村の秘密
真摯な心は絶対に伝わるのです。それが愛娘のものであれば尚更。
なので、私は許されました。何も言わずに、土を舐めるくらいに頭を下げ続けて正解でした。お母さんが怒ったら、この手ですね。うふふ、私は学習しましたよ。
今は実家に入っています。
「うわっ、見て。笑った。私を見て笑ったよ」
私の双子の弟妹の赤ちゃんは大変に可愛くて、柵に囲まれた小さなベッドで並んで寝転んでいるのをずっと見ています。前見た時よりも丸くなってる。頬をツンツンすると、柔らかくてビックリしました。
ショーメ先生は食卓でお茶を頂いているみたいです。お客様だから当然なのですが、でも、まだ子供のナタリアが給仕して、メイド服の先生が優雅に過ごしているのは変な感じでした。
お母さんはお隣の家に行っていて不在です。代わりにお父さんがショーメ先生のお相手をしています。
「いやー、メリナの先生なんですか? いつもお世話になっております。あっ、私、メリナの父でロイと申します」
とても嬉しそう。ショーメ先生が美人だからだと思う。緊張しているのか、何回も同じ自己紹介してやがる。
「いつもお世話しております。ご丁寧に何度もどうも」
愛想笑いが上手なショーメ先生は卒なく返す。
「ところで、先生は何を教える先生なんですか?」
「昨年までは諸国連邦で文学を教えておりました。今は、この通り、シャールの宿屋で雑用とかをしております」
「いや、ハハハ。文学ですか。いやー、奇遇ですね。私も文学には詳しいですよ。気が合うかもしれませんねぇ。ハハハ」
父親が他の女性におべっかを使っているのを見ると、何とも言えない怒りと気持ち悪さを覚えますね。
「お父さん、一字一句、全部記憶してお母さんに報告するからね。発言には気を付けて。あと、目がキモい」
「うん? え……? メリナ、えぇ……?」
変な呻き声を上げながらお父さんはそれで視線を下げるのでした。とても残念そうな表情でした。
ったく、娘の先生に下心を隠さないってどういう了見なんでしょうかね。
私が持ってきたチラシに手をやり、寂しそうなお父さんですが、しばらくしょげていなさい。
「ただいまー。ギョームさんの村で鶏を飼い始めたんだって。今朝の卵を貰ったわよ。あと、はい、貴方に。特大のが取れたから貰って欲しいって」
お母さんは借りていたザルを返しに行ったはずなのに、新たに貰ってくるなんて、これが村の生活ですよ。助け合い。素晴らしい。
ショーメ先生も貸し借りなんてのに拘らず、こうおおらかに生きるべきですよね。
「金塊ですね」
ん? ショーメ先生の呟きが耳に入ります。
視線は食卓に置かれたギョームさんからお父さんへのプレゼント。
「えっ、あー、うーん、あー、どうだろ? ひ、光ってるねぇ。キレイだねぇ」
あっ、お父さん、誤魔化したいんだ。全然誤魔化せてないけど、都合が悪い時に現れる吃りだ。
「正真正銘の金だけど、どうしたの?」
お父さんとは違って、あっさり肯定したお母さん。
「ルー……。あー、ショーメ先生は口がお固いですか?」
「はい。鉄より固いですよ」
絶対に嘘。先生はスパイ活動のプロでした。
「確かに金なんです。これは秘密でお願いします。数日前にも有ったんですが、悪い人たちが村を襲うかもしれないんで、秘密で」
あー、フランジェスカ先輩とかイルゼさんが操られた時のか。あれ? でも、ルッカさんの仕業じゃなかったかな。違ったのか?
「はい。秘密ですね。分かりました。約束しましょう」
にっこり笑うショーメ先生は曲者ですよ。私の思いと同様にナタリアが睨むくらいの勢いで先生の様子を注視していて、まだ子供なのに彼女の勘が鋭いことを知ります。ナタリアが大人になったら楽しみですね。色々と教えてあげますからね。
「ルーさ、この冒険者ギルドの最強の者を探すヤツに出てくれないか?」
しばらく沈黙して考えていたお父さんは話題を変えます。
「ダメよ。メリナがオズワルドさんからの借金を返すために、それに出て優勝しないといけないんだから」
証文を見せた後に返す当てを訊かれ、私はそう答えたのです。生き残る為には仕方なかったのです。
「ルー、聞いて欲しいんだ。あっ、ショーメ先生、ここからは本当に極秘でお願いしますね」
「はい。極秘ですね」
もう一度微笑むショーメ先生。恐らくアデリーナ様には筒抜けになるでしょう。まぁ、女王様も田舎の村の極秘事項なんて興味を持たないでしょうが。
「金がゴロゴロ取れる場所をギョームさんが見付けたから、それを加工して売ってるんだけどさ、ちょっとやり過ぎたんだ」
「やり過ぎ?」
「うん。正規ルートじゃなくて、ちょっと危ない人達を使って売り払っていたんだけど、たぶん、裏社会の人達に目を付けられたと思うんだ。ほら、こないだ襲撃されただろ?」
「へぇ」
「優勝できたら万々歳。でも、優勝しなくても良いんだ。圧倒的に強い奴らがここに居るって世の中に知られたら十分」
「メリナが出るから十分でしょ? ねぇ、メリナ、貴女が『ノノン村を大切に思ってます』とか言ってくれたら、変な虫は寄り付かないわよね」
「うん」
むしろ言わずに誘い出して、悪い人達の墓場にしても良い気がするけど。
「1人じゃなくて、もっと何人も強いのが居るって思わせなきゃ。そうしゃないと、留守を狙われるからね。ギョームさんもそこそこ強いんだろ? それに、ほら」
お父さんが紙の上側を持って見せながら、別の片手でお母さんに指し示します。
「知性も評価基準なんだ。ほら、なんて言うか、なんだ、メリナは自慢の娘だけどさ、知性ってよりも野性って感じだろ?」
なっ!? 実の父親からそんな感じに思われていたのですか!?
衝撃を受ける私の前でお父さんは続けます。
「君の誕生日にメリナが作ったフォレストスタイル料理を覚えてないかい?」
「……えぇ、覚えているわ。生きた魚の入った壺の前にフォークとナイフが置かれていたわね……。ソースはネズミの生き血……。メリナ、どうにかしてたわよ、あなた」
あー、お母さんまで!
でも、でも、当時は「どうにかしてた」ってことだから、あれは私が幼かったからと分かってくれているのですね。
さすが、お母さんです。よく私を理解しています。
「残念ながら現在進行形でバカですよ。いえ、加速してるかも。先日も料理対決で神殿の巫女長を瀕死にしました」
ショーメ、貴様っ!? 今、それを言う必要があるのか!?
私の両親が2人とも驚いているじゃないですか! ナタリアもドン引きしてます!
「ほら、ルー? 君の知性が必要なんだよ」
えっ!? お母さんの方がバカだよ!!
「……分かったわ。ギョームさんやナトンさんも誘ってみるわ。そして、ノノン村の名前を天下に轟かせてみせるから。メリナ、貴女もノノン村代表よ」
私は頷きます。その代わり、お母さんが優勝してもその報酬はオズワルドさんへの借金返済に回してもらうことを約束しました。
その後、文字の練習を兼ねてナタリアに今日の日記を依頼書の裏に書いて貰い、帰宅します。
◯メリナ観察日記41
メリナさんが家に来ました。
メリナさんはいつも明るくて良い人です。
なので、ファル姉さんを虐めないでください。
ショーメ先生って言う人も来ました。
メリナさんをいじってる姿は頼もしかったです。
皆のために、メリナさんをもっと教育した方が良いと私は思いました。
私もいつかレオン君と冒険者になって、2人でメリナさんに勝ってみたいです。
(メリナさんのフォレストスタイル料理については『病弱な娘を大事に育てたら、国に反乱を起こすおバカになったので殴りに行きます』第20話「メリナの料理」を参照)




