大魔王が封印される地
次の指示が出ないまま、私達は待機し続けまして、もうそろそろ空が暗くなり始める時間となりました。
新しくここに到着する者はいませんでした。アデリーナ様によると馬車で2日の旅程らしく、目的地がどこかを知っていたとしても通常の足では半日で到達できる距離ではないからでしょう。
むしろ身体能力を見るための試験だったのではと思う程です。
待ち時間は暇でして、パウスさん、剣王、ナトンさんは3人で剣の修行をしていました。1人の素振りを他の2人で観察し、剣の軌道や速さがどうとか、後方からの対処がどうとかを言い合っていて、とても楽しそうでした。
『主よ、我の尾を見て貰えぬか?』
自分で回復魔法を唱えなさいな。
『癒えないのであるッ! 痛みは消えても傷口が塞がらないのであるッ!』
ん? 仕方ないですねぇ。
私はガランガドーさんの方へと近寄ります。
あー、魔剣で切られた時みたいに異質な魔力の膜が治癒を邪魔しているのか。赤い肉が傷口から丸見えです。痛みがないなんて嘘でしょ。
『主よ、早く治すのである』
はいはい。膜を指で掬い取ってやります。そうすると、ガランガドーさんの皮膚が両側から伸びてきて、あっという間に治癒したのです。その様子はとても気持ち悪い。
『主よ! 主のせいであるのだぞ!』
ガランガドーさんが強気で怒鳴る中、私は巫女長の能力に震撼します。ガランガドーさんの固めの鱗を貫くだけの力、その傷を癒せないようにする魔力膜の生成。巫女長は精神魔法だけでなく、肉弾戦でも厄介な技を持っていることが分かったのです。
1年前の模擬戦で対戦した時も巫女長の体術に驚きました。腰を曲げた老婆の動きじゃなかった。
それが化け物の代名詞であるお母さんと組んでいるのですから、本当に恐ろしいことです。
考え事をしていた私の顔の横をブンっと何かが通り過ぎる。異変を感じて頭を振らなければ直撃していたかもしれません。
「メリナッ! 久々に稽古を付けてやろう」
アシュリンの拳でした。こいつも暇に飽き飽きしだしたのでしょう。
引退したので巫女服では当然なく、巫女時代でも何回か着ていた緑色ベースの迷彩柄の軍服です。この原っぱではとても目立ってます。
「あー、やだやだ。辞めたヤツが後輩しごきですか? よく聞く話ですよ。それって、あれじゃないかな。新天地で上手く行ってない証拠とか。絶対に逆らわない相手に偉ぶることで、心のバランスを保とうとするのです。あはは。あー、アシュリンさんも苦労してるんですね」
「あぁ!?」
迸る懐かしい殺気。そんなもので私が怯むか。
「そうだ。グレッグさんから家庭料理の作り方を教えて貰いましたか?」
「貴様っ!」
「まぁ、何故に怒るのですか? 依頼を望んだのはアシュリンさんで――」
肩口への蹴りを腕を上げて防ぐ。相変わらずのバカ力で骨が砕かれましたが、回復魔法ですぐに元通り。
「……ふん。骨付き肉と香草で下味を作り、そこに具材を入れてスープとするっ!」
いや、普通に答えるなら蹴らなくても良いじゃないですか……。
この理不尽さ、さすがアシュリンさん。
「ナウル君が泣き叫ぶ味じゃなければ良いです、ねッ!」
アシュリンさんの腰へ横蹴りを繰り出す。しかし、細かい足捌きで躱される。
「肉は強火! 表面だけ焼いて、中はジューシーにッ!!」
対人戦の心得かと思ったら、料理の話でしょうかね。右左から大きな拳が迫ってきたのを、頭を振って順にやり過ごします。余裕。
本気のアシュリンさんなら髪の毛を引っ張るくらいはするので、これはきっと稽古のつもりなんでしょう。
「肉であれば! 生でも美味し――ッ!!」
距離を詰めて下からアシュリンさんの腹部を殴ろうとした時です。強烈なプレッシャーを真横に感じたため、私は後方へ一飛びして避けます。アシュリンさんも私と同様に素早いバックステップ。
そして、全てを寸断するかのような激しい斬撃が私とアシュリンさんの間へ落ちる。
「メリナお姉ちゃんとおばさん、私もやりたい」
落雷のような一撃を放ったと直後とは思えないくらいにミーナちゃんはのんびりした声で言いました。
彼女は冒険者としてやっていける様になった為に栄養が足りてきたのかもしれません。前よりも格段に強くなっている気がします。
「あぁ!? 何だ、お前はっ!?」
アシュリンさんが叫ぶ。
「ミーナだよ。メリナお姉ちゃんを倒して世界で一番強いってなるはずの、ミーナだよ」
「ほう。志は褒めてやろう! しかし、メリナに挑戦するのは私だっ!」
アシュリンさんはとても大人げない。それを実感しました。私よりだいぶ年下のミーナちゃん相手に組み手が始まったんですもの。
2人でお楽しみにするみたいなので、私は去ることにします。途中、オロ元部長がファイティングポーズを両腕で取って、舌をチロチロさせていましたが、私は深くお辞儀をしてやり過ごします。戦闘狂いが集まる魔境ですかね。
皆が居るところから離れた場所で独り佇みます。2000年前、聖竜様はここで大魔王と死闘を繰り広げたのです。
猛る聖竜様と、それに戦慄する大魔王。聖竜様が長い首をグネグネさせながら大魔王の攻撃を掻い潜り、鋭い牙で尊大な敵の腹を食い破ったりしていたのでしょう。
いやー、歴史的な地を訪れているのですね。私、とても感慨深いです。
「メリナさん、何か感じています?」
マイアさんが後ろから静かに近付いていたようです。
「聖竜様の威風堂々とした姿を想像しておりました」
「封印の場は地下ですよ。私の魔法はまだ健在みたい。さすが私ね」
地下か……。
地中にあると土の魔力で何も分からなくなるんですよねぇ。
「あまり居たい場所じゃないわね。あの時は本当に大変だったから。私はあそこの山から魔法を放ったのよ」
マイアさんが指し示したのは、随分と遠い山頂。かなりの遠距離魔法だったと思われます。私の火炎魔法でも届くとはいえ、2000年も持続する魔法となると、難しいかもしれない。そんな威力の魔法を使ったマイアさんは本当に実力があるのでしょう。
もう一つの可能性が脳裏に浮かぶ。
当時、マイアさんの詠唱を手伝ったという、隠された英雄シルフォル。彼女が神の1柱で、彼女の魔法だったのでは。マイアさんにそんな考えを告げたら、プライドを傷付けるかな。
「メリナさん、もう締め切るようで御座います」
音もなくやって来たアデリーナ様が私に告げます。締め切るとは、一番古い祠に到着するという課題の時間でしょう。
次の段階に進めるのはここにいる者のみ。それがはっきりする訳です。
「知り合いしか居ませんね」
「ほぼシャール伯爵領のみでの選定で御座いますからね」
そうであっても王国の人材プールって言うんでしたか、それはとても貧弱なのではないでしょうか。
結局、他の方は現れませんでした。次は、私達を入れて8組で争うわけですね。
「皆さん、集まってください」
係の人の呼び掛けに答え、私達は黒い封筒を貰いました。透かして見ても中身は分からない。
「まだ開けないでください。中には明日の課題が入っています」
なっ!? それはペーパーテストですか!?
私は頼りになるアデリーナ様の横顔を熱い視線で見詰めますが、アデリーナ様は係の人の言葉に耳を傾けているままでした。
「皆さんにはお手元の課題をクリアしてからシャールに戻ってきてもらいたく思います。封筒ですが、開けた順番が分かるようになっております。他の方よりも遅く開ける程、また課題をクリアして早くシャールの西門に着く程、高い得点が付与されます」
なるほど。ルールは理解しました。
お間抜けさんはカモとなるでしょう。
「……ミーナ、どうしよ……。字があまり読めない……」
ククク。
「心配するな、私が読んでやる。後で見てやるから鞄にでも入れておくんだ」
ククク、エルバ部長も愚か者です。
これはそんな生易しいものではない。
○メリナ観察日記43
めりなおねえちゃんはつよい
みーなをなぐってみーなのふうとうをやぶりすてた
わらってた
しょうりのえがお
みーなもあんなにつよくなりたい




