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レポート発表

 今日も早くから神殿に入りまして、その奥にある魔物駆除殲滅部の小屋へ一番乗りしました。

 道中、火事で燃えた新人寮の建て替え現場を拝見しまして、かなり工事が進行していることに驚きました。もう壁とか出来上がってるんですよね。素晴らしい速さです。


 私はお茶を人数分淹れて待機します。

 薬師処へ応援に行っているフランジェスカ先輩やフロン、たぶんまだ喪中であろうルッカさんの分まで用意する周到さです。


 ショーメ先生のちょっかいを受けながらも、レポートは完成しました。出来映えに自信があります。あるのですが、やはり巫女長の考えと行動は読めない。

 万事万端の為、巫女長の気持ちを良くしておく必要もあります。だから、皆が来る前に私一人で小屋を掃除し、お茶も準備しているのです。私、とても健気です。



「あら、巫女さん。先日はお世話になったわね。それから……ソーリーね。命を奪おうとか本気で思っていて」


 最初に現れたのはルッカさん。玄関を越える前に、私に頭を下げて謝罪をしてきました。


「もう良いですよ。本気で殺そうとしてたとか、以前の笑顔とか謝罪とか信じられなくて滅茶苦茶怖いですけど、今の謝罪は本当っぽいから許します」


 私はルッカさんを中へ通します。

 着席した彼女にお茶まで振る舞う私は完全に高邁な淑女。



「サンキュー、巫女さん。ノヴロクと最期に会話できるなんて思ってもなかった。私は救われたのね」


「ノヴロクさんはちゃんと弔ったんですか?」


「オフコースよ。私と夫の想い出の地に埋めたわよ」


「ふーん、一応聞いてあげます。どこですか、そこ?」


「えー、恥ずかしいわね。それ、聞いちゃう?」


 そんなに聞きたい訳ではない。


「聖竜様のハウス」


「お前、ルッカ! 聖竜様の清らかなお住まいに、あんなジジイのバラバラ死体を埋めたらいけないでしょ!」


「バラバラにしたのは巫女さんじゃないの。あそこはね、まだ付き合う前の夫が瀕死にも関わらず、私を守りながら辿り着いた想い出の地なの。私、守られながらハートをアタックされちゃった」


 全然うまくない洒落を言われた!!


「はいはい。その辺はルッカさんの旦那さんの日記にもありましたね。でも、最期の方は意識朦朧みたいでしたよ」


「良い男だったのよ。私が殺しちゃったんだけどさ」


 遠い目をするルッカさん。でも、笑ってる。


「そういう命への軽さは、ルッカさんも魔族なんだなって感じます。身内でも結構ドライですよね」


 巫女仲間のはずの私の命も狙うくらいですし。


「そうかもね。それだけにノヴロクはスペシャルだったのね」



 さて、アデリーナ様に巫女長も小屋へとやって来ました。私は出来立てのお茶を彼女らに配ります。


 そして、雑談を交えながら一息付いてから、遂に巫女長が例の件について口を開くのでした。


「レポートは書けたかしら?」


 静かに紙を差し出すアデリーナ様。今日は巫女服ですね。昨日の中古服はどうされたのでしょうか。私は同じものを着ていると言うのに。

 遅れて、私も紙を皆が囲むテーブルの上に置きます。


「まぁ、2人とも忘れずに持ってきたのね。私、感激するわ」


 そんな優しそうな声色に私は騙されませんよ。


「では、アデリーナさんのから読むわよ」


 えっ? ここで読むんだ?

 私はアデリーナ様を見ます。いつもの澄まし顔でして、揺るぐことのない自信の程が窺え知れました。


「えーと、『フローレンス巫女長のご慈心によりシャール冒険者ギルド本部での受付業務を体験する。立地的に冒険者になる者が少なく、また需要も少ないために訪問者は少ない。形式的にギルドの装いをしているものの、末端ギルドを束ねる機能に特化しているものと思われる。後方に広大な物資倉庫があるのも、末端ギルドが集めた収穫物を――」


 巫女長は読み続ける。


「――そもそも冒険者ギルドは口減らしで溢れた者達を吸収し、以て、国家の安寧に繋げるために認められた組織であり、国家間を越えた独自の管理は本来の目的に反する。国家のための冒険者ギルドの在り方について、再考する必要がなかろうか』。んー、堅いわね。アデリーナさん、これ、堅いわよ。もう私、何が書かれているのか分からなくなってきた」


 ですよね。私も半分以上、他事を考えていましたよ。今日のお昼は何を食べようかなとか。


「でも、合格。アデリーナさんなりに頑張ったわね。お疲れ様」


「……ありがとうございます」


 ククク、アデリーナ様、ご不満な様子が隠せてませんよ。貴女の敗因は相手のレベルに合わせることができなかったこと。

 私が模範解答をお教え致しましょう。


「メリナさんのも読ませて頂こうかしら」


「はいっ!」


 私は小さく折り曲げた紙を広げて渡します。


「メリナさんのは折り目がぐちゃぐちゃね。良いのよ。こういう豪放さがメリナさんだから」


「お褒め頂き、照れますっ!!」


「永遠に恥じ入ってなさい」


 ふん。アデリーナ、この私に脅威を抱いての反抗的な言葉ですね。


「それじゃ、読むわよ。えーと、『今日の私は冒険者ギルドで受付をしました。そこで学んだことから3つの提言をしたいと思います』。やるじゃない、凄いわ。3つも提言だなんて」


 うふふ、やはり褒められてしまった。ショーメ先生のアイデアをそのまま採用した私、大変に優秀です。


「メリナさんの提言1つ目ね、『冒険者ギルドでの仕事は大変にゆとりのあるものでして、翻って竜神殿の巫女は忙しすぎたのだと気付きました。だから、神殿の中に冒険者ギルドを作りましょう。私、受付します』。この提案、皆、どう思うかしら?」


 『働いたら神殿から追放の日を作りましょう』と書いたらショーメ先生に怒られたのです。代替案としての冒険者ギルド設立案です。

 あの人、怠け者なのに働くの好きなんだから困ります。


「メリナさんがサボりたいだけの提案ですので却下で御座います」


「そうねぇ、巫女さんはビジーじゃないと思うわよ。他の人達はちゃんと働いているけど」


 あ? お前ら、私よりサボってるじゃん。

 ルッカさんなんてここ最近、神殿にも足を向けてなかったくせに。


「うーん、皆の意見を取り入れると、残念ながら却下ね。それに、メリナさん、魔物駆除殲滅部が冒険者ギルドみたいな何でも屋さんなのよ」


 戦闘特化のイカれたヤツしかいないですよ。そんな冒険者ギルドは嫌。

 フランジェスカ先輩が来なかったら、知性派は私だけでしたもの。


「はい。第2の提案を読むわよ。『冒険者ギルドでは色んな所で寝転びました。中でも受付カウンターで寝そべるのは、硬さやひんやり感が新しく、背徳感も合わさって非常に心地良かったです。皆にも体験して欲しく、新しい新人寮のベッドはカウンター型にしましょう。木材費も浮きますよ』。はい、これは?」


 神殿にとってメリットしかない!

 ショーメ先生の反対を押しきって残した甲斐があるってものです。


「そのような馬鹿げた提案を自信満々にする人間が、この世に存在することに驚きました。見習いに虐められた仕返しでしょうか」


 はぁ? 私はそんな狭い心を持っていませんよ。お前と違って。


「巫女さん、昨日もサボってたんだね。アイシーよ」


 ちっ。詰まらない感想です。


「残念ながら、これも却下ね。でも、堅いベッド、私は好きよ。お外で寝てるみたいだから」


 残念です。皆にあの良さを分かって欲しかったのに。


「では、最期の提案ね。『アデリーナ様は熱心に働いていました。この人は本当に凄いなぁと思いました。フローレンス巫女長の後継者は絶対にアデリーナ様しかいないと思います。私、アデリーナ巫女長の誕生を祝いたいです』。……まぁ、なんて素晴らしいご提案!」


 きつく睨むアデリーナ様。それを満面の笑みで受ける私。ちょっと驚いたルッカさん。


 ショーメ先生が言っていました。他人を褒めれば、巡り巡って自分のためになると。

 うふふ、巫女長がアデリーナ様の教育に更に熱を上げれば、私への注目が減って得します。さいこー。


 しばしの沈黙が小屋を包む。そして、それを破るのは、この中で地位的には一番偉い巫女長でした。


「感動したわ、メリナさん。貴女も聖竜様を慕っているにも関わらず、ご友人に巫女長の座を譲るだなんて。ねぇ、アデリーナさんも感動したでしょ?」


「はい……。心を激しく掻き乱された意味で、私は感動したのでしょう」


 ククク、はっきり怒りを覚えたって言えばよろしいのに。


「分かったわ、私。うん、分かったの。メリナさんとアデリーナさん、どちらが巫女長に相応しいのか悩んでいたのだけど、メリナさん、貴女に決めたわ」


 っ!?


「えっ……いや、結構ですけど……。は、働き者のアデリーナ様が適任だと思います」


「大丈夫よ。私だって巫女長を務めているんだから」


 いや、巫女長、チャーミングな笑顔は素敵ですが今は勘弁して下さい。


「祝福します、メリナさん。本当に、本当におめでとう御座います」


 クッ! アデリーナ、貴様、その勝ち誇った顔は何ですかっ!?


「巫女さんも偉くなるわねぇ」


 黙れ! 私は覚えてますよ!

 巫女長は後継者を育てるために10年以上は鍛える的な事を言ってました!

 最悪です! 折角、アデリーナ様を褒めて嵌めたってのに、何ですか、この展開は!


 絶対、ショーメ先生に抗議してやるんだから!


 とは言え、巫女長の目の前で反抗するのは怖いので、諦めた私は肩を落として静かにお茶を飲むのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「分かったわ、私。うん、分かったの。メリナさんとアデリーナさん、どちらが巫女長に相応しいのか悩んでいたのだけど、メリナさん、貴女に決めたわ」 [一言] メリナ巫女長おめでとうございます。 …
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