新たな対決とその準備
観衆から物凄い声援を受け、この大会の流れは今、剣王に有ります。それを私だけでなく他の参加者も感じ取っていることでしょう。
「あいつ、調子に乗り過ぎですよね。脳天を砕いておきますか?」
「お止めなさい、メリナさん。品性の評価が減点されるだけで御座います」
「とは言え、あいつが世界最強を名乗るのは許せません。弱いですもん。お母さんとか巫女長とか、私が認めた人なら構わないのですが」
「戦闘力だけならね。メリナさん、この大会では加点するよりも減点を避ける方が重要なようなので御座いますよ」
「そうなんですか?」
「その証拠に、往復ともに一番で到着しているマイアとヤナンカが、それにも関わらず最下位で御座います」
「そりゃ、関係のないギルド職員の命を狙おうとしたらアウトですよ。失格じゃないだけマシなレベルですよね。ガランガドーさんの影に隠れながら見てましたけど、あれ、殺す気でしたよね?」
「えぇ。そして、殺せなかった事実が御座いまして、それはそれで問題でしょう」
アデリーナ様とショーメ先生、マイアさん、ヤナンカが殺意を持って襲ったのに、それを逃れた?
私でも厳しそうなメンバーだけど、それでも死ななかったって凄い有能な職員さんですね。世の中は広い。その人が出場すべきだったのではと思いました。
「それはさておき、メリナさん、この大会を勝ちきるためのコツをお伝えしましょう」
「おぉ、宜しくお願いします!」
「結果よりプロセスが重要視されております。そして、失点を取り返すのが難しい設定になっていると思われます。なので、まずは無茶をしない、品位を落としてまで他人と競わない、勝ちに拘らない、これらが大切でしょう」
「このメリナ、今のお言葉を胸に刻み込んで頑張ります!」
中間結果発表の騒ぎも収まり、観衆の大半だった冒険者達もそれぞれのグループでの酒盛りに戻っていました。
ナトンさんやギョームさん、剣王なんかはそのお零れに預かり楽しんでいるようです。羨ましい。しかし、ここで私は思い出す。
「禁酒令はどうなったんですか?」
ニラさん達と街の見廻りをしたのが懐かしい。箱詰めの酒瓶がガチャガチャと心地よい音で鳴いていましたね。
「メリナさんが記憶を戻されたので、メリナさんには秘密で撤回されました」
「じゃあ、今は合法なんですね!」
アデリーナ様の発言には引っ掛かる部分がありましたが、それよりも遂にお酒様を喉を通して良い日が来たのかと、私は喜び勇みました。
「品位評価が下がりますからお止めなさい。私の足を引っ張ることは許しませんよ」
……さっきの結果からしたら、お前が私の足を引っ張ってるんだろうに、なんて言い種。アデリーナ節、炸裂です。面の皮が厚い……。
「それでは、次の選考ステージに入ります」
アデリーナ様に再び買って貰った肉の串刺しを頬張りながら、ローリィさんの声を聞いていました。
遠く離れているのに、ここまで説明が聞こえてくるのは間違いなく拡声魔法ですね。ローリィさん、便利な魔法を使えたんだなぁと感心します。
「次は屋台対決。後ろに8台の屋台を用意しております。各チームで美味しい料理を振る舞って、一番人気を目指しましょう!」
お料理対決ですか……。
ふふふ、私、この数ヵ月で既に2度も体験済みですよ。つまり私に有利。そして、アデリーナ様もいる!
「メリナさん、私達以外の屋台を破壊しようなんて思わないことですよ?」
その様な事は無論です。
「何せ、こちらにはお料理のお勉強をされたアデリーナ様がいらっしゃるのですものね」
こいつは傲慢ですが、努力もできる人間です。だって、魔法詠唱できないのを誤魔化す為に、恥ずかしくも偽詠唱句を編み出して暗記する猛者ですよ。
「さて、朝までの試練で依頼物をゲットしている方々に朗報です。それらの食材を使えばなんと得点が3倍。3倍なんですよ。もちろん、依頼に失敗した人達も別の食材を準備していますからご安心をー」
「来ましたね、アデリーナ様」
「えぇ、メリナさん。私に全てをお任せない」
頼もしい! アデリーナ様が太陽の様に輝しく見えます!
屋台料理対決が開始される。
今朝貰ったばかりの大根と猪の塊肉をまずは私が手にして、他の材料はアデリーナ様にお任せします。
「メリナさん、火を付けなさい」
「はい!」
「メリナさん、大鍋に水」
「喜んで!!」
「メリナさん、包丁で肉を一口サイズに切りなさい」
「えっさ!」
「大根は輪切り」
「了解です!」
私の包丁捌きに迷いはありません。
大根の皮は剥かなくて良かったのかとか、猪の肉に毛皮が付いてたけど良かったのかなとか疑問はありましたが、今のアデリーナ様には全幅の信頼を置いております。
「塩と一緒に肉と大根を入れ、グツグツするのです」
「お任せを!」
手を動かすのは私だけですが、何の疑問もない。
「アデリーナ様! 茶色い泡で鍋が吹き零れそうです!」
「落ち着きなさい。えーと、その泡をきれいに取り除きなさい」
「はい! あっ、臭いです! 何だか獣の臭いが湯気と一緒に上がっています!」
「雑食の野獣は色んな物を食べますから、家畜とは違って個性のある味になるのですよ」
「アデリーナ様の豊富な知識、凄いです! 聖竜様に次いで偉大! でも、臭いままです!」
「えーと、臭い消しは、そうで御座いました。酢で洗うか、お酒を入れるか、ニンニクみたいなより強い臭いで消すかで御座いましたね。……メリナさん、お好みは?」
おぉ、私みたいな愚か者に選ばせてくれるんですか!?
「全てで行きましょう! 早くしないと私の巫女服に臭いが染み込んでしまいそうです!」
「よろしい。その勢いの良さはメリナさんの長所で御座いましょう。承知致しました。では、行きなさい」
「はい! では、どれくらい?」
「適量で御座いますよ」
「適量とはどれくらいでありますか?」
「適切な量で御座います」
私は両手に酢とお酒の瓶を構えたまま、止まります。
「……アデリーナ様?」
「適量がどれくらい、か。ふむ、盲点で御座いましたね……。うむぅ、メリナさん、匙で5杯です。それが適量。覚えましたね?」
一抹の不安はありますが、私は匙を取る。匙の中でもスープを皿に掬い取る大きいヤツです。
「消えろ、異臭め! グホッ! グゴ、グブォッ!!」
ほぼ1本分の酢とお酒が投入され、私は酢の蒸気で咳き込む。
「メリナさん、品位を保ちましょう」
「失礼致しました。ニンニクはこれですね。これはどう入れたらよろしいのですか?」
「刻むので御座います」
「表面の白い皮もですか?」
「何か疑問が?」
「カサカサして固くて美味しくなさそうです!」
「ふむ。では、剥きなさい。剥くのです。忘れておりました」
「アデリーナ様! 大変です! 剥いたら玉ねぎみたいに、いつまでも剥けます! このままでは失くなってしまいそうです!」
「えー、そうなの……?」
覗き込むアデリーナ様はニンニクの臭いで顔を背けました。
「やっぱり全部刻むのです。刻む。忘れておりました」
「はい!」
くすんだ色をした汁が出来上がりました。臭さは増していました。私は食べたくない。




