叫ぶメリナさん
「ミーナちゃん、日記ありがとう」
「うん」
紙片に書いてもらったミーナちゃん作の日記を受け取る。
大暴れしていたミーナちゃんはとてもすっきりした顔をしていました。私が黒い封筒をビリビリにしたことは既に忘れているものと思われます。つまり、頭がお弱いです。
「メリナお姉ちゃん、死んだ真似してた?」
「危険な奴らしか居なかったからね」
ミーナちゃんを襲った後、この場は乱戦となりました。ショーメ先生と剣王が同時に私を狙って来て、それは避けられたのですが、アシュリンさんの攻撃を背骨に食らいました。
殺すつもりなのかと疑う程の威力でしたが、私はそれを利用して回復魔法を調整。意識が飛ばない程度の損傷を体に残し、飛ばされた先のガランガドーさんに守って貰いました。
負傷している、か弱い私を殺しに来る狂人はいないと信じておりました。いえ、戦闘狂いのミーナちゃんだけは倒れたままの私に止めを刺しに来るかもと心配しましたね。でも、彼女にもそんな余裕はなかったみたいです。
何せ、お母さんと巫女長が私側で戦ってくれましたから。味方にした時の絶対的な安心感は凄かった。
まだ空には星が瞬いています。たまに山から降りてくる風が木々を揺らして音を鳴らします。
地面には何人かの人が倒れていて、あんな激しい戦闘に参加しなくて良かったと心から思いました。
「それじゃ、私はアデリーナ様と合流しに行くね」
「うん。ミーナはどうしようかな。メリナお姉ちゃんを斬ったら良いかな」
良い訳ないでしょ……。そして、斬らせるはずもない。ミーナちゃんの戦闘力ではまだ私に届かない。
「ミーナちゃん、諦めたらダメだよ。闘いは執念深さが必要なの。私なら課題が出来ていなくても、次の集合場所に行くかな」
「うん! メリナお姉ちゃん、ありがとう! そうするね」
ふう。無駄な体力を使ってしまうところでした。ミーナちゃんはもう少し賢くならないといけませんね。それこそ、そこに転がっているエルバ部長が先生をしているらしい、魔法学校に入学しては如何でしょうか。
「メリナお姉ちゃん、アデリーナ様の所に行かないの?」
「あー、ごめん。エルバ部長が目に入ったから」
私はエルバ部長の脇で膝立ちになっています。完全に白目を剥いていて、ちょっと面白い。
「その人の介抱? 私がするよ。弱くても私のパートナーだから」
「いえいえ。あー、無いなぁ」
失神を続けているエルバ部長の体中を探したのですが、見つかりませんでした。
既に課題の入った封筒は他の人間に盗られていますね。
良かった。こいつも脱落。
「それじゃ、ミーナちゃん。エルバ部長をよろしく」
「うん! 他の人も見ておくね」
酷く混乱した戦況だったので、私も全部を追えた訳ではなかったのです。
ギョームのおじさんやナトンさん、パウスさんや剣王、クリスラさん、ショーメ先生なんかも倒れていまして、彼らの封筒も盗まれているか、捨てられているかしていることでしょう。
それにしても無惨です。
大会運営の冒険者ギルドの人達まで、全員が襲われていますよ。早々に戦いから離脱して正解でした。
私はガランガドーさんの背に乗り、それから、彼に命令する。
アデリーナ様の下へと飛び立つのです! さぁ、勝利の美酒を味わいに行きましょう!
『うむ。アディが心配であるから急ぐのである』
バッサバッサと翼を上下して、ガランガドーさんは急上昇します。その首にしがみつく私を振り落とさんばかりの勢い。
あっという間に暗黒の世界が広がりました。月明かりが照らしているとはいえ、一切の光がない山岳地帯だからです。どこかに村くらいは有るでしょうが、こんな深夜に灯りを付けることはまずありません。
「お早いご到着で御座いましたね」
アデリーナ様は崖に掘られた穴の中に潜んでいました。暗くてよく分からないけど、ここは寂れた石切場なのかな。
女王陛下なのに、こんな汚い所に隠れているなんて恥ずかしくないのでしょうか。
「早くガランガドーさんに乗ってください。話はそれからです」
ちなみに私は知っています。あの乱戦が始まり、こいつが最初に相手したのはギルド職員。何もしていない非戦闘員をいきなり背中から剣を一閃しやがった危険なヤツです。
「メリナさん、回復魔法」
「ん?」
「右肩をアシュリンに折られました」
暗くて分かりませんでしたが、顔にも泥が付いていたりで激しくやり合ったようですね。
ご要望通りに魔法で全快にしてやり、それからガランガドーさんに乗せて上げました。アシュリンさんにやられたのを気の毒に思って、首に近い特等席を譲る優しさまで私は見せてやったのです。
ガランガドーさんには空を適当に飛んでもらいます。これは敵を警戒する為でして、空には何もないので接近がすぐに分かりますし、マイアさんとかの転移魔法も発動時の魔力変化を察知しやすい為です。
「アシュリンさんに負けて、隠れていたんですか?」
「相討ちで御座います。夜目が効くアシュリンと暗闇で戦うのは不利で御座いましたね」
ふーん。まぁ、良いや。
「例の封筒を開けませんか?」
私は進言しました。
「得点を上げるなら、開封はもっと遅い方が良いと思われますが?」
「私のとアデリーナ様の物、2つも有るんです。1枚は開けて課題のレベル感を知っておきませんか?」
「ふむ。一理、御座いますね」
アデリーナ様は空中から細身の剣を出す。その先端の方には例の黒い手紙が2通刺さっていました。
私は貰ってすぐにアデリーナ様に預けたのです。中身が試験用紙だったと思ったらグチャグチャにしてやりたい衝動で大変だったので渡したのです。
アデリーナ様は何もない所から剣を出す能力を持っておられます。無詠唱の収納魔法ですね。剣に限定されてはいますが、小さくて刺せる物であれば、剣の付帯物として収納可能だったみたいです。
これなら盗まれることもなくて、便利です。この人、女王にならなかった方が活躍できたんじゃないかな。
さて、私は1通をビリッと破ります。微弱な魔力が放出されたのを感じまして、冒険者ギルド側はこの魔力を受信して開封したのを確認するのでしょう。
月明かりの下、私とアデリーナ様は紙を覗き込む。ガランガドーさんも飛ぶ速度を落として、風で紙がバサバサとならないようにしてくれました。
「メリナさん、もう少し綺麗に開けなさいな」
開封する時に中の紙の1部も千切れたことを指摘する言葉でして、本質ではないものだったので、私は無視します。
どんな問題なのか、そして、それにアデリーナ様の頭脳は打ち勝てるのか。それだけが知りたい。今回の私は孤独でない。ついに、難問クイズに勝てる日がやって来たのです!
「……2本の大根を持ってこい?」
っ!? ただの依頼書!? しかも、子供のお使い程度の!?
「これに何の意味が……」
「アデリーナ様! 今の私は大根如き1000本でも用意できそうです!」
自分で解く必要はなかったけれども、私はやはり心の奥底で問題用紙に負担を感じていたのでしょう。それが解消され、私は自由を得たのです。そんな気持ちが気合いとなって一気に弾け出ました。
「イヤッホーー!!」
暗く静かな夜に私の声が響き渡ります。
「大根、2本、サイコーーッ!!」
山に跳ね返った叫びが幾重にもなって周りに響きます。




