楽しそうに読まれる日記
たぶん、今の私の唇はツヤツヤ。朝からお肉の脂でテカっていることでしょう。ナプキンで拭うのは勿体ないので、舌でペロペロです。
いやー、美味しかった。
ショーメ先生が特上竜肉ってわざわざ書いていただけあって、期待以上のお味でした。
そして、食材だけでなく、ベセリン爺が連れてきた使用人さん達の料理の腕がかなりのものであることも影響しているでしょう。彼女達との付き合いも長くなりましたね。諸国連邦に留学した時からの縁ですもの。そろそろ名前を覚えなくてはいけません。
「どうでした?」
黒い背広を着たベセリン爺が白磁器のポットからお茶を注いでいる横で、ショーメ先生が私に声を掛けてきました。
伺いの言葉に反して、自信満々のお顔ですね。しかし、私も認めざるを得ません。
「大変に満足しました。これで、ショーメ先生が熟睡している乙女の部屋に無断に入り、私の日記を伝言帳代わりに使った罪を許してやりましょう」
「まぁ、日記で困らないように書いてあげたのに酷い言い様でショックですよ」
ふん。
そこで視線をショーメ先生から外して、鼻に抜けるお茶の香りを楽しみます。
さて、今日はすること無いからもう一眠りかなとか考えていたら、食堂の入り口の扉が開いたのです。
現れたのは、獣の王、黒き白薔薇、残虐王、ぶりゅりゅりゅ大王と数々の異名を持つ金髪の女、アデリーナ様でした。まぁ、それらの異名は私の心の中だけでしか広まっていないんですけどね。
「何しに来たんですか?」
「慰労で御座いますよ。フェリスから聞いております」
「そうですか。ありがとうございます。では、用は終わったみたいですので、お帰りください。あっ、出口は振り向いた所にありますよ。私、案内しますから」
私がわざわざ立ち上がったというのに、肩までの長さを持つ、さらさらの髪を揺らしながら、アデリーナ様は私の食卓へと向かってくるのでした。
「アデリーナ様、お出口は後ろですよ?」
「ベセリン、私にもお茶を」
「畏まりました」
あれ? こいつ、図々しくない……?
「メリナさん、お座りなさい。フェリス、食器を片付けて頂けます?」
「はい。畏まりました」
「まだ用があるんですか? 私、忙しいんですけど」
「観察日記の確認を致します。取って来なさい」
「えー。何の意味があるんですか!」
「バカを放っておくと、バカな事をするでしょ? 見張られていることを常に意識させているのです。さぁ、持ってきなさい」
観察日記にそんな意味があったなんて……。
◯メリナ観察日記33(大魔法使いマイア)
今日は結婚式で、メリナさんの仕切りだったらしい。まあまあ良くできていた。
途中、あいつに出会う。私を救ったのにカレンを放置するなんてことは有り得なくて、やはり2000年前の戦いで彼女は本当に亡くなっているのだろう。
「アントン卿とコリーの結婚式で御座いましたね」
「はい。色々とありましたが、コリーさん、綺麗でしたよね。やっぱり花嫁って女の子の憧れですよね。そうですよね、アデリーナ様。憧れですよね?」
「憧れるかどうかの前に、メリナさん、私は結婚できないのではなく相応しい相手がいないだけですよ。諸国連邦の王子からまだしつこくアプローチを受けているのに。うふふ、困ったものだわ。で、どういった答えを期待したのかしら?」
「結婚できなくて悔しーって顔をして欲しかったです」
「……正直過ぎるでしょ? メリナさん、お忘れかもしれませんが、私、この国の最高権力者なのですよ」
「結婚して後継者を作る必要がありますよね?」
「ククク……。そんなもの、永遠の命を手にすれば不要で御座いますよ」
「ちょっ! なんで、そこでキモい笑い方なんですか!? 『こいつ、物語に出てきたら絶対に悪役じゃん』って、思いましたよ! いえ、ごめんなさい! 実際に悪役でした!」
「この日記の後半部にある『あいつ』とはフォビのことで御座いましょう? 長寿の秘訣をお教え願いましょうかねぇ」
「アデリーナ様、すみません。次の日記に進みましょう。だから、その薄笑いを止めてください」
「あら? 怯えてらっしゃるの?」
「はい。結婚できないから神を目指すとか、尋常じゃないです」
「……メリナさん、聞いていました? 私、結婚相手を待っているだけですよ」
「絶対にその結婚相手、現れないもん」
「は?」
「……次行きますよ」
○メリナ観察日記34(剣王ゾルザック・マーズ)
また完敗だった。
己の限界はここなのか。いや、そんなことはない。
俺に足りないものは何だ!?
分かっている、薄々と気付いている……。
「足りないもの?」
「あぁ、竜の巫女になったら強くなれるって思い込んでたみたいなんです」
「なんと愚かな。逆でしょうに。強い女が竜神殿に集まるのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「副神殿長による面談とか見習い制とか推薦状制度とか、何の為にあると思っているのですか。一芸に秀でた者を選別しているのです」
「へぇ。そう言えば、アデリーナ様はどうして竜の巫女になったんですか?」
「王都の館を強盗に襲われたのです。無論、レグナー王派の差し金で御座いましょうがね。その翌日です。フローレンス巫女長が私を保護して下さったのです。感謝したものです。実際には、巫女長は憐れみの情だけで私を救った訳ではなかったでしょうが」
「フランジェスカ先輩は?」
「あれは推薦状ですね。どこかの村の出身で竜の声が聞こえる子供として情報部から推薦されたみたいで御座います。メリナさんも巫女長の推薦状でしたね?」
「はい。当時はあの優しそうなお婆さんが、あんな化け物だったとは思いも依らなかったです」
「同感で御座います」
「……あいつ、人間なんですか?」
「ルッカに確認しましたら、人間だそうですよ」
「人類の可能性は無限大、って実感しました」
「えぇ。悪い方に」
○メリナ観察日記35(剣王ゾルザック・マーズ)
あのメリナが憔悴させる程の実力者がいるとは。やはり竜神殿は底が知れない。
今日、使者が来た。
遂に動き出す時が来たのだな。アントンと共に練った俺の巫女化計画が。
俺は更なる力を得るのだろう。楽しみだ。
「メリナさんが憔悴?」
「それ、巫女長です。るんるん日記でアデリーナ様をからかっていたら、巫女長に襲われたのです。最悪でした。見てたでしょ?」
「完全にメリナさんが悪いじゃありませんか」
「そんなことないです。元はるんるん日記を書いたアデリーナ様が悪いです」
「これ、私の書に勝手な名前を付けてはいけません」
「あっ、マイアさんの所で、ヤギ頭も机に向かって何か書いてましたよ。いい加減、和解してはどうです?」
「和解? 何も喧嘩しておりませんよ。興味がないだけで」
「ヤナンカが復活したのです。なので、ヤギ頭を元に戻してもらって、ヤギ頭に新しい奥さんを宛がって子を生ませれば弟か妹ですから、アデリーナ様の後継者が出来上がりますよ」
「……ふむ、一考する価値は御座いますね」
「いや、ないでしょ! 自分で言いながら何言ってんだろとか、私、思ってたんですよ。所謂、突っ込み待ちです! 自分の家族を何だと思っているのですか? 家畜みたいに子供を増やさせるとか酷い」
「まぁ、覚えておきますよ、その進言。さて、日記の巫女化計画には触れておきます?」
「それは結構です。アントンと剣王、どちらも妻帯者なのに何処ヘ向かおうとしているんでしょうね」
「うふふ、2人で結婚したりして。あっ、冗談で御座いますよ、メリナさん」
「……あり得そうです。そんなことになれば、新婚のコリーさんが憐れです……。最悪です……。王権でそれだけは避けて下さいませんか。お願いします……」
○メリナ観察日記36(ソニアちゃん)
お金の力は凄い。
メリナ、ごめん。ゾルを宜しく。
「あっ! アデリーナ様、賄賂です! 賄賂! 神殿に私腹を肥やしているヤツがいますよ!」
「それが役得なのですから構いませんよ」
「えぇ……。役得って……」
「私も新人寮の管理人ですから、見習いやその親達から付け届けをよく頂きました」
「そんな! おかしい! 納得できません!」
「政治が金で歪められるのは宜しくありませんが、竜神殿は世の中を動かす組織でもありませんから。あっ、でも、動かしてしまいそうな才媛ばかりなのは国にとって損害かもしれませんね」
「笑い事じゃないですよ!」
「何を怒るのです? その付け届けが無いからと言って差別はしませんよ」
「だって! 私は役得を感じたことがありません! 魔物駆除殲滅部の役得って何ですか!?」
「うーん、仕事をしなくても首にならないこと?」
「……他の部署なら、巫女でも首になるんですか?」
「ムダ飯くらいは排除でしょう」
「……私が礼拝部に行ったら?」
「マナー講習を朝から夜まで。それから、踊りの練習を夜から朝まで。メリナさんは逃げ出すでしょうね」
「……それ、誰でも逃げ出しますよ……」
「あそこの部署は小さな頃から社交的な訓練を受けた者ばかりですので、メリナさんが追い付くにはそれくらいしないと。貴女、有名だから即戦力化を期待されるのよ」
「私が異動できそうな部署は……?」
「神殿の案内役でしょうかね。神殿に住んでいて、適当に歴史を語ることができれば務まりそうです。有名なメリナさんに案内されたなんて、一生の想い出になりそうですし」
「おぉ。意外に真摯な回答、ありがとうございます!」
○メリナ観察日記37(フェリス・ショーメ)
メリナ様、今日もお早いお帰りですね。
お仕事してます?
オズワルドさんからメリナさんが盗んだお金の件で手紙が来ましたので、金額を書いて返送しておきました。無理を承知で申しますが、メリナさんが早く更生されたら良いですね。
「これ、酷くないですか?」
「えぇ、窃盗ですものね。メリナさんは酷い人間です。魔王です」
「そうじゃないです! 勝手に盗んだって決め付けられて、しかも、無理を承知で更正を願うとか、ショーメ先生、調子に乗ってます!」
「オズワルドに詫びは入れておきなさい」
「……はーい。ショーメ先生も一緒に謝ってくれるって言ってましたし」
「メリナさん、この日に貴女が襲った薬師処の見習いは暫く療養だそうです」
「喧嘩を売られたんです。どうもルッカさんに操られていたみたいで」
「薬師処からクレームが入りました。人手が足りなくなったから、応援を寄越せと」
「フランジェスカ先輩が行くんですかね?」
「決めるのは部長を兼務している巫女長です。でも、フランジェスカでしょうね」
「そうですか。アデリーナ様、それよりも聞いてください。フランジェスカ先輩の精霊は聖竜様だったんですよ!?」
「知っております。私とフランジェスカは同期ですから。裏口から入った私としては正統な理由で巫女となったフランジェスカを羨ましく、眩しく思ったものです」
「あー、だから、友だち認定してるんですね?」
「友だち認定って……。フランジェスカとは、昔から真の友人ですよ」
「怖い、止めてください。アデリーナ様の深い心の闇に私も覆われそうになる!」
「……メリナさんも真の友人ですよ……?」
「止めろッつーてんでしょ! 闇が深すぎるんですよ!!」
◯メリナ観察日記38(フェリス・ショーメ)
ぐっすりとお休みの中、失礼します。
本日は本当にお疲れ様でした。特上竜肉のステーキを用意してますので、起床されたら食堂にお寄り下さい。これで貸し借り無しですね。あっ、違った。一緒に謝るから、私に借り1つですよ。
「アデリーナ様、話題を変えましょう。ルッカの息子は死にました」
「フェリスから聞いております。ご苦労様でしたね、メリナさん」
「それから、私の第3の精霊にも会いました」
「あの巨大な白い竜で御座いますか?」
「はい。長ったらしくて名前は覚えられませんでしたが、なんと聖竜様のお祖母様だったのです!」
「ほう。それはあれですかね、やはり間抜けで無能な感じのドラゴンでしたか?」
「ちょっと!? どういう推察をしたら、そんな結論になるのか分かりません!」
「ヤナンカも復活したとか?」
「あっ、はい。ルッカとヤナンカが手を組んでいたんです。魔族ってのも仲間を作ったりするもんなんですね。一匹狼的なイメージがありました」
「巫女長から派生したベーデネールは、帝国で飼われていた魔族を何匹も召喚しておりました。自己愛の強い魔族でも緩くであれば組織化できるのかもしれません。しかし、あれだけの魔族を所有しながら、王国を攻めなかったのは謎ですね。少しずつ王国を侵食する予定だったのか。ほら、蟻猿の巣にいた魔族とかね」
「あー、あの帝国の金貨を持ってた?」
「はい。ところで、メリナさん、7人目は?」
「それ、危険ですよ。思い出そうとしたマイアさんが殺気たっぷりの魔法を喰らってました。どこから発動したのかも分かりませんでした」
「で、マイアは思い出せました?」
「いえ。ヤナンカも知らず、聖竜様も知らずのようです」
「……それでは、これ以上の調査は困難になってしまいますね。何か手掛かりは?」
「記憶を消されているようです。甦生魔法についても同じく記憶を消されていました」
「甦生魔法? 興味深い」
「あっ、聖竜様が『良くない、良くない』って何回も言っていたから、もう使わないですよ」
「興味深い」
(何とかプレゼンを乗りきりました。相手にメリナさんとギョームさんがいて、少し笑ってしまいました)




