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蹴落としの画策

 アデリーナ様も思わず唾を飲み込む程の衝撃だったようです。それ程までに突然の登場でした。

 加えて、巫女長の精神魔法の嵐の中でお母さんの猛攻を捌くなんて、どう考えても対処のしようがないです。優勝狙いのアデリーナ様にとってはかなり厳しいですよ。


「どうした、アデリーナ? 行くぞ」


 エルバ部長はアデリーナ様の動揺を理解していません。マジで調査部長の地位を返上した方が良いんじゃないかな。人間の機微を全く分かっていないだもの。


「呼び捨てダメだよ。アデリーナ様は偉いんだから」


「あら、メリナ、こちらの娘さんはしっかりした良い子ね」


 クソ。なんだ、この状況は……。


「あらあら、メリナさん、出発しないの?」


 くぅ。巫女長と目が合う。それが円らな瞳にも鋭い眼光にも思えてしまう。

 いや、ここは割り切りが大切です。既に大会は始まっていて、ここで殺り合うのもルール内だとは思いますが、態勢が整っていない今は不利。


「すみません、はい、行きましょうか。巫女長、来たばかりですがお体は大丈夫ですか?」


「勿論よ。むしろ、いつもより良いくらい。若い人達に囲まれて体が喜んでいるのかしら。うふふ」


「メリナ、ちゃんと他人を思いやれる子になっているのね。お母さん、嬉しいわ」


 私は笑顔で返礼して、その張り付いた様な顔のまま踵を返し、アデリーナ様と共に先頭を歩き始めました。



「……撒くなら今で御座いますが?」


「ミーナちゃんとエルバ部長なら、それも可能ですが、後から来た2人は無理ですよ……」


「厄介で御座いますね……。できれば、ここで脱落させたいところなので御座いますよ」


「同意しますが危険です。当初の予定通り、それから後は流れで」


「仕方御座いませんか……」


 私はアデリーナ様と小声で話します。

 こんな会話も聞かれているかもしれません。最大限の警戒を後方に向けていました。


 道を外れて森に入る。茂みを掻き分けながら、奥へ奥へと進みます。


「メリナお姉ちゃん、この森に祠があるの?」


 無いです。ここは、シャールに程近い森。大型の動物さえ居ないでしょう。


「お母さん、ちょっと広めに木を薙ぎ倒してくれる? 広場みたいにしたいんだ」


 十分に道から遠くなったので、私は次の行動へと入ります。


「分かったわ」


 素早い動きで周りの木々を蹴り付けて折るお母さん。太い幹の木々が音を立てて倒れます。休んでいた鳥が慌てて飛び立ったりもしていますね。


 ひんやりとした森の空気、そして、折れた断面から漂って来る安らぎを感じる木々の香り。

 神秘的な雰囲気の中、私は『死を運ぶ者』邪竜ガランガドーを召喚する。



「うわっ。大きい。メリナお姉ちゃんの魔法は凄いね」


「うむ。メリナの魔力はでたらめな強さだ」


 黒光りする不気味な鱗に、切り裂けない物は何もなさそうな鋭利な爪。邪竜ガランガドーは長い首を上空に向けて大きく咆哮してから、こちらを見ました。


『主よ、我の助けが必要であるようだな』


 ギャラリーが多いので、舐めた態度での出現でした。鉄拳制裁で犬の様にキャンキャン泣かせてやろうかと思いましたが、今は勘弁してやりましょう。


『……主よ?』


 今は勘弁してやりましょう、今は。


『主よ!!』


 うわっ、頭ん中がキーンってなった……。

 すみません、ガランガドーさん。私、凄く苛立っていて、その気持ちを弱者であるガランガドーさんにぶつけてました。ごめんなさい。


『弱者とか思ってるのを正直に言うのもダメである!』


 はい、すみません。

 でも落ち着きました。


「凄いね、メリナお姉ちゃん! あっ、でも、この竜、私が首を斬ったことのある竜だよ!」


 ガランガドーさんが私を騙して、初めて姿を現した時の出来事ですね。その後、ガランガドーさんは復活してミーナちゃんの頭部を粉々にする暴挙に出たのです。


『当時の我は尖っていたから』


 今では神殿の中庭で子供を乗せて、自分の食費以上に稼ぐくらいですものね。



 さて、下らぬ会話を続けていると、また巫女長にせっつかれてしまいます。


「ガランガドーさん、状況は分かっていますね。お前の背に私達を乗せ、マイアさんとヤナンカが向かった先に翔ぶのです」


 ガランガドーさんは念話ではなく、再びの咆哮で私の命令に答えます。生じた風圧が凄くて、たくさんの葉っぱが空高くに舞い上がるくらいでした。


 無駄に威風堂々ですね。


「まぁ、メリナさん、この竜さんに乗るのね」


「そうです。あっ、でも、待ってくださいね。歳の順で乗りましょう」


「歳の順?」


「はい。ミーナちゃんが幼くて危ないので、首に抱きつけるように一番前、その後ろに私。後は適当で良いのですが、アデリーナ様、お母さん、巫女長、エルバ部長ですかね」


「ちょっと待て、メリナ。確かに私は年を食っているのだが、悲しいかな、体はこの通りに幼いのだ。ミーナの後ろがいい」


 ……お前、大人だろ。自分が情けなくないのか……。

 が、巫女長が最後尾に来るならそれで良い。


「じゃあ、ミーナちゃん、乗ろっか」


 私が促し、そして、ガランガドーさんの体をよじ登るミーナちゃんをアデリーナ様が支えます。

 うふ、今日のアデリーナ様とは以心伝心ですね。



 ガランガドーさん、分かっていると思いますが、飛行中に長い尾っぽで叩いて巫女長を上空から落とすのですよ。


『……それ、失敗したら我が襲われるのでは……?』


 ガランガドーさん、飛行中の事故ですよ、事故。落ちた方が悪いと弁護してあげますから安心なさい。


『し、信じてよいのであるか……?』


 お前、ご主人様を信じられないとか、どの口で言っているんですか?

 ほら、こちらにはアデリーナ様も味方としているのですよ。


『ふ、ふむ。確かにアディがいるのであれば……』


 私の提案した順番でガランガドーさんに騎乗します。後ろを振り返りますと、真後ろのアデリーナ様が私との距離を空けています。その調整のお陰で、巫女長の座る位置は胴から尾に向かって角度が付いている部分になっています。極めて不安定。何もしなくても落下するかもと期待できます。


「アデリーナ様、いえ、アデリーナさん。前に詰めて頂けないかしら。フローレンスさんが落ちてしまうかもなのよ」


「すみません。しかし、これには事情が御座いまして。実はメリナさんは腹を下しており、お昼までトイレに籠っていたのですが、近付くとまだ、その臭気がきつくて……」


 おいっ!!


「マジか……? 確かにそんな気がするな。すまん、ミーナ。少し寄るぞ」


 グッ……。しかし、巫女長を落下させる目的に比べたら私の恥くらいどうってことはない! このまま我慢です!


「メリナ、お尻くらい綺麗に拭かなくちゃ。村を出る時に言ったでしょ」


 聞いてないし、言ってない!

 エルバ部長が更にミーナちゃんの方へ詰めたのが分かって、私の心は少し傷付きます。

 私とエルバ部長の仲は、こんな些細なことを気にする間柄だったのですか!



 クソ! 行きなさい! ガランガドー!!

 最大の好機は離陸する時! 最大角度で高き天を目指すのです!!


『了解したのである。……主よ、1つ質問であるが、主の糞が我の体まで染みてはおらぬな?』


 んなワケあるかッ!!



 ガランガドーさんは指示通りに急上昇し、あっという間に地上の物が小さくなるまで高度を上げます。

 そして、シャールの街近くにある大きな湖の上に出て、そこから遠くに見える山岳地帯を目指すようですね。


 湖面に煌めく日光が綺麗で、私は先程までの焦燥感や恥辱みたいなものが吹き飛んでいました。


「メリナお姉ちゃん、空を飛んでるよ! 凄いね」


「えぇ。気持ち良いね」


「アデリーナさん、場所を変わろうか? だって、失礼だと思うから。その、なに? メリナの茶色い汁とか――」


「あー、お母さん、そこまで酷くないから!」


「ルーさん、そんなことより巫女長のお姿が見えませんね?」


 むっ! 確かに気配は――殺ったか、ガランガドーさん!? 命令通りに尾で叩いていましたものね!


「大丈夫みたいよ。ほら、尾っぽの先にぶら下がっておられるから」


 えぇ!?

 ガランガドーさん! 尾を左右上下に激しく振るんです!!


『無理! 無理! 鱗の間に手を入れられて、とっても痛いの!! 我、早くゴールするのである!! あー、声を出したら我慢できなくなった!』


「わはは。フローレンスは相変わらずヤンチャだな。それでこそ、我らが竜の巫女の長だ。なっ? メリナもそう思うだろ?」


「はい。巫女長は私が最も尊敬する人です」


 言わされた。が、間違いなく正答です。


「アデリーナ様もそう思いますよね?」


「えぇ。私もフローレンス巫女長の様な慈しみと厳しさを併せ持った人物になりたいものだと日々考えております」


「へぇ、2人が言うんだったら凄い人なんだね、お婆ちゃん。ミーナも憧れちゃうなぁ」


『痛い! 痛い! 痛い!!』



 ガランガドーさんは激しく尾を振ってはいたのですが、残念ながら目的は叶わず、私達はマイアさん達の待つ場所へ着陸すべく猛スピードで下降しております。

 上空から見えていた通り、マイアさん・ヤナンカ組の他にクリスラ・ショーメ先生組、剣王・オロ元部長組も先着していました。古代の英雄ではない者達がどう調べてここに辿り着いたのかは謎ですが、今、私がするべきことはその疑問を明らかにすることではない。


 まだ高い木の梢にも達していない高さ、そこで私は飛び降ります。

 ガッと両足で着陸。強い振動が体を震わすのを我慢して、すぐにギルドの職員っぽい人の所へと駆け出します。


「メリナとアデリーナのチームぬるるん、到着しました!」


「お疲れ様です」


「先着順ですよね!? 私達でちょうど4組ですから、ここで選考を終わりましょう! はい! あの人達は失格! 4組もいたら十分!」


「まだですよ。お待ちください」


 必死な私の主張は通らず、無情に冷たくあしらわれてしまったのでした。

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