脱出計画
この浄火の間に来て3ヶ月くらい。ずっと明るくて昼夜のない空間なので、ショーメ先生が眠った回数を1日として数えています。
何でも眠る時間は異なっても、毎日、起きる時間は決まっていたと主張されるから。
どうでも良いことです。
食事は私が魔力コネコネで作る料理。
何故か食器は出ないので、平たくて大きい岩の上に乗せる感じに作ります。当然、手掴み。
最初は拒絶していたショーメ先生も3日目には手を付けるようになっています。
「屈辱です。メリナ様に命を救われているなんて、恥ずかしくてお嫁に行けないです」
「どんな恥ずかしがり方なんですか。そもそも、嫁に行く気ないでしょ」
「ヤナンカはー魔族化を勧めたんだよー」
勧めんなよ。お前、ちゃんと反省しているのか。
「それは頭領に止められていますので」
「固いよねー」
なお、ヤナンカはショーメ先生を善界と呼ばなくなっています。食事を我慢している時期の先生が空腹によって気が立っていたのか、善界と呼ばれて突然にマジギレしまして、大変なことになったからです。
穏和な人が怒鳴るとビビりますね。いつも思います。
「で、メリナ様、今日こそ完成させてくださいよ」
ショーメ先生が私を見ながら言います。
「お任せください。出来そうな予感があります」
「そう言い続けて100日目なんですが?」
その目には期待がほんの少しも込められていませんでした。冷たい。
「コツは掴みつつあるんですよ」
「だねー。メリナはー凄いよー。こんなのー前代未聞だねー」
アイデアを出したのはお前だろ。
「コツとか言い出して99日目ですよ」
「うっせーです。ほぼ完璧だけど満足してないんだけなんです。ショーメ先生は家の掃除でもしていて下さい」
夜が来ないのに眠気は襲ってきて、岩の上に寝るのは忍びない。他人に熟睡する姿を見せるのも恥ずかしい。
そんな訳で、暇なショーメ先生は岩や石を組み立てて家を作りました。私が魔力ブロックとか魔力コネコネで木材を作っても良かったのですが、私は修行を優先、魔力を節約ということでお料理以外は出さない方針を取っているからです。
作ったのは、私と先生の2軒分です。喧嘩したとはいえ、ヤナンカにも作ってやれば良かったのにと思いました。結構、ショーメ先生は執念深い性格なんですね。
私は今日も魔力操作に集中します。
「もー少しかなー。メリナはー凄いー」
「褒めて伸びるタイプなんで、もっとお願いします」
「ワットちゃんもー今のーメリナを見たらーイチコロだよー。今よりー8倍くらいー恋しちゃうー」
「えへへ」
本気で照れるなぁ。いやー、一挙両得ですよ。ルッカさん対策もしつつ、聖竜様からの愛も何倍にもなる。凄い。私、凄い。
「もっともっと頑張りますっ!」
「がんばー、メリナー」
この浄火の間は不思議な場所です。
前回訪れた時、私は魔力操作の技術を身に付けました。今回は精密な立体魔法陣の組み立てを覚えつつあります。濃厚な魔力が漂っていて、それが私の成長を促してくれるのかもしれない。
ルッカさん対策はヤナンカのコピー達をヒントにしました。つまり、私も分裂する。そして、一斉に転移してルッカさんの狙いを分散させるのです。
でも、その案を聞いたショーメ先生は「絶対にダメです。巫女長さんの分裂体でも大変だったのに、メリナ様と同等の力を持ったモンスターを量産されたら、世界と私の胃がストレスとかで滅亡します」と、止めて来やがったのです。
私と同じ姿の別人格が現れるのは私も嫌です。だから、あくまでコピーを作るだけなのです。
意識は持たせない。手足のように動かすだけ。
ヤナンカに立体魔法陣のコツを聞きました。
魔法陣というと、強力な魔法が発現する時に現れる、地面をぐるぐる回転しながら輝く文字や幾何模様のことです。意識して出るものではありませんが、これは私も何回か出したことがあります。
立体魔法陣はその魔法陣を折り畳んで形にしたものらしく、生物を模倣するなら、それを骨格にして外側に肉や皮を装飾することで出来上がります。
私の修行は、立体魔法陣の組み立てを完全に習得して、私の姿をした分身を作ること。
実はショーメ先生もこの分身の技を使えます。諸国連邦に留学中、当時所属していた暗部の任務失敗の責を取って、私を襲った時、分身を使って死んだマネをしたことがあります。
ショーメ先生にできて私にできないはずはない。
なお、魔力コネコネで作る料理とか服とかは、ヤナンカ曰く立体魔法陣ではなく魔力の物質変換と転送魔法の組み合わせに見えるとのことです。
結果は同じなのにプロセスが違う、とか言っていて、間延びした言葉遣いのクセに賢そうで生意気と思ったのは秘密です。
さて、修行2日目にして、私に瓜二つな立体魔法陣のコピーを作ることができました。天才ですかね。
3日目にはそれを半刻くらいの時間で維持することにも成功します。要はルッカさんの目を欺けば良いだけなので、目的としては十分な保持時間です。
次に本体である私が願った通りにコピーを動かす仕組み。これは試行錯誤でした。
完成させるのに1ヶ月程掛かります。
というのも、乙女の純血占いは魔力をはち切れんばかりに両拳に集め、寸分違わずにぶつける必要があるので、動作を精確にするのが重要なのです。その調整が困難でした。
それが完成すると、次はコピーに乙女の純血占いを使えるだけの魔力を付与すること。膨大な魔力が必要で、それを注入すると立体魔法陣が崩壊しまして、防止するための新たな術式が必要でした。
でも、3日で終えます。
それからは演習。
魔力に私の思いを載せて乙女の純血占いを作動させ、実際に元の世界に戻れるのかを確かめる実証実験を行いました。
戻ったかどうかの確認はガランガドーさんに頼みます。ただ、時間の流れのギャップの為に、彼に依頼してから10日程しないと答えが返って来ませんでした。
ガランガドーが無視しているのかと最初は疑っていましたが、その時間ギャップに気付いてからは、他の実験も行いました。
こういう実験計画はヤナンカが得意でして、彼女のアドバイスに従って進めました。王都情報局で暗躍していた時の経験が活かされているのかもしれません。
転移直後に足の裏で接地したら爆発し、それ以外、例えば転移地点がずれて足首まで埋まっていたり、逆さまに転移したり、全然違う空中とかに移動していたりしたら爆発魔法が発動しないように、コピーに新たな術式を埋め込みます。
移動先のコピーが壊れた感覚はこっちにいる私にも伝わってくるので、それを利用した転移場所の確認評価です。
ヤナンカやショーメ先生が言っていたのですが、経験の浅い転移魔法使いが行方不明になる事例が少なくなく、調べてみると転移地点の誤差により地中とかに埋まってしまっていた事例があるそうなのです。
恐ろしい。それでは全くの無駄死にです。
なので、絶対に乙女の純血占い転移は成功するんだと確信するまで、慎重に何百、何千、何万回も繰り返しました。
これを終えたのが先週。
次は量産化です。
安全を考えると、分身が多いほど良い。
当然のことですが、どうしても10体を越えられない日々が続きました。
しかし、そうです!
ヤナンカが言った通り、聖竜様が多くの私を見て喜ぶなら、限界など軽々と越えてやりましょう!
先ほど7体の私を出していましたが、更に200体の私を作る。そして、その一つ一つに膨大な魔力を注ぎ込む。
「ふぅ。どうですかね?」
吹き出した汗が私の頬を何筋も伝う。
「凄いー。ワットちゃんはーメリナをー208倍愛しちゃうねー」
「えー、愛の重みで殺されそうだなぁ。うふふ」
努力の甲斐があったと言うものです。
「スードワットさんがそう思うんですよね。同意です」
「は?」
ショーメ先生が背後から他人の幸せを妬む発言をしてきやがりました。
「あははー。さー、メリナー、そろそろ良いんじゃないかなー?」
ふん。ショーメ先生、助かりましたね。私は一刻も早く聖竜様が驚く姿を見たいのです。お前の相手をしている暇はない。
「はい!」
「本当に長かったです。やっと帰れるんですね」
207体の私がずらりとこちらを向いて並ぶ中、ヤナンカとショーメ先生が私の両脇に立って私に触れる。
私を含めて全ての私が魔力を込めた両拳を振り上げる。美しさにうっとりするくらいに揃った動作。
続いて、1体1体の転移場所をイメージし集中。
さあ、始めましょう。準備は万端。ここまで来たら失敗を恐れる理由はない!
胸の前で両拳を全力でぶつけ、衝突で生じた眩しい光が世界を包み、それが消えると、私達は狙い通りに異空間を脱出していました。
転移場所はルッカさんの息子さんが寝ている小部屋がある細い通路ではなく、広いマイアさんの居室。
そこは爆散した私の手足や頭の数々が転がる焦げた床、それから、天井や壁から生えている無数の私と、まるで地獄のようでして、マイアさんとルッカさんが新たに出現した200体超の私に敵意剥き出しで襲い掛かってくるのでした。




