたか。
私は軽やかに振り返りアデリーナ様に向き合います。
「優勝、それ以外は無意味です」
「宜しい」
「にゃー」
わっ! 黒猫ふーみゃん!
久々に見たよ。かわいい! これがあのフロンだなんて信じられない。もう二度と人間の姿にはならないで。お願いします。
アデリーナ様の胸に抱かれたふーみゃんに私は興奮しました。今日はとても良い1日になりそうな予感。
私がふーみゃんの柔らかい毛を楽しもうと頭に手を伸ばした時です。不意に声を掛けられました。
「それが魔王を統べる魔王の可能性がある猫ですね」
マイアさんでした。
なんて失礼な。ふーみゃんに謝って欲しい。
「だねー。それが居なければーブラナンもー、アデリーナを支配できたのにー」
「終わった仮定で願望を述べるのは愚かで御座います」
「だねー。ヤナンカはー愚かだねー。死んでとーぜんだよー」
ヤナンカの本体は滅んでいるのは間違いないのか。この辺、よく分からないんですよね。心身ともに精巧なコピーを作れるとか、もう不死に限りなく近い気がします。
「で、マイアさん、私と聖竜様の件、どうなってます?」
「そうですね。ばっちし応援しますよ」
「がんばれー、メリナー」
「あはは、言葉だけでなくて――」
「勿論です。分かってますよ。でも、事が終わってからね」
……指示通りにギルド職員を襲ったんだけど? 依頼事は終わったはずだから、私に報酬が与えられる番なのでは……。
続きの句を笑顔で待つ私にマイアさんは背中を向けました。
「お集まりの皆さーん、お待たせしましたー。いよいよ最終日でーす」
同時に魔法で音量を上げたローリィさんの声が響きます。
「メリナさん、些末は頭から忘れなさい。勝てば良いのです」
「えっ、でも、マイアさんは私と約束したんですけど?」
「優勝以外は無意味だと自分で宣言したばかりでしょ。他人に期待する必要は御座いません。期待するほど、心を乱されますよ」
アデリーナ様は友達がいないので、そういった冷たい思考に陥ってしまうのでしょう。
でも、優勝してフォビを脅すにしろ、マイアさんとヤナンカの口添えがあれば聖竜様も説得しやすい。普通の人なら期待しちゃいますよ。
「「おおー」」
観衆のどよきが上がる。
空中に文字が映し出されたのです。
こんなに派手なのはアデリーナ様の即位した後のプロパガンダ映像以来だと思う。
「シャールの冒険者ギルド程度が用意できるものではないでしょうに……」
アデリーナ様も驚きを隠せずに呟きます。
下位から順にチーム名が現れる。
チームぬるるん(3→8)、敏感ボイーズ(7→7)、剣智のジーニアス(4→6)、オズワルズ(1→5)、聖文神武(5→4)、らぶらぶ夫婦(6→3)、チームおばさん(2→2)、甦生魔法(8→1)。
暫定1位だった剣王とオロ元部長が陥落。マイアさんとヤナンカが最下位から1位に急浮上か……。お母さんと巫女長は安定の2位。不気味です。
チラッと見たマイアさんが拳をぎゅっと握って喜んだのが見えました。
「勝負から降りたはずなのに……」
「私が昨晩申した通りで御座いますよ。メリナさんを焚き付けて罠に填めたのでしょう」
まさか……。いえ、約束を守って頂ければオッケーですよ……。しかし、私は矛盾に気付いてしまう。
「……私を唆したのに『甦生魔法』チームは品位で減点されていないのもおかしい……」
「うまくやったのでしょう。例えば、他人のためを思ってやったことは減点されないとか。しかし、どうでも良いでしょう。最下位からの首位奪還も可能だと分かりました」
「はい。頑張ります」
私は決意を新たにする。油断するとどうしても他人に頼ろうとするのは私の欠点ですね。自分の手で聖竜様を手に入れなければ。
「今日は二部構成です。午前中に4チームに絞り、午後に優勝チームの決定です。さぁ、皆さん、頑張りましょう」
少なくとも午前中に4位までに入らないといけないか。
「午前は特設ダンジョンでのバトルロワイヤルになります。観衆の皆さんは映像で安全にお楽しみください」
うん? また移動?
そんな疑問を浮かべた瞬間、私達は石に囲まれたどこかの通路に転送されたのでした。
マイアさんレベルじゃないと使えないくらいの高位の魔法だと思います。黒幕が神だと言うのを確信して良いかもしれません。




