緩やかな始まり
日が明るくなる前に神殿に行き、正門の前で待っていたアデリーナ様と合流します。
「寝坊しなかったようですね。かなりの懸念で御座いましたが、それでは向かいましょうか」
アデリーナ様も私も巫女服でして、まだ暗い街の風景に溶け込んでしまいそうな感じです。巫女の正装は、更に白い帽子を頭に載せるのですが、あれは走るとすぐに外れるので、私は好きではありません。見習いの頃は憧れた物なのにです。
アデリーナ様に従い、並んで東の大門へと歩み始めます。
「ちょっと早過ぎましたかね?」
人通りがほとんど無くて、私はそう言います。
「対戦相手の情報は早めに掴んでおいた方が宜しいでしょう。特に巫女長が誰と組んだのかは知っておくべきで御座います。ならば、早く行動するのが最善」
「あー、確かに。巫女長と組む奇特な人が誰かは知りたいですね。アシュリンさんでさえ、巫女長を上司にしたくない奴ナンバーワンとか思ってましたものね」
「うふふ、精霊ベーデネールと戦った時で御座いますかね」
そんな会話をしながら、私達は街壁の門に辿り着きます。まだ暗いので大きな門扉は閉じたまま。眠そうな門番さん達が私達に目を遣った瞬間にビシリと背筋を伸ばしていました。
「あれ? アデリーナ様、どこに行くんですか?」
「何を仰ってるので御座いますか? 出口はこちらで御座いますよ」
あー、貴族専用の門か。
確かにそちらはいつでも開いていますね。
アデリーナ様は貴族ではなく女王様ですが。
門番さん達の最敬礼を受けながら、街の外へと出た私達の前には結構な喧騒が広がります。
明らかに冒険者の方々です。グループ毎に焚き火を囲んだりしている彼らの中には酔っている者もいますね。
「どうやら、まだ始まっていないようで御座いますね」
「はい」
「メリナさん、警戒すべき者が居るか、見て廻りましょうか」
「はい」
アデリーナ様、ヤル気だなぁ。友情パワーとか言ってたもんなぁ。
魔力感知の範囲は私もアデリーナ様もそんなに広くない。でも、比較相手がマイアさんとかルッカさんとか異常な方々なのでそういう評価になってしまうのかもしれない。
本気を出せば私も感知範囲を大きくできますが、戦闘でもないのに魔力を高めるとか、ちょっと恥ずかしい。
門前の広場を突っ切って街道方面へと向かいます。冒険者の方々以外にも普通の旅人とか商人さんも見えまして、彼らは肩身が狭そうにしていますね。
しばらく進みます。強そうな人はおりません。
「む?」
アデリーナ様が反応しました。
「あっ、ノノン村の人ですね。正確にはおじさんの方は隣村の人ですけど」
私の魔力感知でも分かりました。郊外の冒険者ギルドが何件も集まる通りの一番奥よりも向こう、人気のない道端に強い魔力反応があったのです。魔力の質からして間違いない。
「えっ、あっ、メリナちゃん?」
ギョームのおじさんです。太っちょなのに身軽な人。敵の攻撃を鮮やかな後方宙返りで避ける姿は曲芸師みたいで、お母さんも一目置いている蹴りが得意な戦士です。
「お久しぶりです。お母さんに誘われたんですか?」
「そうなんだよね。ロイさんにも激励されて来ちゃったよ。いやー、でも、街は人が多いから田舎者はドキドキするね」
「親父は肝っ玉が小せーからな」
こっちはナトンさん。ギョームさんの息子さんで私の実家のお隣に住んでいる人です。いつも剣の練習をしています。
この2人が村を出るなんて初めてじゃないかな。ナトンさんは腰に剣を差しているものの、2人とも普通の村人が着る質素な服でした。
さて、私は期待を込めて訊きます。
「お母さんはお留守番かな? やっぱり村を守る人が必要だもんね」
「いや、来てるぜ。夜更け前に背の高くて髪形が男みたいな女の人に連れられて街に入っていたんだ」
アシュリンか!?
もしや、お母さんとアシュリンさんのコンビ!?
……いや、アシュリンは確かに強い。強いが、口は悪くてもアデリーナ様を敬っているっぽい。ならば、お母さんと同じくアデリーナ様には手心を加えてくるのでは。
あっ、でも、どっちも元軍人だから連携攻撃とか有るのかなぁ……。それは厄介そう。
「おじさん達は街の人達が怖いからここで待たせて貰っているんだ」
考えている最中でしたが、ギョームおじさんが話し掛けてきます。
「へ、へぇ、そうなんですか。登録は終えてます?」
「あぁ、そこのお店の人が親切にやってくれた。金を取られたけどな」
村の人達は余りお金を持っていないから、少額でも大変なのに……。
「親父、メリナも忙しいだろ。もう行かせてやれよ。そっちの金髪の姉ちゃんも宜しくな。前に村に来てたよな」
「大根を頂きましたね。その節は有り難う御座いました」
アデリーナ様が丁寧に礼を言い、私達は街の方へと戻ります。
「あの2人は強いので御座いますか? 魔力量は十分でしたが」
「昔からお母さんと森の探索をしていた生き残りですからね。死地を何回も体験している相当な猛者ですよ。ほら、ノノン村からここまで一日くらいで到着しているんですよ。足も速い証拠です」
「そうで御座いますか……。人は見掛けに寄らないと言うか、メリナさんの村の人達は人の皮を被った化け物しかいませんね」
「あはは、私の村を魔境みたいに言わないでくださいよ」
もう空が明るくなり始めました。同時に冒険者の方々に動きがあります。「どこだよ、そこ!」とか「分からねーよ」とか「とりあえず行くぞ!」とか叫んでいました。あの問題『一番古い祠』ってのが出題されたのかと私の心が弾みます。
街へ向かう私達とは逆に、シャールから急ぎ足で離れる冒険者の方々が通り過ぎていきます。列なった馬車なんかも来て、道の端に寄ってやり過ごさないといけない時もありました。
「あっ、メリナさん」
少なくなってはいましたが、冒険者風の人達が集まっていた所の中心にはローリィさんが居ました。他にも何かの紙を配布している人達は居たのですが、ローリィさんの魔力を感知したので、知り合いである彼女の方向へ私達は足を運んだのです。
「おはようございます。盛況ですね」
「はい! あっ、はい、これ。お2人もエントリーですか? 良いですよ」
紙を1枚貰う。昨日のことも忘れて、本当に仕事は今一な人なんですね。
「盛り上がり過ぎちゃって、事前エントリーしてない人も貰って行くんですよね、えへへ。最初は冒険者に世界最強の人を探して貰うってことだったんですけど、自分でエントリーする人ばかりだったし、何なら冒険者じゃなくてもエントリーするし。お祭りみたいで楽しいです。私も頑張り過ぎて、昨日なんか記憶も薄いんですよ」
行き当たりばったりみたいだけど、時間が足りなそうだったから、仕方ない状況だったんでしょうね。
「この紙に書いてあるところに向かってくださいね。まだチーム数を決めてないけど、先着順で次に進めます」
紙に目を落とすと、やはり『一番古い祠』とありました。
アデリーナ様と広場の隅に行きます。巫女服は目立ってしまうので出来るだけ会話が聞こえない場所へと行ったのです。
「キラム村って所で良いんですよね?」
「分かりません。ヤナンカの言った場所が真実であったとしても、正解は、ローリィ、若しくは冒険者ギルドが想定した場所で御座います」
「む……なるほど」
問題用紙ではなく解答を盗むべきだったか……。私としたことがトンだ失態です。
「それよりも彼女らも参加するので御座いますね」
「あー、そうでした。昨日、ショーメ先生に日記をお願いしたんです。そしたら、そんなことを書いてましたよ」
遠くから来る人影に注目する。
クリスラさん、また髪の毛を高く逆立てて固める髪形をしています。服装も黒い皮服に金色の鎖がジャラジャラさせています。デンジャラススタイル、気合いを入れる時はあーするのでしょうかね。
その斜め後ろにメイド服のショーメ先生、並んで反対側に、クリスラさんの夫であり、浄火の間で鍛え上げた筋肉隆々の体を見せ付ける半裸のガルディス。3人での参加はないでしょうから、戦力に劣るガルディスは付き添いか。
奇っ怪な組み合わせの彼女らが堂々と歩くのに気付き、普段は他人に憚ることの少ない冒険者の方々も道を譲ります。もしかしたら、有名な冒険者であるらしいデンジャラスさんへの敬意なのかもれません。
「メリナさん、アデリーナさん、早いわね」
「あっ、どうも。マイアさんも早いですね」
いつの間にか背後を取られていました。転移魔法ではなく気配を消して近付いて来ていたのだと思います。マイアさんとヤナンカが立っていました。
「あの娘さん、戻ったみたいね」
紙を配り続けるローリィさんを見てのマイアさんの発言です。
「だねー」
ヤナンカも同意。
「何がですか?」
「昨日のあの娘は、化けたフォビだったんじゃないかなって思ってて。ほら、私が『フォビをぶん殴ってやりたいから』って言ったら、あの娘の魔力が少しだけ揺らいだのよね」
全然分からなかったけど……。
「だねー。あの時ー、私も同意したらーまた揺らいでたー。あの独特の揺らぎはーフォビのクセだよねー」
達人クラスになると、そういうので判別するのかぁ。勉強になるなぁ。
「フォビだとすると、この問題の正解はヤナンカが言った場所でしょうね。悪夢みたいな想い出だけど、懐かしの場所で待つみたいなメッセージだと思うわ」
「きっと、そー」
「と言うことで、先に行ってます」
2人は仲良く街道へと歩んで行きます。人の目が無くなった所で転移魔法を使うんだろうなぁ。羨ましい。
私なんて口の悪い女王様と2人きりの長旅ですよ。
「メリナさん、私達も追いましょう。馬車を出しましょうか?」
「慣れて来たとは言え、お尻が真っ赤になるくらいに暴れるので勘弁してくだ――うっ!」
「……どうしましたか?」
「お腹が! お腹が激しく痛いっ!!」
「……悪いものを食べたので御座いますか?」
「はい、たぶん! ショーメ先生が私に毒を盛ると日記に書いていたのを思い出しました……。まさか、本当に盛っていた――うっ! うぅ……。ゆ、許すまじフェリス・ショーメ!!」
私は全速力でマイアさん達を追い越して、その先にある冒険者ギルドへ駆け込み、そこのトイレに立て籠るのでした。




