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冒険者ギルドでの一日

「お疲れ様でした。お気を付けて」


 私とアデリーナ様は立ち上がって巫女長を見送りました。ガインさんと何処かへ行くようです。

 魔力感知の範囲外へ彼らが移動したのを確認してから着席。


「アデリーナ様」


 私はもう安心だということを伝えます。


「お任せください」


 それを受けて、アデリーナ様が手書きで作った『本日の営業終了』の紙を表に貼り付けに行きました。


「これで誰も来ないでしょう」


「はい!」


 賢い人は頼りになります。

 ローリィさんからは何も仕事のやり方を習わなかったので、この状態で接客することは大変に不味いです。だから、誰も来ない状態を作り出したのです。

 恐らくアデリーナ様はローリィさんに小遣いを与えた時からこの展開に持っていくことを考えていたのでしょう。



 しかし、暇。アデリーナ様と会話してやりましょうかね。


「アデリーナ様は休日って何をしているんですか?」


「休日で御座いますか? 最近は休んでおりませんね。昔は神殿内の森で小鳥と戯れたもので御座いますが」


「アデリーナ様って何歳でしたっけ?」


「22で御座います」


「私より5つ上なんですね。だとすると、小動物に愛される少女の設定は歳的にきつくないですか?」


「本当に失敬なヤツですね。他人の癒しにケチを付けるとは、メリナさんは性格も悪い」


「でも、小動物に好かれるのが本当なら、それって獣の魔王だからですよね」


「何とでも言いなさい。メリナさんは竜の魔王なのに竜と戦ってばかりで御座いますね。野蛮な性が生まれつきだったとは御愁傷様です」


「あっ! アデリーナ様、戯言はここまでですよ。誰か、来ます!」


 木製の扉の向こうに誰かが立っているのが魔力感知で分かりました。

 そして、営業終了の掲示を見なかったのか無視したのか、グワッと豪快に開かれたのです。


「なっ!? お前達、何をしているんだっ!?」


 アシュリンさんです。魔力の質的に間違いない。巫女を辞めた裏切り者です。華麗なドレスに長髪を装うウィッグ、軽く化粧までしてやがります。その一般人になろうとする努力が気持ち悪い。


「お久しぶりです。お元気そうで。余りに元気だから髪が急激に伸びたんですか?」


 丁寧に挨拶してやりました。


「数日前に別れの挨拶をしたばかりだろ。で、2人並んで、どうしたんだ?」


「本日は世の人々の生活を学ぶため、巫女長の指示により、メリナさんと共にここで働いております」


「そうか。分かった。アデリーナも大変だな。しかし、表の扉に営業終了の貼り紙があったぞ」


 読んでたんかい! それを読んだ上で遠慮なく店内に入ってくるとは、さすが豪の者。


「それで用件は? 聞いて差し上げますよ、キモアシュリンさん」


「喧嘩を売っているのか、メリナっ!? 軍においては除隊しても先輩後輩の関係は続くのだぞっ!」


「知るか。私達は竜の巫女です。軍ではありませーん。早く用件を仰ってください」


「チッ! 生意気を言うようになったなっ!」


 大きな舌打ち。育ちが分かるってもんですよ。従姉妹のシェラを見習いなさい。


「アシュリン、もしも冒険者登録なら別の日か他のギルドにお行きなさい。私どもはやり方が分かりません」


「あっ、アデリーナ様。マニュアル的な紙がこのカウンター下にありましたよ。ほら、これ。私、さっき見つけました」


 アデリーナ様に差し出すと、あからさまに面倒臭そうな顔をしやがりました。


「気が利きますね、メリナさん。それを読んでご自分でされたら?」


「うわっ、他人任せですか? ひどっ」


 とは言いつつも、私は手にした紙に目を遣ります。


「えーと、まずは仮登録ですね。その後、常駐の依頼を成功にしたら本登録になるらしいですよ。私が登録した、お外のギルドではそんなのなかった気がするなぁ。まぁ、良いや。本登録すると、晴れて冒険者としてギルドに所属することになります。バカは分不相応な依頼を望むので注意」


「あ? 私がバカだとメリナは言ったのか!?」


「ち、違いますよ。続けて書いてあるから、間違って読んだだけです」


 その後も職員用の注意事項しか書いてなくて、仮登録の方法は分かりませんでした。高価そうな服を来ていたら登録料をふんだくれ、とか間違って読んでしまいそうで、むしろ書いてない方が良いくらいです。


「……私は依頼に来たのだ」


 アシュリンさん、少し恥ずかしそうに言いました。肩幅は誤魔化せませんが、格好が女性っぽいので淑女に見えなくもない。

 なんだ、その態度は! 戦士として恥を知りなさい! と思いました。


「魔物退治だったら自分で殺った方が早いし安いですよ?」


「そんなもんは依頼せん!」


「では、アシュリン、依頼事項は何でしょう?」


 アデリーナ様も尋ねます。より一層にアシュリンさんが顔を赤くしました。そして、懐から一枚の紙を出してきます。


「家庭料理の作り方を教えて欲しい?」


「バカモン! 声に出して読むなっ!」


 ははーん。息子さんに頼まれてたけど、軍人生活が長いアシュリンさんは全くお料理ができないんですね。私にくれるのは、いつも保存に特化した固いパンでしたものね。


「良いか! これをそこに貼ってくれたら良いっ! 依頼金はここに置いていくからな!」


 アシュリンさんはそのままギルドの外へと出ていってしまいました。カウンターの上には銀貨と依頼内容が書かれた紙。


「どうします?」


「アシュリンの依頼です。叶えてやりましょう」


「お言葉ですが、アデリーナ様。鍋料理に鍋を切り刻んで入れていたアデリーナ様に家庭料理は不向きだと思います」


 スラム街での料理対決。あの時は流れ的に黙認しましたが、口の中に大怪我をされる人が続出する事態となり得ました。


「そもそも私は冒険者ではありませんからね。メリナさん、ほら、そこの掲示板に貼り付けるのでしょう」


 アデリーナ様は座ったまま、指を差します。その壁には何枚もの紙片が木板に張られていました。


「あー、確かに依頼書ですよ。3日も誰も来ないギルドに依頼するヤツが結構いるんですね」


 他の依頼書を見て、書き方は何となく分かりました。大きな字で依頼の種類と報酬、あと、小さな字で詳細な依頼内容と連絡先を書けばオッケーです。


「メリナさん、ここに白紙の依頼書が有りました。ここに書くのでしょう」


「お任せください。私が書いてやります」


 お料理の指南求む。これがタイトル。報酬? さっき見た感じだと銅貨で払うのが主流でしてね。銅貨5枚くらいで良いのかな。


「銅貨って実在するのですね」


「金持ち自慢ですか? これですよ、これ」


 カウンターの下にあった皮袋から2、3枚出してアデリーナ様に見せます。


「うわぁ、青錆まで……。汚ないで御座いますね」


「庶民の感覚を身に付けましょうね、アデリーナ様。立派な巫女長になれませんよ」


「必要がないでしょう。既に私は立派だから」


 は? それ、巫女長の前でも同じことを言えますか?

 しかし、これ以上会話をすると喧嘩になりそうですね。止めてあげましょう。


 私は続きを書く。


 次は依頼内容の詳細です。

 とある貴族女性に家庭料理の作り方を教えて欲しい。しかし、楽勝と思わぬことである。

 教える相手は健気な乙女に対しても、頭蓋骨を割るかのような激しい拳骨、顔面骨折を考慮しない鼻っ柱への突き、殺意を隠さない延髄へのハイキックが飛んでくるのである。

 冒険者よ、心して掛かれ。怪力猿を相手に料理を仕込む難易度である。


 こんなもんかな。


「アシュリンさんの住所、分かります?」


「私が書きましょう。……メリナさん、これ、銅貨5枚で宜しいのですか?」


「あんまりお金の価値が分からなくて……」


「仕方御座いませんね。私が金貨3枚を加えておきましょう」


「おお、太っ腹」


 出来上がった紙をボードに貼ります。


「あれ、誰かに受注してもらいたいですね」


「うふふ。私もそう思っておりました」


 アシュリンさんからのものとはいえ、あの依頼は私達の初めての仕事。気になりますもの。


 その時、また扉が開きます。そして、若い男が覗き込んで来るのでした。


「あれ? やってるじゃないか――あっ、メリナ、お前、そんなところで――えっ、アデリーナ陛下っ!?」


 グレッグさんです。シェラの彼氏であり、シャールの騎士でもある男。口は立派ですが、剣の腕はもう1つな残念な人。

 確か、生活の支えに冒険者もしているとか。


「今日はギルドの受付役です」


「そうなのか……。事情は分からんが、依頼を見せてもらう――いえ、陛下、拝見させて頂きます!」


 私もアデリーナ様も彼の動きを注視します。そして、例の依頼を選べ、選べと願う。あぁ、聖竜様、是非、アシュリンさんに家庭料理を習得させてください。

 私達の願いは絶対に届くはず。


 そうして、私達の渾身の期待をその背中に受け、彼が持って来たのは「鹿の角集め3本」……。


「お前、騎士でしょ。なんですか、この腑抜けた依頼は? 人喰い虎とか狼くらいを討伐するくらいの意気込みが欲しいところです」


「危ねーだろ。怪我したらどうするんだ」


「アデリーナ様、聞きました? こいつ、これでも騎士らしいですよ」


 グレッグさんの顔色が悪くなる。

 それもそうでしょう。ここに御座すのはアデリーナ・ブラナン女王陛下。シャール伯爵に属する騎士なんてどうにでもできます。


「メリナさん、うふふ、その騎士もお困りでしょうに。ただ、そうで御座いますね。仮にも王国の一地域を守る騎士としては勇猛さに欠けるとも思われ兼ねません。メリナさん、彼に適した依頼書を持ってきなさい」


「はいっ!」


 一目散に行って戻ってきた私が持っているのは、先ほどピンで刺したばかりのアシュリンさんからの依頼です。


「……料理指南? 確かに俺は料理が得意だが、騎士としてはどうなのか……」


「よく見なさい。相手は猿みたいな者です」


「グッ……。危ないんじゃないか?」


 なんて臆病な……。アデリーナ様、プレッシャーを宜しくお願いします。


「グレッグ・スプーク・バンディール。何も恐れることは御座いません。騎士たる者、主人の為には命を捨てないといけない。そんな状況もあるでしょう。今回は命までは奪われません。良い経験で御座いますよ」


「……分かりました。謹んでお受け致します。陛下が俺の名を覚えてくれていたなんて、感激です」


 グレッグさんは悲壮な顔で依頼書を握り締め、ギルドを出ていきました。


「受領の手続きとか要らなかったんですかね?」


「さぁ。まぁ、何かあってもあの受付であればどうとでもなるでしょう」


「ですね」



 さて、再び暇な時間になってきましたね。

 本当に誰も来ない。誰も来ないように細工したのもあるけど。

 アデリーナ様はレポートをお書きのようでして、私はそれを尻目にソファーに寝転んだり、食堂っぽいところのテーブルの上で寝たりして時を過ごします。

 固さが丁度良いかもと受付カウンターに寝そべったら、アデリーナ様に目障りだと怒られました。



「ご苦労です! 楽しい時間を過ごせましたよ。また来てくださいね。いやー、お外で凄い仕事の依頼まで受けてしまうんだから、私は本当に有能です」


 激しく興奮するローリィさんが戻ってきたのは夕方。私達は一礼をして、さっさっと家へ帰りました。

◯メリナ観察日記39


 お嬢様はショーメ様と和気藹々とレポートを作成されております。お2人は本当の姉妹のようです。この平穏で幸せな生活が末長く続くように、爺は聖竜様にお祈り申し上げます。

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