呪いが解かれる
「メリナさんを試し斬りできなかったのは残念で御座います」
お互いに戦闘態勢を解いたというのに、アデリーナ様は憎まれ口を叩いてきます。
「いつまで何をほざいているんですか、アデリーナ様。そんな小さなことに拘っているなんて、本当に小者ですね」
「……メリナさん。折角、私が剣を納めて差し上げたのに、その暴言で御座いますか?」
私は無視して、動きを止めた聖竜様に視線を遣っています。
目を閉じて集中している姿の聖竜様はとても凛々しいです。
『はい。どうでしょう!』
そして、聖竜様はフランクな物言いで私達に確認を求めます。自信満々な様子が見て取れますが、私は何を与えられたのか全く分かりません。
分からないのですが、微笑みだけは絶さないように気を付けています。聖竜様に失礼ですから。何も理解していないなんてお知りになられたら、聖竜様が失望なさるかもしれませんからね。
「ルッカ、何で御座いますか?」
私達の傍に戻ってきていたアデリーナ様がルッカ姉さんに小声で尋ねます。ナイスです。
私も聞き耳を立ててルッカ姉さんの答えを待ちます。あと、アデリーナ様に屈辱感を与えておきましょう。
「くくく、アデリーナ様は本当に無能で御座いますね。そんなことも分からないんですか? ふふふ、無能ですね。さあ、ルッカ姉さん、教えてあげましょう。この無能オブ無能に」
……ちょっと煽り過ぎたかしら。でも、先程のアデリーナ様の大罪に対しては、この程度のきつい言葉でも相応しくなくて、むしろ言い足りないです。
「えっ、私から? 巫女さんが言いなよ」
はぁ!?
お前、素直にさっさっと吐けよ! 私も分かんないんだから!
「遠慮は要りません。さぁ、ルッカ姉さん、宜しくお願いします!」
「えぇ、ルッカ。私からも宜しくお願い致します。そこの何も分かっていない上に私を口悪く誹謗するボケを殺したい気持ちを抑えて、お願い申し上げます」
……アデリーナ様、負けないなぁ。感心しますよ、その根性。
「ソーリーね。聖竜様の体内を魔力が駆け巡ったことくらいしか、私も分からないから」
「そうで御座いますか。ならば、直接に尋ねましょう。聖竜スードワット、今のは何だったのでしょう?」
んまぁ! 呼び捨て! 聖竜様を呼び捨て! 信じらんないです。天罰を喰らって欲しいなぁ。
『ちょっと言葉にするのは恥ずかしいんだけどね。あー、でも、少しやりきった感で嬉しいかな。うん。じゃあ、言っちゃお! 苦節1年弱! 我は遂に雄化魔法を完成させたのであるッ!』
であるッ! である。 であ……。
広くて閉じられた空間に聖竜様の声が何度も跳ね返って響きます。それが静かになったのに、誰も喋りませんでした。
「それじゃ、帰らせて頂きましょうか」
「そうね。巫女さんもオッケーかな?」
「そうですね。本日は聖竜様とお逢いできて大変に幸せでした。何があっても、どんな不可解なお考えでも、これからもメリナは変わらず聖竜様を篤く信仰することを誓います」
ちゃんと動揺を隠せました。
ビックリしましたよ。聖竜様はかなりぶっ飛んだ方なのかもしれません。だからこそ、歴史に残る偉業を成し遂げられたのかなぁ。
「それでは聖竜スードワット様。才能と魔力の無駄遣いはメリナさんだけで結構で御座いますので、ごゆっくりご自愛下さいませ」
しかし、去ろうとする私達に聖竜様は反応します。
『待って。雄化魔法の習得、凄く努力したの!』
「メリナさんが正気に戻ったら、再びお見せください。きっと大喜びですよ。それが本当に正気なのかは別として」
む、聖竜様への配慮が足りませんね、アデリーナ様は。私がフォローしておきましょう。
「アデリーナ様。お言葉ですが、雄化魔法の披露は私への褒美です。ならば、今の私も喜んでいないはずが御座いません。聖竜様、大変に貴重な物を見させて頂きました。感謝申し上げます。聖竜様の奇跡を、私、メリナは後世に一切の虚飾を排して語り残す所存です。『苦節一年弱の努力により聖竜様は雄化魔法を習得した。これは、魔法の万能性に隠された危険性を、全人類に身を挺して警告する目的であった』と。こうですよね、聖竜様?」
『えー』
……聖竜様、威厳が少なくなってるなぁ。
昔みたいに豪快に笑ったりしてくれたら良いのに。
『……折角、ガランガドーに頼み込んで雄竜の体内を調べたのになぁ。うん、まぁ、いっか。はい、切り替えます。ごほん。メリナよ、もう一つのお前との約束であるガランガドーの復活も果たしておる。ヤツは幼きお前に与えた物である。改めて受け取るか?』
「いえ、私は甚だしく未熟でして、聖竜様から頂くなんて畏れ多いです。遠慮しておきます」
ガランガドーはコリーさんから聞いていました。自称「死を運ぶ者」です。これ、本当に死を運ぶ者であったら危険過ぎる予感がしますし、虚言ならそれはそれで痛々しい意味で危ないヤツです。
『……分かった』
「ならば、私にお与えください。ガランガドーの扱いはメリナさんよりも私の方が上手いでしょう。恥ずかしながら、ガランガドーに求愛されたことも御座います」
アデリーナ様です。ブライドの高い彼女が何故か私のお下がりを所望したのです。
……そして、私は急にガランガドーが惜しくなりました。
あの鋭く抜け目のないアデリーナ様が欲するのです。絶対にガランガドーには何か得する要素があると思われます。
「ダメです、アデリーナ様。気が変わりました。ガランガドーは私の従者であります。聖竜様、早く私にお与えください」
「メリナさん、ガランガドーをくれたら、聖竜様と永遠にこの地で過ごす許可を出しましょう。どうでしょうか?」
「え、えぇ……嬉しいのは嬉しいですが、聖竜様のお邪魔になるんじゃないかな」
『ダメです。我は独りじゃないと落ち着いて寝れません。物音で起きてしまいます。だから、メリナがここに住むのはダメです。お願いです』
そっかぁ。残念です。
アデリーナ様はその後もしつこく聖竜様からガランガドーを与えてもらおうと、手を変え品を変え、様々な提案を行っておりました。
わたしとルッカ姉さんは呆れ半分にその光景を見ていました。
攻めるアデリーナ様に守る聖竜様。
その攻防の隙をついてルッカ姉さんが口を開きます。彼女もアデリーナ様の無理を止めたかったのでしょう。
「あっ、聖竜様。一応、訊いておくね。その雄の姿から元に戻れる? 私、スケアリーよ」
『う、うん。それは魔力を発散させるだけなので、簡単だよ……。呪いを解くのと同じ』
そうでしょうね。聖竜様ほどの賢者となると、そんなの赤子の手を捻るより簡単な事だと――えっ、アデリーナ様、すんごく目をひんむいてる!!
「せ、聖竜様。このアデリーナ、今まで大変に失礼な態度を取っていたことを自省し、深く謝罪致します」
しかも、頭を下げた! どうしましたか、アデリーナ様!!
「ガランガドーの件も出過ぎたマネを申しました。2度と欲することはないと誓います。ところで、相談が御座います。少しばかり耳をお貸しくださいませ。私の願いを聞き入れて頂きたく存じます。無論、私の願いを叶えて頂いた後には、このアデリーナ、必ずや報恩致します」
一気に態度を変えてきましたねぇ。
聖竜様は慈悲の塊ですから、不遜だったアデリーナ様へ素直に顔を近付けました。そして、アデリーナ様は小声で聖竜様にボソボソと何かを伝えました。
『えっ、そうなの? それは大変だったね。任せて。さっき言ったけど、呪いを解くのは得意だから』
グググ。アデリーナのくせに聖竜様に心配されてるっ!!
私の記憶喪失なんて、『大変だね』だけで流されたのに!
悲しみと嫉妬に震える私の前で、聖竜様はアデリーナ様に何かをしました。凄く注意深く凝視していたので分かります。アデリーナの足から霧みたいな物が湧き出て、聖竜様の体へと吸収されていきました。
『治ったよ』
聖竜様の声にアデリーナ様は急いで靴を脱ぎます。それから、後ろの私達に言うのです。「足の臭いを嗅いでくれ」と。
絶対に嫌です。私はアデリーナ様がお狂いになられたのだと判断しました。




