強者達の集い
地を削るようにガランガドーさんが着陸し、土煙が上がります。しかし、それに動じる人間はここには居ませんでした。
ガランガドーさんが自分の尾を心配する声だけが聞こえてきます。体を丸めて怪我の具合を見ているのです。巫女長に酷く傷付けられたのですね。可哀想に。
『主よ、完全に他人事ではないかッ!』
うるさい。体を消されてもその度に復活するようなインチキな生物が痛がるんじゃない。死なないなら痛覚なんて無駄でしょ。つまり、お前は無駄な存在です。
『そんな訳の分からぬ道理で我が納得するとでも思っているのであるか!?』
あー、はいはい。ごめんなさい。
それじゃ、ご褒美を差し上げますよ。
もぉ、面倒くさいヤツだなぁ。
「アデリーナ様、ガランガドーさんが疲れたんですって。体をさすって、労ってやって下さい」
「……こいつ、蜥蜴みたいに尾を切れなかったのですか? 無能で御座いますね」
労るどころか、凄い蔑視の眼差しでした。
これはこれで、そういう趣味の人にはご褒美でしょう。
『我には褒美じゃない!』
はいはい。ほら、貴方が大好きな巫女長が代わりに鱗を磨いてくれていますよ。
それで我慢して、しばらく黙っていなさい。
『この者が我の尾を傷付けたのであるぞっ!』
事故に見せ掛けて殺そうとするからです。
『主よ!!』
エルバ部長とミーナちゃんの組、それから、お母さんと巫女長の組も係の人に到着を告げてゴールを認められます。
最も古い祠を探し当てることが知性であったならば、残りは武力と魔力と品性の争い。
前2つの戦闘力に関することよりも先に品性を評価してもらいたい。その観点なら私達が最も有利だから。
お母さんは田舎者、巫女長はメチャクチャ、ミーナちゃんは戦闘狂、エルバ部長は生意気、剣王は粗忽者、オロ元部長は化け蛇、クリスラさんは阿婆擦れ、ショーメ先生はクズ。マイアさんとヤナンカは何となく品が有りますが、どちらも世間ずれしていまして、ここにいる皆、問題児ばかりです。
どう考えても、私とアデリーナ様のペアが品位に勝っていると考えられるでしょう。
クズで恐れ知らずなショーメ先生が私に視線を合わせてきやがりました。
己れが私にしたことを忘れてやがるのでしょうか。
「メリナ様、お腹の調子は如何ですか? 私、大変に心配しておりました」
覚えていやがった! しかも、笑顔で私に近付いて来やがる!
「……大した度胸です。そこは褒めて差し上げますよ」
「メリナ様のお母様ー。私、脅されましたー。殺されそー」
テメー!?
「お母さーん、犯罪者がいまーす。私、この人に毒を盛られましたー。なんと犯行予告まで自筆で書いてるんですよー」
お母さんはこちらを見ていました。しかし、動きません。微笑んでいるのみです。
「メリナさんは人気者なんですよ」
「えぇ。自慢の娘ですから。冗談を言い合える友達が多いみたいです」
頼ることはできず、巫女長とともにのほほんとしています。しかし、ショーメ先生の虚言に騙されることもなかった。そこは助かりました。
私は目の前のクズを睨み付ける。
「……今日の屈辱は絶対に許さないから……。対戦する時は死を覚悟しなさい」
「うふふ。クリスラ様は本気で勝ち抜く気でいるようなのです。なら、私も少し本気になろうかな、と思っておりまして」
こいつは曲者。正面からの戦闘なら私は負けないと思うけど、搦め手が上手なんです。しかし、そんな物は拳で粉砕してやる!!
「メリナー、そいつー、強いよー」
ヤナンカが私の横に来ていました。
ショーメ先生がデュランの暗部にいた頃、先生の上司はヤナンカのコピーだったはず。その上司を慕っていたショーメ先生は複雑な心境となっていることでしょう。
「ヤナンカのー転移魔法を解析してー、ここまでー来たんだよー」
「魔力の解析は諜報の基本ですよ。頭領が教えてくれたはずなんですけどね」
先生が呼んだ頭領は暗部のトップのこと。やはり、ヤナンカを意識していますね。
「ごめんねー。あれも消えたんだー。部下を死地に追いやってでもー、王都と覇権を競っていたのにー、実はー、自分が王都の覇権の為にー産み出された存在だったとかー、かわいそーだったねー。悲惨だったねー」
ヤナンカは相変わらず人間の感情を逆撫でする言葉を吐く。
ショーメ先生は気持ちを表に出すことなく、会釈のみでクリスラさんの下へと戻って行きました。
「メリナー、頭に血を上らせたらー負けるよー。今みたいにー、ちょーはつにはちょーはつで返すのー」
はぁ……。
ん? もしかして、ヤナンカは私の為にショーメ先生へさっきの台詞を言ったのでしょうか。
「善界の義理堅さは美点にして欠点ですから」
うわ、今のはショーメ先生の上司の喋り方だ……。独り言を装って、先生の耳まで届くような呟きでした。
いつも人を食ったような態度のショーメ先生なのに、今は怒りで魔力が密やかに揺らいだのが分かりました。
「よぉ、メリナ。俺の方が速かったな。初めて勝ったぜ」
ヤナンカが去った後、剣王が私の下へとやって来ます。巫女長が仰った通り、私は人気者ですね。
「あら、ゾル君。うちの娘にまで手を出す気かしら。変態ね」
「あらあら、若いって羨ましいわ」
「ゾル君、メリナが欲しければ私を倒してからよー」
お母さん、楽しんでるなぁ。
「好き勝手言いやがって。幾らルーさんでも酷すぎるだろ……」
剣王が悔しそうに後ろを振り向いていました。
「まぁ、いいや。メリナ、今度こそお前を倒す。巫女にまでなったのに完膚なきまでに負けた俺だが、今回は団体戦だ。一騎討ちでないのは情けないとは思う。しかし、どうにかして俺はお前に勝ちたいんだ」
「熱意は凄いですけど、アデリーナ様とオロ元部長が同格として引き算したら、結局、私とお前の勝負ですよ?」
実際には魔法が使えるアデリーナ様の方がオロ元部長より強いんじゃないかな。
「フッ。ずる賢いお前の事だから気付いていると思っていたが、そうではなかったか。であれば、やはり俺の勝ちだろうな」
また強がりを言いやがって……いや、最近のこいつは素直だ。純粋にそう思っている……?
「不思議そうな顔をしたな。良し。教えてやろう。確かに俺の相棒はあの蛇だ。しかし、外からの援護も受けている。例えば、俺がここに到着しているのは、ミミがお前の思考を読んでオレに伝えた結果だ」
なっ!?
邪神は私の守護精霊の1匹! 私の考えは邪神に筒抜けだから、それを利用して邪神は剣王を助けると言うのか!?
「あぁ、その通りだぜ。ミミがジャストタイムでお前の考えていることを念話で俺に伝えている」
クソ!
サブリナに刺されてしまえ! 滅多刺しにされて死ね! 妹と無理心中の運命を辿れ!
「……おい、怖いことを言うな……。止めてくれ」
話は本当っぽいですね。今の感じで剣王を追い込むという対策も打てそう。
しかし、これは強敵なのではないでしょうか。より言えば、確かに負ける可能性がある気がする。戦闘中に邪神が私への魔力供給を途絶えさせる恐れもあるし……。
ならば、今、ここでぶっ潰しておいた方が良いかも。殺すか。
そう思った瞬間、剣王がバックステップで間合いを取る。警戒された……。
奇襲は通用しそうにない。諦めて、私は背を向けて、独りぼっちのアデリーナ様に近付きます。
「どうしましたか?」
「邪神が裏切りました。剣王に私の思考がダダ漏れなんです」
「そうで御座いますか……。大したことではないでしょう」
「どうしてですか!? 聖竜様とイチャイチャすることに想い巡らせても伝わってしまうんですよ! 恥ずかしい!」
「むしろ、それは精神攻撃になるでしょう。積極的に妄想なさい」
「くぅぅ! あんなことやこんなことも想像してみたいのに!」
「メリナさん、だからご自由にしなさいって。でも、具体的な内容は聞きませんからね」
「えぇ? この流れで言わせてくれないんですか?」
「耳が腐ります」
こいつ、乙女の恥じらう恋ばなを何だと思ってやがるんでしょう。って、お前じゃなくてフランジェスカ先輩と聖竜様の話で盛り上がりたいんですよ、こっちも。
さて、しばらく待っているとパウス・アシュリン夫婦、それから少し遅れてノノン村のギョーム・ナトン親子も到着しました。彼らは飛行するガランガドーさんを見て、追ってきたと言います。
どういう繋がりなのか、パウスさんとギョーム親子は知己の仲でした。まるで古い戦友同士みたいな笑顔を見せ合っています。
なお、古い祠ってのは確かに存在しました。大きな木が傍に一本生えていて、その木陰になるところにポツンとあるのです。凄くボロボロで木で作られた屋根とかは虫食いも酷い。
マイアさんやヤナンカが小さな家みたいなそれを観察していましたが、特に何も発見できなかったようです。
私も表にある両開きの扉の中を覗きましたが、小さな石柱があるだけで特別な魔力は感じませんでした。
大魔王封印の土地だと聞きましたが、特段おかしな点はない。山に囲まれた原っぱですね。
私はフォビではなく大魔王の手下みたいなのが暗躍して、復活を目論んでいるのかとも考えていたのですが、そうではなさそうです。




