アデリーナ様とメリナの本領
「アデリーナ様、私は失望しました。まるで成長していないではありませんか」
前も食材を切って煮るだけの料理。塩味なのはスラム街でのお料理と同じです。
加えて、とてつもない異臭を放っているので退化していると言っても過言でない。
「うふふ。メリナさん、私の本領は今からで御座いますよ」
どこから持ってきたのか、アデリーナ様は巫女服の上に花柄の白いエプロンを装着していました。
そして、両手で私に見せ付けるように卵を1つずつ鷲掴みにしています。
「隣の屋台に投げつけるんですか? 最悪の品性ですね」
「ご覧なさい」
調理台の角にコツンと双つの卵を軽く当て、そこから流れるような動作で目の前のボールにポトリと卵の中身が落ちるのでした。
早業です。こんなにも鮮やかな卵割りを私は見たことがない……。
驚く私の前にして、アデリーナ様は次々に卵を割っていきます。みるみる内にボールの半分ほどが生卵でいっぱいになるのです。
「す、凄い……」
片手で卵を割る人なんて初めて見ました。私なら、間違いなくグチャです。
「うふふ、まだまだで御座いますよ」
余裕に溢れるお顔でアデリーナ様は作業を続けます。名前は知らないけど持ち手から曲がった鉄線がいっぱい生えているヤツで、グルグルと卵を混ぜます。白身と黄身が一瞬で統一されます。あー、それは善悪を許容するアデリーナ様の器の大きさを体現するかの如く。
「な、何を作られるんですか……」
これ程までに偉大な人物を、私はぶりゅぶりゅ大王なんて呼んでいただなんて……。一生の大罪です……。償いきれない。
アデリーナ様は熱せられたフライパンに油を注いでから混ぜた卵の一部を流し入れる。
そして、またもや、グルグル混ぜる道具を用いるのです!
あー、広がった生卵が固まるも、アデリーナ様が巧みに操る道具で解され、そして、ポロポロとした小さな黄金色の塊が出来上がって行くのです。
「こ、これは何でしょうか……」
「スクランブルエッグ」
聞いたこともない……。
皿に謎の食べ物は広げられ、私は震える手で1粒を口にする。
普通に卵を焼いた味でした。
「ふふふ、メリナさん、しかし、私はまだ本気ではありません」
「な、何ですって!?」
引き出しの多さはまるでマジシャン! こいつはあらゆる食材を操るフードマジシャンなのか!?
手にしたのはまたもや卵。火に置かれたままのフライパンの縁に当て、片手で割る。
手に残った殻を後ろに投げ捨てる姿さえ、美しくて眩しささえ感じる。
しかし、これはただの目玉焼きですね。
私でも作れます。
「サニーサイドアップ」
っ!?
「この料理の名前で御座います」
す、凄い……。何ですか、そのアデリーナ様の神々しさを意味するような、太陽の名を冠したお料理は……。食べてみたい。私はその未知のお料理を口にしたい。
アデリーナ様の手は止まらない。フライ返しを目玉焼きの下に入れ、ポンと上に跳ねさせる。空中でクルッと半回転した目玉焼きがフライパンに戻る。しばらく静かに様子を伺うアデリーナ様。
「オーバーウェル」
アデリーナ様の呟きに、私は目を見開いて驚く。よく焼いた目玉焼きではないのか!?
「まだまだ、私のレパートリーは尽きません。ハードボイルド、ロールドエッグ、ソフトボイルド、ロゥエッグ、ポーチドエッグ。そして、プレーンオムレット」
くぅ……カッコイイ!! でも、エッグが多い!!
「お、お見逸れ致しました」
「これからは私を尊敬するように」
「ははぁっ!」
次々に繰り出されるアデリーナ様の卵料理に私は感動の涙さえ出てしまいそうでした。
誤解していました。アデリーナ様は卵専門のマジシャン! エッグマジシャンだったのですね!
「私、いっぱい卵を貰ってきます!」
「期待していますよ。そして、メリナさんも私に期待するので御座いますよ」
いつになくご機嫌なアデリーナ様は私にウィンクしてくる程でした。ちょっとイラつきましたが、この人は偉大なるエッグクイーン。そんな感情を抱いてはなりません。
「それじゃ、行ってきます」
玉子を取りに行くため、そして、最早何のために作られたかも分からない茶色い汁の異臭から逃げるため、私は屋台を出ます。
当然ながら他の組も既に調理に入っており、私は彼らが何を作っているのか気になりました。
屋台の順番は門に一番近い右側から中間発表の順位順に並んでおりまして、私はまず暫定1位である剣王とオロ元部長の動向を探りに行きます。
帝国での戦いで面識はある2人ですが、そんなに親しくないはずです。だからか、別々に料理していました。
剣王は刻んだ肉をセッセッと丸めて肉団子を作っているようです。そして、オロ元部長は、ぷぷぷ、焚き火の周りに何個ものリンゴを置いて焼いてます。果物を焼くなんて、オロ元部長は脳ミソまで蛇級なのでしょうか。
「メリナ、味見していく?」
その隣の屋台からお母さんが声を掛けてきました。
「ダメだよ、今はライバルだからね」
「そう? うーん、都会の人たちの口に合うかなぁ」
お母さんはお料理も上手だから、心配要らないのにね。そして、料理人フローレンスを吸収している巫女長も云わずもがな。
各種の調味料を混ぜて作った即席ソースに漬けた肉の串焼きのようです。とても食欲を誘う匂いが漂っていましたが、少し離れて、我らの屋台に近付くと糞みたいな獣臭と酢の鋭い臭気に打ち負けてしまっていました。
うん、後でこっそりと、あの茶色い汁をお母さんの屋台の前に撒いておこう。私がやると殺されるからアデリーナ様の担当かな。
アデリーナ様が卵を割り続ける屋台を通り過ぎます。順番に見ていきましょう。
ミーナちゃんはエルバ部長の指示に渋々従いながら、焼き菓子を作っているみたいです。ご自慢のザリガニの腕を調理されたら良いのに。
スラム街の料理対決で、その実力は確かだと分かっているクリスラさんとショーメ先生の組は巨漢の男も加わって、ドロドロした白い液を鉄板で薄っぺらく焼いていました。
「ちょっ! 助っ人はずるいですよ! ガルディス! そこを出なさい!」
「ボスじゃねーか? 相変わらず強そーで嬉しいぜ、ガハハ」
全く悪びれることなくガルディスは笑う。
「メリナさん、ルールに助っ人禁止とはありませんでした。つまり、これは私どもの知恵の証明となるでしょう」
ぐぬぬ……。殴り付けたいがそれでは品性が下がってしまう……。
「……ちなみに何を作っているんですか? そんな腹持ちの悪そうな物、誰にも選ばれませんよ」
「小麦粉の薄焼きですよ。それに具を乗せてグルグルと巻くと、はい、お手軽で栄養満点の包みパンの出来上がり」
メイドとして長く活躍しているショーメ先生の手付きは慣れたものでして、ジャムやクリーム、果物がくるまったパンはとても美味しそうに見えました。
強敵です。王国が誇るエッグクイーンでも勝てるか不安です。
続いて、アシュリン・パウス夫妻。
包丁を手にして食材を切るアシュリンさんと、その切られた具材を鍋に投入するパウスさん。仲睦まじい夫婦の姿ですね。
観察する私にアシュリンさんが気付いて睨み付けられましたが、私はニヤニヤした顔で煽ります。悔しそうでした。
「おーい、メリナちゃーん、食べてみなよー。おじちゃんの野菜、おいしーよ! うぅおっぷぅうげぇゲェー。はぁはぁ……。声出したら気持ち悪くなったぁ」
「親父! ははは! こりゃ、ダメだろ! あひ、いひぁはは、ダメだろ! あはは」
気持ちの問題だけでなく、物理的にも視覚的にも食材の傍に有ってはならぬ物がギョームのおじさんの口から出ましたよ。
屋台には野菜や果物をそのまま並べているだけでして、私達の敵ではありませんね。
ギョームさんだけでなくナトンさんも酔っ払った状態で、大笑いするのみ。お酒様は罪なお方です。
さて、最後はマイアさんとヤナンカ。彼女らは既に何かを作り終えた後でして、のんびりと地面に座って話をしています。
ヤナンカが私に気付いて手招きします。マイアさんも微笑みで私を迎えます。
断る必要も理由もないので、隣に座らせてもらいました。
「どうしたんですか?」
「んー、なんて言うのかなー」
「メリナさんは優勝したい?」
奇妙な質問でした。2人も優勝を目指していて、だから、昨日は目標地点に一番乗りして、帰りも一番速かったのだと思います。
もしかして返答次第では私を潰すつもりなのでしょうか。
「そんなに勝ちたいとは思ってませんよ。でも、ノノン村の名前は高めないといけなくて少しは勝ち進まないと。あー、オズワルドさんへの借金を優勝賞金で返さなくちゃいけないんだったかな。んー、でも、踏み倒すか、オズワルドさんを殺せば良いしなぁ。微妙です」
「私達はもう降りる」
「そうなんですか?」
あんなにフォビを殴ってやるって拘っていたのに。
「だねー。昨日ねー、怪しいヤツを襲ってー、マイアやー、私が閉じ込められてた異空間に連れて行ったんだよねー」
時間の流れが違う浄火の間ですね。
「負けたのよ。私達が」
あのギルド職員に?
魔力は全然大したことなかったと記憶していますが……。
「フォビかどうかも分からなかった」
「完敗だったんだよねー」
「あれに勝てるのはメリナさんしかいない」
「そうなんだよねー」
ふむ。
「だから、優勝は諦めてギルド職員を襲ってもらえない?」
「約束してくれたらー、ワットちゃんにメリナと交尾するようにーお願いしよっかなー」
えぇ!?
えー! そんなはっきり言われたら、私、赤面ですよ!
こ、心の準備ができてませんし……。
「ヤナンカ、言葉が悪いわよ。ワットちゃんもメリナさんも困るでしょ。でも、メリナさん、約束してくれたら、私も貴女とワットちゃんの件、応援するから」
「おーえんするよー」
恥ずかしさでもじもじしながら、その提案を私は承諾するしかありませんでした。
そして、善は急げです。2人に指示されたギルド職員を3人ほど半殺しにしてやります。他愛ない。余裕です。しかし、警備兵が出動するくらいの大騒ぎになってしまいました。興奮していた私は、圧倒的な暴力で彼らも制圧してやりました。




