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即座にルッカさんへ狙いを定め、高速で移動してその背後を取りにいく。足の置き場がないほどに、私のコピーの死体が転がっていまして、それを蹴散らしながら進むのですが、大変な気持ち悪さの他に別の感情もありました。何だろう? 人形を粗雑に扱った時の罪悪感に近い気がする。
「ルッカ! 動くヤツがいる!」
マイアさんの警告が鋭く発せられましたが、私はもうルッカさんの腰に手を回しています。
魔力の変化、恐らく転移魔法で逃げようとしているのでしょう、それをルッカさんの体内に感じて、魔力操作でその動きを阻止。がっちりと両手でルッカさんの胴をホールドし、全身の筋肉を使って仰け反り、衝撃が全部ルッカさんに乗るように後頭部から床に叩きつけました。
今、横から見れば、私の体は芸術的なアーチ曲線を描いているでしょう。
彼女の脱力を確認してから、静かに手を離し、私は立ち上がる。
その途端に黒い火の玉が私を襲ってきました。
マイアさんの魔法でしょう。腕に魔力を込めて弾こうとしますが、その直前に横から飛来した大きな水塊とぶつかり、お互いに消滅。
「マイアー、それ、本物のーメリナだよー」
本気の殺意を飛ばし飛ばされていた雰囲気だったのに、ヤナンカの間の抜けた声が響く。
「ヤナンカ!?」
マイアさんが驚く。
「貴女、あそこから出たの!?」
「メリナに出してもらったー。心配かけてごめんねー」
「メリナさんか……」
真剣な顔をしていたマイアさんが緩む。そして、珍しく膝に両手を置いて体を休めた。
「ふぅ。いつ以来かしら。こんなに疲れたのは」
動かないルッカさんを見ますと、頭部が完全に破壊されていて、すぐには復活しそうにない。これでも死なないんだから、魔族ってのは驚異的です。きっと生物ではないんでしょうね。
状況をマイアさんから聞いて、しっかりと把握しました。
こっちの時間で四半刻前から、無数の私が出現し、その一部が爆発する攻撃を受けていたそうです。一つ一つの威力は大したことはなかったのですが、瞬きしている間にも何百体も増えることもあったりして、マイアさんとルッカさんは全力でそれらを排除したり、爆発の衝撃に備えて障壁を張ったりしていたそうです。
いつ終わるのか、襲われる理由も分からない状況と圧倒的な物量に対して、彼女らは絶望と決死の中で戦っていたのでした。
こっちとしてはただの実験だったのに。
「それはそれは、お疲れさまでした」
なので、私はマイアさんを労います。
「はぁ。もう貴女に敵う者はいないわね」
「あはは。油断せずに精進します」
ルッカさんはまだ動かない。修復も始まっていませんね。
何万もの私のコピーが出現した為に圧死する寸前になった瞬間もあったそうです。その時は、最大限の威力を持ったエアハンマーの魔法で、何とか現れた私のコピーを押し潰すことで危機を乗り越えたと言います。その結果の大きな肉団子が部屋の隅にあって、凄く不気味です。あっちは見ないようにしよう。
「大魔王討伐の時の仲間?」
ルッカさん復活までの暇潰しとして、私は例の7人目の英雄について質問します。
「居たかしら……? ねぇ、ヤナンカ、決戦の前の日、最後に小屋で別れた日、覚えてる?」
マイアさんはかつての仲間に尋ねます。
「覚えてるよー。ヤナンカとーブラナンがー戦線離脱したのー」
「そこにいたのが仲間よね。他にもいたけど、中心的なのは。そこに他の連中は居なかったわよね?」
「うん、居なかったと思うー。フォビとワットちゃんとーカレンでー大魔王に挑んでー、マイアがー遠くからー封印まほー。ブラナンとヤナンカはー、後方拠点の再構築ー、って決めたんだよー。撤退戦の話だからー、皆にはー秘密にしたかったんだよねー」
やはり7人目はいないという結論かな。
「……そのプランを立てたのは誰だった?」
マイアさんがヤナンカに尋ねる。
「フォビ、じゃないねー。ブラナンも前線に立てなくてー怒ってたからー違うねー。マイアー?」
「自分を前線に向かわせない作戦を私が立てる?」
「だねー。ワットちゃんとーカレンはー頭が弱いしー、その2人もー違うよねー」
は?
お前、何て言った?
眼光鋭く私はヤナンカを睨む。
「やっぱり、フォビー?」
「あいつの立てた作戦に私が乗るはずないから、絶対に違う」
マイアさん、フォビと相性が合わなかったんだろうなぁ。そんな事を察せられる語調でした。
「皆を納得させる人なんて……あっ、私の師匠?」
「マイアのーししょー? そんなのいたっけー?」
「そりゃ私にも師匠くらい居るでしょうよ。……あの場にも居た気がする。封印魔法の時も隣で一緒に唱えて――痛っ! なに? 頭に激痛が……」
演技じゃない。マイアさんの頭の中で魔力が暴れたのが分かりましたもの。
確認の為にショーメ先生を見ましたら、先生も頷きましたので間違いありません。しかも致命傷レベルの暴れ方で、マイアさんが無言で即座の回復魔法を使わなければ、死んでいたかも。
「何、今の……?」
「自動発動のー攻撃魔法かなー。不思議だねー」
7人目を調査していた人々は不審死を迎えたと聞いています。それがマイアさんへも例外なく襲ってきたのか。
ヤナンカよ、「不思議だねー」では済まないでしょ。極めて不可解な事がたった今起きたんですよ!
「皆様、他の話題もしましょう。あっ、そう言えば、邪神を覚えてらっしゃいますか?」
危険に敏感なショーメ先生がそう言います。これ以上、詮索すると自分にも先ほどの不思議な術が向かってくるかもしれないと考えたのでしょう。
マイアさんとヤナンカも同じ思いなのか、話を変えることに同意します。もちろん、私もです。
「メリナがー倒してくれたねー」
「人間と結婚されました。妊娠もしてます」
「えー。それも奇っ怪ー。殺した方が良いよー。母子ともにー」
見た目の清楚さと違って、ヤナンカは攻撃的です。
「やっぱりあの子供が邪神だったのね?」
マイアさんはクリスラさんの結婚を祝うために地上に来ていましたから、邪神を感知していたか。
「でもー、メリナがいるならーどーにでもなるねー」
「えぇ、邪神であってもメリナさんに掛かれば一撃でしょう」
古代の英雄達が持つ私への信頼感は一体何なのでしょうか。ちょっと照れ臭いです。
なお、こんな会話をしている時もマイアさんの頭の中ではたまに魔力が暴れています。たぶん、マイアさんは7人目の正体について考え続けているのでしょう。涼しい顔をしながら、命を懸けて真相を知りたいという欲求はマイアさんらしいです。
ルッカさんの再構築は始まっていますが、まだゆっくりです。下顎さえまだ再生していません。
「ルッカさん、フォビの娘らしいですよ」
新たな話題を提供します。
「フォビのー!?」
ヤナンカが目を大きく見開く。フォビが神を自称していると聞いてから、様子がおかしいんですよね。
「何を驚いているの、ヤナンカ。昔からフォビの子供なんて珍しくなかったでしょ。女の子に見境なかったもの」
……クソ野郎ですね。あいつは聖竜様の背中に乗らせてもらっていたのです。聖竜様にも欲情していたなら更に許せない存在になります。
「それはーそうだけどー、ルッカから聞いてなかったー! マイア、知ってたー? フォビが神になったってー?」
「メリナさんから聞いた」
「神なのにヤナンカやーブラナンをー見捨てたんだよー。王都に来たこともあったのにー助けなかったんだよー。ヤナンカがー世界にとってプラスの存在だーって言っただけだよー」
ヤナンカはここに拘っているように思う。
「ヤナンカもブラナンも生きてたからでしょ。助ける必要なかったってことよ。フォビは私とカレンの復活を目論んでいたんじゃない? ほら、ワットちゃんも放ったらかしにしていたみたいだし」
「うー、納得いかないー」
「えぇ。私も納得いかないわ。もっと上手く事を進められたでしょうに。でも、メリナさんが懲らしめてくれるんでしょ?」
おっと、急に話を振られた。
「はい。完膚なきまでにぶっ殺す所存です」
「わー、頼もしーよ、メリナー」
そろそろルッカさんが復活する頃合いですね。不意打ちに備えて、私は準備を始めます。
そこにショーメ先生が私の耳元へ口を持ってきました。
「どうしたんですか? 集中の邪魔をしないで下さい」
「メリナ様、おめでとうございます。こいつの息子、絶命しています」
は?
「メリナ様の遠隔攻撃の衝撃により魔法陣からずり落ちたものと思われます。これはメリナ様の功績ですね。お手柄、おめでとうございます」
……お前、マジか? それ、本当に殺し合いが始まりますよ……。息子殺しはいかんでしょ。




