釈明への道
あー、やってしまった……。
窓の外が眩しい。眩し過ぎる。
お昼前なのではないかと思うくらいに明るい。どう考えても完全に遅刻。
どうしようかな。仮病しかないかな。お腹痛くならないかなぁ。
ぐうぅ。
あー、お腹は快調でしたよ。……とりあえずご飯にしよっと。
私はもぞもぞとベッドの中で巫女服に着替えた後、ゆっくりと人気のない宿の階段を下りていきます。
「サボりですか?」
ロビーを清掃していたショーメ先生が声を掛けてきました。こいつ、魔力感知で私の居場所が分かるんだから、気を利かせて私を起こせよとか思ってしまいました。
いえ、悪いのは私自身だと分かっています。
巫女長のご機嫌を取るために、連日早起きして神殿に向かっていたのですが、昨日、巫女長の後継者とかに指名されて、今日から辛い修行の日々が始まることが確定したのです。
だから、無意識に私の体は神殿に行くことを拒絶したのでしょう。
「いやー、熱っぽくて大事を取ったんですよー」
やはりこれしか言い訳はない。朗らかに言い放つ。
「それは精を付けないといけませんね。一昨日の竜の肉が残っていますのでご用意致しますね」
病人に食べさせるには脂っぽ過ぎるでしょとか思いましたが、私は実は病人じゃないし、あの肉は美味しかったので、喜んでショーメ先生に従います。
食堂のいつもの場所に着席をして先生が淹れてくれたお茶を2口飲むと、もうステーキが運ばれてくるのでした。素晴らしい仕事。
そして、絶品。ソースも含めて全て平らげます。
「今日はベセリン爺がいないんですか?」
「えぇ。彼には神殿へお使いに行ってもらってます」
……こいつ、私が寝坊したことをチクろうとしているのか……。
「誤解なさらないようにお願いしますね。数日前に私が出したメリナさんの窃盗に関する手紙、あれがそろそろ到着した頃ですので、先方がお怒りかもしれないのです」
「オズワルドさんなら怒ってもすぐに許してくれそうですけど?」
「あー、やっぱり私、メリナ様にお伝えしていませんでしたか。その手紙の送り先、間違えてメリナさんのお母様宛にしておりました、うふふ。うっかり」
っ!?
「お前! それ、完全にわざとでしょ!!」
「いえ、うっかりさんですよね、私。メリナ様の窃盗癖を治すにはどうしたら良いかなぁって考えていたら、あー、そうだ、お母様と相談したら良いかなぁって。それで、つい」
「殺される! 絶対に殺される!! 借金しただけでもあんなに酷い目に遭ったのに、窃盗は両手首と首を切断される!!」
「そうならないように、一緒に謝って差し上げますから。これ、貸しですよ?」
「お前、何で微笑んでいられるんですか!? 人の命が掛かってるんですよ!」
「はいはい。落ち着いてください。だから、そうならないように謝りに行くのです。神殿をお休みすることはベセリンが伝えてくれますので」
クッ!
しかし、なるほど……。それでベセリン爺は宿に居ないのか。彼ならば見事に伝言役を務め、私は後顧の憂いなく、釈明のためにノノン村を訪れることができますね。
「メリナ様、今日中には帰ってきたいですので飛ばしますよ」
「はい。走るんですね?」
「馬車では数日掛かりますから」
宿を早速出て、私は空中に魔力ブロックを構築して、そこを走ります。屋根を翔び走るよりも速いからです。
ショーメ先生は転移魔法を細かく何回も使用して移動します。かなりの高速でして、スピードに自信のある私でさえ追い付くのが大変でした。
出現場所がまる分かりだから戦闘には使い難いけど、移動だけが目的なら十分ですね。
「ちょっとストップお願いします!」
シャールの東門を越えたところで、私はショーメ先生を呼び止めました。
「あれ、メリナ様、もうバテました? 本当に熱が? バカなりに知恵熱でも?」
お前……ここで殺してやりましょうか……?
しかし、我慢。お母さんに謝って頂けないといけませんので。
「下。凄く騒いでます」
ちょうどシャールの街の外、冒険者ギルドが何件か立ち並ぶ通りだと思います。そこに大勢の人が集まっていたのです。
「見に行きたいので少し待ってください」
魔力ブロックで階段を作り、それを踏み外さないように駆け降りる。
ガタイの良い男性ギルド職員が大声で何かを言いながら、紙の束を振り回している。私はその数枚を空中から頂いて戻ります。
思いがけない方向から手が伸びてきたことに驚いたギルド職員でしたが、紙を皆に配るのが目的だったみたいで特にお咎めはありませんでした。
「何でした?」
「走りながら読みます」
「了解です。でも、ここからはスピードを上げますよ」
「はい」
地形に合わせて蛇行する道とは違って一直線に向かいますし、障害物もない空です。ノノン村のある深い森への入り口であるラナイ村を1、2刻程で通過。
森の中に見え隠れする細い道で方向を確認しながら急ぎます。
突然、先生が止まりました。オズワルドさんの村に寄ると言うのです。
お母さんに謝る前にオズワルドさんと和解しておくことは悪いことではなく、むしろ必須ですので、私も了承します。
「メリナ様? えっ、お金の件ですか? 返してくれたら文句はないですよ」
農具を毎日握っているせいか、手にマメまで作っているオズワルドさんは快く私を許してくれました。文句ないって言いましたもん。
「それで、メリナ様、返す当てはありますか?」
ない。しかし、私はシャール郊外で手に入れた幸運の紙があります。
「これ。最強の者を探せっていう冒険者ギルドの依頼書です。オズワルドさん、私をこれに推薦しなさい。そして、私が優勝したら賞金を全て受け取ったら良いのです」
そう、さっき配っていた紙は昨日にローリィさんが作っていた依頼書。高額な依頼報酬が記載されています。
「うーん」
しかし、私の期待に反してオズワルドさんは即答しませんでした。紙をジッと見詰めています。
「戦闘力に関してはメリナ様を疑うなんてことはできないですよ。でも、品性と知性の部分がどうも不安です」
「は? その2つこそ、むしろ磐石でしょう。私は淑女ですよ!」
「正式な証文を発行致します。これで窃盗ではなくなりますよ」
私はショーメ先生を見ます。頷かれました。ならば、私もそれで良し。
面倒な行事に参加しなくても良いし。
「しかし、この企画はゾルザック君も興味を持ちそうだなぁ。1枚貰って良いですか?」
「どうぞ」
オズワルドさんが証文を完成させるまで、私は村をぶらぶらと歩きました。スラム街から移住して来た獣人の方々が畑を耕したり、森を切り開いたり、アデリーナ様を一方的にパートナー扱いしていた女性冒険者を中心に村の見回りが増えていたりと、少しずつ村が大きくなりつつある様子を感じます。
剣王は到着していましたが、相も変わらず素振りばかりで、その妻子はそれを見ながらほのぼのとお茶を飲んでいました。オロ部長が見当たりませんでしたが、地中に潜んでいるのかな。
「それじゃ、行きましょうか」
「……はい」
証文を手にしたショーメ先生はノノン村へ引き続き向かうと言うのです。私はここに来て覚悟が揺れ動くのが分かりました。
ノノン村に着く。既に魔力感知で私が訪れるのを察知していたお母さんが憤怒の顔で立っているのが上空からも確認できました。
極めて強い恐怖に襲われた私は魔力ブロックの上で土下座をし、そして、そのブロックを消してそのままの体勢で地上へと自由落下しました。
轟音と土煙が去った後も私はお母さんの足下で頭を土に付け続け、赦しの言葉を無言で待つのです。ショーメ先生、早く隣に来て下さい!




