奇跡の秘術
ガランガドーさん、お疲れ様です。
『ふむ。主よ、何とか発見できて良かったのである』
はい。取り返しの付かないことになるところでしたね。寸前で何とか持ちこたえたと思います。
ルッカさんが500年前に産んだ息子さん。彼は普通の人間でしたがブラナンとヤナンカに無理矢理に寿命を伸ばされ、今日まで生きていました。なので老化もここまで進むのか驚愕するくらいでして、乾ききった枯れ草のように弱い力でポキリと折れそうなのです。ってか、実際に持ち上げた片足が折れたのは秘密です。
ブラナンはこのルッカさんの息子から精子を採っていたと聞いていますが、どうやっていたんだろう。あっ、これはただの疑問でして興味はないです。
さて、私と巨竜のじゃれ合いの余波に巻き込まれた彼の亡骸ですが、そんな状態でしたので、頭部以外も損傷していたのです。
胴と頭、右腕、左太股、そして、左足の膝から下。大きく4つの部分に分かれてますね。頭部は砂の中に埋もれていたので、探すのに3日も掛かりました。その苦労を思うと、とても感慨深い。
しかし、これ、本当に完全に死んでますね。これで生きていたら、巫女長並みの生命力です。怖すぎ。巫女長なら生きているのか?と訊かれたら答えに困りますね。生きてそうだから。
じゃあ、戻りましょうか?
『うむ。あっ、主よ、最後に一言』
何でしょう?
『先ほど、主は自己暗示の様に言っておったが、今が取り返しの付かない事態なのではなかろうか?』
はぁ!? はぁああ!?
お前、覚悟を決めて、今から戻ろうとしている時になんて発言するんですか!?
じゃあ、お前、言ってみろよ! これ、どうしたら良いんですか!?
シミュレーション結果では、この死体を消し去ってもルッカさんはお怒りになるんですよ!
ここは開き直って「ボコボコにしてやったわ、お前の息子」って言い放つしかないじゃない!?
『いや、主よ。過剰にボコボコにし過ぎの状態である。そんな事を本当に言えば、万人がドン引きするであろう』
ふん……。分かっています。
邪神の演技ではあったものの、最善は聖竜様に奇跡を祈ることとなっています。お前も祈りなさい。
『えっ? 我も行くの?』
私を独りで行かせる気だったんですか?
傍に居て下さい。ショーメ先生も助けてくれそうにないし。お前しか頼る者は居ないのです。ガランガドー、お願いします。お前の知恵と戦闘力に期待しております。
『……本心は?』
私の心が読めるのだから、分かっているでしょ?
盾くらいにはなるかなぁ、です。
『主よ!!』
さぁ、行きますよ。
もう呼吸をするかの如くに扱えるようになった乙女の純血占いを使い、私はマイアさんの居室の隠れ地下室に戻ります。
ここは狭くて事前に中型犬サイズに変更したガランガドーさんも隣にいて、器用に口で咥えながら、ルッカさんの息子の体を一つずつ魔法陣の上に置いていきます。
私は両膝を突き背中を伸ばしながら、両手を胸の前で組んでお祈りをします。頭はちょっと下げて真剣さも出します。
「あー、あー、聖竜様。聖竜スードワット様、奇跡を、奇跡をお願い致します。この哀れなる男を復活させて下さいませませ」
目をギュッと瞑って、涙が零れないかと期待します。
『主よ』
何です? 忙しいんですけど?
『あれであるな。その亡骸の頭を探すのに手間取ったが、よくよく考えれば、主の魔力操作で作った復元物で十分であったな』
ふざけるな。これ以上、死者を愚弄する気はありません。
『主よ、強がっても無駄である。今、あー、その方が楽だったなぁ、って思ったのである』
うっさい。お前も聖竜様、いや、あの大きな竜に祈りなさい。私の祈りじゃ届かない気がします。
『うむ』
ガランガドーさんの承諾の後、複数の者が階段を降りてくる音がしました。
「メリナ様ー、どうしたんですか? 何かあったんですか?」
ショーメ先生の声です。あいつ、ぬけぬけとよくもそんな下手な演技ができるものですね。演技とはこのようにするものなのですよ。
「聖竜様、聖竜様、貴方に忠実にして敬虔な私の願いが届いているものと思います。どうかルッカさんの息子の復活を。復活させて頂けるなら、私の全てを貴方に差し上げます。全部。本当に何から何まで。恥ずかしいなぁ、えへへ」
ダメダメ。にんまり笑ってはルッカさんが怒ってしまいます。
「何かーキモい笑いがー聞こえたよねー?」
「メリナさんですね。ん? あっ……そういうことか……。事情は分かりませんが、ルッカと敵対したメリナさんは彼女の息子の息の根を止めたということか……」
「ノヴロクをー? わー、メリナもやるねー。身内を殺られるのはー、かなり精神に効くんだよねー」
祈りを一旦中断して、否定すべきですね。通路を進んでいる彼女らへ、私は座ったまま語り掛けます。
「違いますよ。不幸な事故で死んだのを察知したんです。だから、聖竜様に祈って復活させてほしいと願っているのです」
私はそう反論した上で、また祈りに戻りました。
「こんなの、全面戦争じゃない……」
バラバラ死体を見たマイアさんの感想です。ショーメ先生がその後ろで微かに笑ったのを私は横目で確認しましたよ!
「メリナー、私が言うのも何だけどー、こういうのは悪知恵って言ってねー、あんまり良いことじゃないんだよー。メリナらしくないよー」
こちらとしても不可抗力だったのです。言いたい事はいっぱいありますが、今は計画を遂行するだけ。無視します。
この時、上階にいるルッカさんが動き出したのが魔力感知で分かりました。当然に向こうも私が息子さんの近くにいることを把握されたでしょう。かなりのスピードでこちらへ向かっています。
場に緊張感が走ります。
「メリナさん、戦闘になるならお外でお願いしますね。ワットちゃんも驚いていたから」
あー、そうか。
聖竜様のお住まいと、このマイアさんの居室は同じ巣穴にあるんでしたよね。ここは拡張前の聖竜様のお住まいでしたっけ。
『そうであるぞ、メリナ。だから、遠くでやってね』
あっ、聖竜様! えぇ、聖竜様、私のお祈りも聞いていたんですか!?
『うん。でも、無理だよね。その人、もう死んでる。あっ、メリナが殺してないのも知ってるよ』
そうなんです。これ、ルッカさん、怒りますかね?
『うーん……。どうだろうね。どのみち、長くはなかったんだけど、バラバラにしてるのは良くないかも。あっ、我からもルッカに喧嘩しないように伝えようぞ。だから安心して』
おぉ、聖竜様! さすが聖竜様! 私の愛する竜!! いつ結婚します?
『まずは喪に服そうか』
服す、服す! その後に結婚式ですかね!
子供は何匹欲しいですか!? 私、いっぱい産卵しますから!
「巫女さん……クレイジーってレベルじゃない……やり様ね?」
興奮する私に冷や水を浴びせ掛けるような、ルッカさんの声色でした。でも、私に焦りはない。覚悟できているから。むしろ、頭が冷静になったくらい。
「あっ、ルッカさんもお祈りしましょう! 息子さんが死んだみたいなんです! 私、聖竜様に祈っているんです! ルッカさんも聖竜様に祈って救ってもらいましょう!」
私は膝立ちのまま顔だけ振り向いて言います。
『無理である。メリナちゃん、死者は復活しないんだよ。ごめんね』
あっ聖竜様、お答え頂きありがとうございますっ! でも、良いんですよ! むしろ、こちらこそ、ごめんなさい!
「ノヴロク……。ごめん。最期までお母さんと喋れなかったね……。ごめんね……。今まで長く生きて来たんだもんね。あっちではゆっくり休むんだよ……。お父さんもいるからね……」
……ルッカさん、泣いてる……。
この展開は考えていなかった……。スッゴい罪悪感……。
私はお祈りを忘れて、ルッカさんが泣き止むのを待ちます。ガランガドーさんもバツが悪そうに首を垂れていました。
「巫女さんさ、教えて欲しいんだけど、アデリーナさんのオーダーだよね?」
涙を拭き終えたルッカさんは、何故か黒幕について的確な答えを口にしました。
正解とは言え、どう答えるべきか……。少し考える。
「はい。そうみたいですよ。ショーメ先生が言っていました。……でも、亡くなったのは事故なんですよ。私達は奇跡を祈りましょう。奇跡が起きないなら彼の安息を願いましょう」
真実を伝えるのが最善。
アデリーナ様に全責任を負わせるのも有りですが、ルッカさんの涙を見てしまった後では真摯に対応しないと失礼になるかと思ったのです。
『おぉ、主が成長しておる』
うるさいですよ。お前は早く、あの巨竜にコンタクトを。
「アクシデントねぇ……。巫女さん、ノヴロクの体がバラバラなんだけど?」
ルッカさんは冷静。怒ってない。
私は目を見開いて、更に続けます
「転移の練習でいっぱい爆発が起きたから、それで魔法陣からずれ落ちたんです。私の責任でもあるから何とかしようと思ったら、こんなことになってしまったんです……。本当になんて事をしでかしたんだろう、私……」
目が乾き、それに応じて涙が分泌されます。そして、私の頬にも一筋の涙が流れました。
それを見たルッカさんの表情に驚きが現れます。良い展開に進んでいます。
うふふ、ダメ。笑うのは事が終わってから。今は、今だけは我慢するのですよ、メリナ。
あぁ、顔の筋肉が歪んでいくぅ。
「分かったわ、巫女さん。体を震わせてまで悲しんでくれるなんて……。私が悪いの。分かっていたわ、本当は。ノヴロクの死が近いのも知っていた。あぁ、最期の時にも立ち会えないなんて……。あはは、母親失格。巫女さん、私を殺して」
だめ、本当に笑いそう……。
「ぶふっ」
あっ……。やっちゃった……。
「っ!? ……巫女さ――」
ヤバっ!! ルッカさんの体内の魔力が戦闘向けに動き出す。殺るしかないか!
『主よ!! 今である! 体の自由を我に!!』
来たかっ!!
私は組んでいた手をだらりとする。
すると、すぐに口が勝手に動き出します。
「深淵たる我、九皐に座する我、魑魅を掌理する我が命ず。此は嬖人の願いなれど、遥かなる我が宸翰。郯々を繰り返す炎涼の堰を留め、越次なる倖利を告げるべく、惆鈴を衅る」
白く輝く私。歴戦のマイアさんもヤナンカでさえも動揺しているのが分かりました。
次いで、私を覆う光の一部がルッカさんの息子へと伸び、彼の中へと入ります。
ルッカさんの剣が私の首筋に当たりましたが、それは弾かれる。無事だったから良いものの、マジ容赦のない攻撃ですよ。
「……ルッカ、止めなさい。奇跡が起きる……かも」
マイアさんの言葉が震えていました。
それ以来、ルッカさんも大人しくなって言葉を受け入れたようです。
やがて息子さんを離れた光は、捏ねられるようにグニャグニャと変化しながら、1つの塊へとなっていきます。そして、現れたのは1人の青年。ただ実体はないみたいで、向こう側が透けています。
「……母上?」
喋った……。
「巫女さん! フェイクで私を愚弄するのね!!」
「ルッカ、違うー。これ、たぶん、魂魄を現世に出す秘術ー」
ヤナンカがルッカさんの興奮を和らげる発言をしてくれました。真偽は分かりません。
「……魂魄?」
「たぶん、ヤナンカの言う通り。魔力の動きがそれっぽい。私も過去に一度しか見たことがないヤツ……」
マイアさんまでそれっぽく言って援護してくれました。それで遂にルッカさんも信じたようです。私への敵意が消えたから。
「本当に!? 本当にノヴロク!? ノヴロクなの!?」
「初めまして母上。聞いていた通り、お美しい姿です」
「あぁ……。ノヴロク、ノヴロク! ごめんね! 貴方を置いて行って!!」
「謝らなくて良いんですよ。会えて良かったです。長生きするもんだね」
剣を落としたルッカさんはその手を口に当て、ボロボロと涙を流して服を濡らす。
「寝てたけど、声は聞こえていたよ。母上、世話をしてくれてありがとう。ノヴロクは幸せでした」
「もっと幸せにしてあげれたのに!!」
「もう十分です。母上に挨拶したばかりですが、もう僕は逝かなくてはなりません。僕は死んでおりますから、本当はここにいるのはいけないことなのです。もうすぐ迎えが来るようです」
迎え? 死んだらそんな物が本当にあるのか?
「あぁ、ノヴロク!」
「最後に我が儘を。母上、僕を抱いてくれませんか?」
「も、勿論よ!」
ルッカさんは腕を息子さんの背中に回して強く抱きつきます。頬擦りまで。
実体がないと思ったけど、色合いが薄いだけなのか?
「さようなら、母上。長生きなさって下さい。私を想ってくれていたくらい、私も貴女の幸せを祈っております」
ノヴロクさんの体が消える。
ルッカさんは脱力して尻を地面に付けました。私は膝が痛くなってきたので立ち上がります。
疲れたので肩をグルグル回しました。
するとマイアさんとヤナンカが後ずさったのです。まるで私に恐れを為したみたいで、妙な違和感を持ちました。
(水曜日に英語プレゼンなのに、小説更新する私は偉い。現実逃避とも言う。ヤバい。本当にヤバい。スプラトゥーンもしたい)




