秘術の秘密
息子さんと別れの言葉を交わしたルッカさんは硬い石床にへたり込んでいて、声を掛けにくい雰囲気でした。
マイアさんもそう感じていたのでしょう。隣に来て私の背中を静かに押し、ここを黙って去ることを促します。
ガランガドーさんはここに残る選択をするみたいです。意外にルッカさんとは仲良さげな彼でしたので、悲しみを慰めたいのかもしれません。私は彼の意を汲んで許可します。
階段を上り終え、両手を上げて背伸びをします。開放感が素晴らしい。やり終えた。ルッカさんとの戦争を避けられたのです。
「お疲れ様でした、メリナ様。期待した通りの大活躍でしたね」
何もしなかったショーメ先生がぬけぬけとそんな事を言いました。
「本当に疲れましたよ。ルッカさんがお怒りになっていたら、先生はどうしていたんですか?」
「そうならないように、メリナ様に彼女の息子の死を伝えたんですよ。あの時の私、ベリーベリーグッジョブって思っております」
良いように使われたなぁ。
「これ、貸しですからね」
「はいはい。分かりましたよ。オズワルドさんのお金を窃盗し続けていた件、一緒に謝って差し上げますから」
窃盗って……。部屋に放置してあるのを有効利用しようって思っただけで、盗んだのでは決してない。だって、いつか返そうって思ってたもん!
「……ありがとうございます」
しかし、私は提案を承諾します。オズワルドさんはショーメ先生より立場が下。なので、彼がごちゃごちゃ言わなくなることが期待されたから。
「イルゼ様、お待たせしました。用事が終わったので帰りましょうか?」
入り口の扉付近にまだ座っていたイルゼさん。顔が埃で黒くなったりしていますが、私のコピーが出現しては爆発する環境でもあーやって静かに座っていたのでしょうか。
「はい」
短く答えたイルゼさんは異様に落ち着き払っていて、再び狂ったのかなと不安になるくらいでした。
何回も挫折しては回復して、また挫折してを繰り返し、それが心に大きな負担になってしまったのだと思います。
貴女は悪くない。貴女を聖女に選んだヤツが悪いのです。
あっ……選んだのは私だった……。ごめんなさい。私は悪くないので、悪いのはやっぱりイルゼさんです。もっと気楽に生きたら良いんですよ。
「メリナさんはまだ戻らないで」
「ワットちゃんの所にー行こーかー」
長生きコンビが私を引き留め、「承知しました」とショーメ先生が答えてイルゼさんと共に転移しました。私もマイアさんの転移魔法で聖竜様の居室へ行きます。
凄い。私の意思を全く確認しないまま、事がナチュラルに進みました。
でも、反感はありません。だって、聖竜様にお会いできるのですから。
照明魔法はヤナンカ。私の照明魔法は周りを煌々と照らす感じなのですが、ヤナンカの出した光球は優しい光です。直接見ても目を刺すような強烈さはありませんでした。
明度は十分でして、恐らくは無駄に魔力を消費しないように調整しているのでしょう。ちょっとした事ですが、それだけにヤナンカの経験の深さ、慎重さが窺い知れました。
さて、突然の来訪を驚く聖竜様にマイアさんは軽く詫びつつ、すぐに本題に入りました。
「ワットちゃん、さっきのメリナさんの魔法を見てた? 見てたでしょ?」
『……う、うん。変な干渉があって音は聞こえなかったけど』
「甦生魔法にー見えたー?」
『似てたかも……』
ルッカさんが座り込んで、代わりに私が立ち上がった先程、マイアさんとヤナンカが少し後ずさった理由が分かりました。
先程の魂魄をこの世に現すとかいう魔法に、不可能とされる甦生魔法に魔力の動きや質が類似していたのだそうです。
ん? でも、不可能なんですよね……。
「2人は甦生魔法を見たことあるんですか?」
「1度だけ。ワットちゃんもヤナンカも、あの1回だけよね?」
「うん。でも、メリナが使うまでー忘れてたー」
「私もなのよ。……まさか、7人目の英雄と同じように記憶が封印されていた?」
『7人目の英雄? 何それ?』
「ワットちゃん、それは後回しにしましょう。それよりも協力して欲しいことがあるの。メリナさんの詠唱句を言うから、竜語に変換して。たぶん古い系統が良いと思う」
マイアさんは巧く話を切り替えました。7人目の英雄について深く考えると死にます。不可思議な攻撃を受けるのです。マイアさんでさえ、耐えることはできても防ぐことができなかった魔法。聖竜様が同じ目に合わないように配慮したのでしょう。
「深淵たる我、九皐に座する我、螭魅を掌理する我が命ず。此は嬖人の願いなれど、遥かなる我が宸翰。郯々を繰り返す炎涼の堰を留め、越次なる倖利を告げるべく、惆鈴を衅る。はい、以上、螭魅は大きな竜の事だから、たぶん、この精霊の言語は竜語系」
スゲー。マイアさん、あれを一回聞くだけで覚えられるんだ……。天才。まさしく大魔法使いです。
『最初の要請部だけで良いのかな? 凄いね。対象精霊無しで命じてるよ、これ』
聖竜様が驚かれましたが、その凄さは私には分からない。ただ、普通の詠唱句だと「願う」なのに「命ず」なんですよね。そこだけは理解できました。
「よっぽどー高位の精霊ーなんだねー」
『ゲルンダザッブルアサイス、ニィルヘルクヤンゲルバ、ドムアンディールシャールル。こんな感じ。何か分かるかな?』
「ヤナンカ、聞いたことは? 精霊名に繋がるヒントがあると思ったんだけど」
「ないねー。マイアも無さそーだねー。ワットちゃんは?」
『んーと……。あっ! 心当たり……あった……。別系統の竜語だと、真ん中はニルヘルグだ……。お祖母ちゃんだ……』
っ!? んだとっ!!
聖竜様の身内だったのか!! 失礼致しました!!
ガランガドー! 丁重に丁重にお詫びを申し上げなさい! 何なら、お前の身と命を捧げて詫びましょう!
『詫びるのは我でなく主なのである』
聞こえたか!!
よしっ! 今すぐコンタクトを取りなさい!
『無茶である。あの方は怖いので。ガタガタ震える』
いやーっ!! 私、手土産も持たずに会っちゃったんだよぉ!!
『それどころか、ぶっ殺す気満々で魔弾を連射していたのである』
うわー。礼儀知らず過ぎて、穴が有ったら入りたいくらい恥ずかしい!
『死んで詫びるくらいの無礼さであったな』
だから、お前が身を捧げろって!
余りの衝撃に私がガランガドーさんと言い合っている間に、過去の英雄達の話も進んでいました。
『会ったことないの。名前もね、本能レベルで刻み込まれてるみたいな。不思議な方』
「そいつなら、甦生魔法が扱える……」
「カレンもー、ブラナンもー、元通りー」
『……甦生魔法は良くないと思うなぁ。うん、良くないよ。止めようね?』
「分かってる。安心して、ワットちゃん。あの記憶を封印されていた理由なんだと思う」
「誰がー封印したかー、だねー」
何だか私を措いて話が進んでいまして、寂しい気持ちです。真剣な眼差しの聖竜様を見詰めつつ、暇を潰します。
やがて皆の中で話が付いたのでしょう。聖竜様の転移魔法を受け、遂に私は実感として数ヵ月ぶりに愛しのマイベッドに潜り込めたのでした。
◯メリナ観察日記38
ぐっすりとお休みの中、失礼します。
本日は本当にお疲れ様でした。特上竜肉のステーキを用意してますので、起床されたら食堂にお寄り下さい。これで貸し借り無しですね。あっ、違った。一緒に謝るから、私に借り1つですよ。




