守護精霊みたいだからさ
巨大な相手。かなりのスピードで走っているのに、全然大きさが変わらない。たぶん、聖竜スードワット様より10倍、いえ、20倍は大きい。
荒れた土地を疾走する。ガランガドーの伴走はない。私が声を掛けなかったから。
でも、きっと遠くから「竜の嘶き」とか叫びながら、遠距離攻撃をしてくれるものだと思います。
『あ、相手が悪いのである。主よ、止まった方が良かろう』
チッ。戦意喪失してたか。
黙りなさい。そんな臆病なヤツは戦う必要はありません。奇跡を祈って、そこの死体に回復魔法を唱え続けてなさい。
『主よ! 本当に、その聖竜様はヤバいって!!』
うるせー!!
一発痛い目にあって、聖竜の名を返上してもらいます!
私は前方を睨む。山のようにでかくて、頭を殴りに行くだけでも、その白い体を登山するみたいになりそうです。
目が合う。
あの眼球だけでもたぶん、魔物駆除殲滅部の小屋よりも大きい。
それが閉じられた瞬間、魔力の風がこちらへと向かってきました。ただ、魔力なので私の勢いを殺す訳では――えっ、体に力が入らなくなった!
それまでのスピードに足がついて行かず、私は盛大に頭から地面をスライディングします。
いっつー……。
たぶん、擦り傷で顔からも出血していますね。
『主よ、あれは主の守護精霊である上に、我や邪神の上位に立つ者。主への魔力供給を絶ったのである』
経験あります。邪神と戦った時、同じように私は弱体化されたのです。特に模擬戦の最中に現れた時は完全に無力化されました。あの時はアデリーナ様のアドバイスを受け、聖竜様に祈ることで解決したのを覚えています。ヤツから魔力を供給されたのでしょう。
……ならば、邪神やガランガドーさんが私に魔力を渡せば良いのでは?
『……主よ、あれは竜の王。我らの魔力も遮断し得る。ていうか、しておる。その気になれば、主の生命を維持する魔力さえも止められる』
チッ。そんな話は信じ――ウッ!!
な、何? 心臓の鼓動がちょっと止まったんだけど……。わっ、すごく鼓動が乱れてる……。
『主よ! 早く謝罪するのであるっ!!』
ガランガドーとの念話を盗聴されていたか。
生意気な……。聖竜の名はスードワット様だけのもの。それをヤツに思い知らしめるまでは私が倒れる訳にはいきません!
私は立ち上がる。心臓の動きだけでなく、全身の筋力も弱まり、足はフラフラですし、呼吸さえ不十分。戦う以前の調子ですが、私は視線だけは敵に向け、打ち倒す意思を強く表す。
周りを漂う魔力を体内へ。そして、それを用いて心臓を無理矢理に動かす。完全にリズミカルとは言いませんが、さっきよりはマシ。即死は免れましたね。
次いで、全身に魔力を張り巡らせて立体魔法陣の要領で全身を再構築します。無論、ヤツの支配下にあるも同然の心臓も作り直します。手間取ることはなくて、自分のコピーを作り続けていた成果ですね。
「ふん。お前の力を借りなくても戦えますよ。首を洗って待ってなさい」
私の強気の言葉はいつもより低い声でした。
竜化。
過去に巫女長の分裂体によって私は黄金に輝く竜となったことがあります。だから、イメージしやすかったのも有るのでしょう。初の試みでしたが、問題なく私はあの時と同じ様なドラゴンとなり、大きな羽根で砂埃を舞い上がらせながら飛翔します。
以前は喋れなくてアデリーナ様に通訳をお願いしていたことも覚えていて、今回はちゃんと改善しました。喋れます。そもそも、今の状況で喋る必要があるのかという疑問もありますが。
『おぉ! 主よ! そうであったか! 自前で魔力を動かせば、制約を受けぬのか!?』
ガランガドーさんが叫びましたが、私は既に敵の真上を取っていて相手をしてやることはできません。
上から見ても巨大。太い尾が白い川のようにうねっており、赤茶色の大地とのコントラストが気持ち悪い。
んー、これ、心臓を貫くにしても中途半端な威力じゃ届かないか。
グルグルと大きく旋回しながら私は喉元に魔力を集め続け、最大限に溜めたところで放出します。その間、敵はゆっくりと首を上げ、私を見ているだけでした。
「消滅しなさい!!」
咆哮の如く大きく開けた上下の牙の間から、黒い弾丸の様な魔力の塊を放出。その勢いに追随しきれなかった一部の魔力が尾を引きながら、白い巨竜へと迫ります。
当たる寸前に巨竜も動く。真っ赤な中が見えるくらいに顎を開け、目を眩む程の白光を作る。魔力の塊か?
生意気にも私の出した物よりも2回り大きい。
巨竜の口腔からゆっくりと上空へ放たれたそれに、私の漆黒の球が衝突。
周りに大きな衝撃波が生じ、視認できるほどの強烈な波動が空を飛ぶ私にも襲い掛かる。
しかし、私は恐れないし怯まない。
羽根でしっかりと空気を捕まえ、二撃目を用意。相克していく黒と白の球に向け、追い討ちを掛けます。
巨竜が目を見開いたのが確認できて、私は少し満足しました。
圧し込める。そう判断した私は2発、3発と連射。地上では色んなものが吹き荒び、竜の白い体も砂塵で隠れていきました。
それでも、私は止まりません。どちらがご主人様かはっきりと分からせるのがペットの躾ですから。
『あはは。ユニークね、あんた。そんなの言われたの、初めてだわ』
突然に、頭の中で女性の声が響く。
『いい、いい。大体の状況は分かったからさ』
間違いなく白い巨竜の言葉だと思う。私の記憶を読んだ上で、念話してきたのでしょう。
分かったのなら、大人しく言うことを聞きなさい。
『勝手に襲ってきたの、あんたじゃん。でも、いい。やっぱ、あんた、見所あるわ。うん、聖竜の称号はワットにやるよ』
えっ? 良いんですか。
もしかして、凄く物分かりの良いヤツだったんでしょうかね……。
『私はそうだね、うん、聖母竜を名乗ろうかな』
聖竜でなければ、何でも良いです。ありがとうございます。
『良いってことよ。わたしゃ、あんたの守護精霊みたいだからさ。あはは』
砂埃の合間から白い竜の頭が覗く。
あれだけ叩き込んで無傷か……。
『よいしょっと』
巨竜の気合いの声の後、先ほどまでの土煙が一斉に鎮まる。風で吹き飛ばした訳でもなく、最初から何も飛んでいなかったかのように。
そして、大きな腕で私に寄れと合図をしてきました。
迷うが従う。今のこいつに私は敵意を持っていないし、こいつも襲ってくる気配はない。
『メリナ、あんた、私の下に入るかい?』
は?
着陸する場所に困って、白い背中に座った途端に、こんな上からメセンの言葉を頂きました。アデリーナ様に匹敵する程に無礼なヤツですね。
入るはずないでしょ!
お前は私を守護する役目の家来ですよ!
『あはは、庇護される立場って考えないんだ。うん、その反骨心は評価するわ』
チッ。
『大丈夫。あんたの思いは理解してる。まず、スードワットの称号の件はさっきで解決ね。次に、そこの人間の命ね。うん、無理。助からない』
なっ!?
『でも、まぁ、何? 母親の魔族が感謝する感じには仕立て上げれるから、任せな』
……お前、そう言いながらガランガドー並みにポンコツじゃないでしょうね?
『主よ!! 我は――』
如何に自分が有能か主張しようとしたガランガドーさんの言葉は途中で掻き消されます。
『おい、そこの黒蜥蜴。誰の許可で念話に入ってきた?』
急に口調が変化した巨竜によって。
『……ひぃ……』
余りに弱々しいガランガドーさんの怯え声が聞こえました。いくら情けないガランガドーさんでも、ここまでの情けないのは聞いたことがない。
『本能で分かるであろう? 全ての竜の始祖である私と只の精霊でしかないお前の力の差を? 念話から外れろ』
それを受けて素直にガランガドーさんは言葉を発しなくなりました。
『さて、本題。あんた、フォビを殺す気だよな。オッケー。協力してやるよ』
……何故、フォビの件で協力を?
『あはは。神にも色々と事情があるんだって。あんたが良けりゃ、神にしてやんぜ?』
悪いですが、お前の仕掛けた罠にしか思えない。断ります。
『あんたさ、戦ったら私に勝てるとでも思い上がってる?』
戦ってみます?
『あはは。やっぱユニークだわ。何万年ぶりだろ。こんなバカ、見たことねーや』
背中に乗っている今なら弱点を狙い放題だと思うんですよね。
『戯れ言は寝てから言いな。次に呼ぶ時はフォビの前な。今日くらいの魔力を用意しな。一緒に戦ってやるからさ。んじゃな』
言い終えて、一瞬にして巨体が消える。
乗っていた私は支えがなくなって急落下したのですが、途中で竜化を解き、人間の姿へと戻って、両足で着地します。
力が戻ってきていて、あの巨竜が私への魔力供給を再開したことを理解します。
ガランガドー、戻りますよ。
ルッカさんの息子の死体を回収しなさい。
『あー、主よ……』
どうしましたか?
『あの老いた弱き者の件であるが、なんと言うか、主とあの方との戦いの余波で……』
続けなさい。
『首と体が離れた上に、風に飛ばされて頭の方が見当たらないのである……』
……まぁ、うふふ。それ、ダメなヤツじゃないかな。
ルッカさん、許してくれるかな?
死体損壊の冤罪まで被ることになるなんて、私、ビックリです。
それじゃ、ガランガドーさん、とりあえず手分けして息子さんの頭を探しましょうか。




