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呪いの源

 ヤナンカに殺気はなくて、聖竜様も緊張されている様子はない。でも、明らかに攻撃力の高そうな魔力の玉がヤナンカの両肩にはあるのです。


『マイアは別なんだね? 珍しいね』


 聖竜様はまだヤナンカを友として遇している感じです。まぁ、偉大なる聖竜様ですから、一介の魔族ごとき脅威ではありませんものね。


 なお、先ほどマイアさんが襲われていた魔力と同じ質のものが、聖竜様の背後からビュンビュンと放たれています。


「ちょっとー頭が痛いらしーよー」


『えー、大丈夫かな。私、病気治すの得意だよ』


 距離を詰めるヤナンカ。彼女の攻撃の間合いは分かりません。もしも聖竜様を傷付けるような真似をするのなら、私は全力でヤナンカを殺しに行きます。マイアさんを殺そうとしている犯人であっても、私は常に聖竜様の側に立つのです。

 ……いや、でも、何だろう。どうして私はその犯人に強い殺意を持っていたのかな。正直、マイアさんという他人が襲われているところで、こんな危機感は持たないはずなのに。



「今もー苦しんでいるんだよねー」


『えー、本当に大丈夫?』


「ところでー、ワットちゃん。その後ろから出ている魔力の束は何かなー?」


『ん? これ? 何だろうね。たまにビュッて出るんだよね。あっ、たまにって私基準だから100年単位ね。宝物庫にある何かから出てるみたい。綺麗だよね』


 ……宝物庫か。であれば、何も知らない聖竜様は犯人じゃなさそう。そりゃそうですよ。マイアさんを襲う必要がないですもん。



「アデリーナ様、早く剣を下ろしてください。もしかして聖竜様を疑ってるんですか? 人として失格ですよ」


「惚けた顔で油断させているのかと思いましたが、素のままで御座いましたね」


 アデリーナ様は剣を消します。私、今の発言にピクリと眉を動かします。


「メリナさん、近付きますよ」


「いや、その前に聖竜様へ謝罪ですよ? さっき、何か失礼な意味を込めてませんでした?」


「メリナさん、謝罪は聖竜様が私にするのが筋で御座いますよ。ほら、普段は穏やかな私の心を乱して、強い殺意を抱かしたのですから」


 ……何を言ってやがるんでしょう。理解できな過ぎて怖いですよ。



「ワットちゃん、そのお宝ー見てもいーい?」


『えっ、私のだよ? んー、見るだけだったら、良いけど……私のだよ?』


「宝物庫、どこー?」


『ちょ、ちょっと待って』


 聖竜様はあからさまにその宝物を見せるのを嫌がっています。

 そこまで大切にしている物なんでしょうか。そうであるなら、私も見てみたい。



「アデリーナ様、どれだけ凄い宝物なのか楽しみですね」


「竜は巣に落ちた物を収集する習性が御座います。あれも同類なのでしょう。執着心が強いので御座います」


「は? 高い知性をお持ちである聖竜様を、獣みたいに表現するのは止めてもらいますか?」



 ヤナンカは聖竜様の制止を聞かずに、頭の方を回って聖竜様の体の反対方向へと行きました。私達もそれに続きます。

 いつも聖竜様とお会いする時は正面からでして、奥の壁側から聖竜様を見上げるのは新鮮でした。

 なのに、ヤナンカもアデリーナ様もそっちは全然見ずに壁に注目しているのはおかしいと思いました。



「ワットちゃんの体にしてはー、小さな扉だねー」


『うん。昔は行けたんだけど、今は腕くらいしか入らないかなぁ』


 聖竜様が仰る通りでして、矮小な存在である私からすると十分に大きくて立派な鉄扉なのですが、聖竜様のお体では頭が突っ込める程度の大きさでした。

 なお、まだ魔力は放出されていてマイアさんは襲われ続けているのでしょう。


 ヤナンカが魔力の玉をぶつけて扉を粉砕する。その勢いは想像以上でして、轟音と共に分厚い鉄が破裂するように引き千切られました。

 間髪入れず続けて、彼女が照明魔法。こじ開けられた部屋が照らされます。


 眩しい。部屋の大きさを予想してヤナンカは照明魔法の明るさを調整したはずなのに、1面に広がる金銀の財宝からの反射光が私達の目を差しました。



『ヤナンカ、乱暴はやめてくれない? 全部、私の物なんだけど』


 聖竜様が珍しく軽い抗議をしました。

 マイアさんやヤナンカみたいな昔からの知り合いにはおおらかな態度を見せるばかりだと私は秘かに嫉妬していたのですが、少し心地よい。


「本当にガラクタを集める鳥みたいで御座いますね」


「アデリーナ様、それ、誰に同意を求めているんですか? そんな不遜な思いを抱く人間は貴女だけです」


「ワットちゃんはー昔からー宝物を集めるんだよねー。ワットちゃんもードラゴンだから仕方ないもんねー」


「は? に、人間だってお金に執着するのに、聖竜様を獣呼ばわりしないでください!」


 私の叫びは無視されまして、ヤナンカは山積みの財宝を踏み締めながら魔力の放出元、つまり部屋の奥へと向かいます。

 崩れた一部が足元に転がってきて、私はその王冠みたいなのを拾います。緑色の大きな宝石なんかも付いていて、凄く立派です。

 聖竜様が集めるのも理解できるけど、ずっとこの洞窟に住んでいる聖竜様がどうやって集めたんだろう。


「これかなー」


 ヤナンカは随分と奥に行ったみたいで、ここからでは声しか聞こえなくなっていました。


 ドンっと低い音が響いて、財宝の山が震えます。どうやらヤナンカが魔法を使ったようです。不安定に置かれた財宝の数々が崩れなくて本当に良かった。大切な物が傷んだら聖竜様が悲しんでしまいます。


 すぐに転移魔法でヤナンカが隣に現れる。両手には豪華な装飾で縁取られた大鏡が抱えられていました。

 その鏡は金属を丹念に磨いた物だったらしく、ヤナンカの打撃か魔法の衝撃により中心の部分は大きく凹んでいます。


「機能は停止したよー」


『それ、私の。壊さないで』


 振り向くと扉から顔だけを突っ込んでこちらを見ている聖竜様が居ました。必死な聖竜様、可愛い。


「息、くさっ」


 っ!?


「……アデリーナ様、凄く無礼なことを言いました? 万死に値するような……」


「えっ? いいえ。……心の声が聞こえました? メリナさんは地獄耳をお持ちで御座いますね」


「ギルティ! アデリーナ様、今さっきの呟きは完全にギルティですよ!」


「うるさいで御座いますね。後になさい」


 謝らずに逃げる気か!?


「ねぇ、聖竜様、今のはダメですよね?」


『ん? う、うむ? えっ、何? ごめんね。それよりも私のお宝が、ね』


 聞こえてなかったか……。ここでアデリーナ様を追求すると、聖竜様の心が深く傷付くことになるかもしれない。私はそう思い、アデリーナ様に警告することは帰ってからにすることにしました。


「ワットちゃん、これー、もらうねー?」


『えー。私のなんだけど……。でも、分かった。ヤナンカにあげる』


「ありがとー。それでー、ワットちゃん。これー、誰からもらったのー? 落ちてたのー?」


 ヤナンカは自然に尋ねました。でも、目が笑ってない。色素のない白い体のヤナンカの薄青い目が光った気がする。


『それ? んー、拾ったやつかな? あー、うん、あの方が拾って私にくれたやつ』


 聖竜様が「あの方」と呼ぶのは、神を騙るフォビしかいません。

 もしかして、ここにある財宝は全てそうなのでしょうか。そうであれば焼き払いたい。


「だいぶ前ー? それこそー、1000年とかそれくらいー?」


『うん。前の前の宝物庫からあるから、1000年よりも前だね』


「ありがとー。じゃー、帰ろっかー」


 ヤナンカは聖竜様に手を降り、それから、私達の了承を得ずにマイアさんが待つ冒険者ギルドの2階へと戻ってきたのでした。

 仕方がないので、火炎魔法の為に体内に溜めた魔力を緩めます。



「お疲れ様。襲われなくなった。原因が分かったみたいね」


「だねー。これだったよー」


 古代の英雄2人は要領よく情報を交換していきます。

 そして、大鏡を2人でテーブルに乗せて観察を始めました。魔法回路とかいうのを解析しているっぽいです。


 あのテーブル、私が脚を折ったはずなんだけどなぁ。

 元通りに立っているのが不思議で、下を覗くと土っぽい柱ができていました。

 恐らくマイアさんの仕事でしょう。失敗したら死という状況で回復魔法を唱えつつ、こんな些細な作業まで行ってしまうマイアさんに少し驚きます。


 さて、賢い人2人が解析を終えるまで私は暇になります。

 なので、先ほどの重大な犯罪を咎めることにしましょう。


「アデリーナ様、何か大事なことを忘れておりませんか?」


「あっ、そうで御座いました」


 アデリーナ様が私を見ました。

 ふん。やっと先ほどの無礼発言を謝罪ですかね。私は鬼ではありません。それで許してやりますよ。首の皮一枚で命が助かって良かったですね。


 でも、私の期待は裏切られ、アデリーナ様はマイアさんに声を掛けたのです。


「記憶を戻して頂けますか? 何故にこんなにも私が気が立っているか分からないので御座います」


「違う、違う! さっきの暴言を取り消すチャンスを与えて――」


「あー、そうでしたね」


 私の大きな抗議の声にも振り向きもせず、マイアさんは大鏡を見ながら呪文を唱え、私達の記憶の封印を解除するのでした。

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