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ヤナンカの涙

 ショーメ先生のポエムっぽいセリフへの失笑にも関わらず、逃亡したルッカさんに対する失望と怒りが収まるまでに若干の時間を要しました。


 でも、今はもう冷静です。

 この異空間からどのように脱出しようかと思案しているところです。


「メリナー、お腹空いてないー?」


 半殺しにしたはずのヤナンカも復活しています。こいつもルッカさんと同じ魔族でして、並外れた回復力を持つのですね。

 いえ、それは違うかもしれない。本物のヤナンカは魔族でしたが、あれはガランガドーさんが倒したはず。目の前にいるヤナンカは、るんるん日記の後ろの方にも書いてあった立体魔法陣とかを駆使してのコピーでしょう。


「食べ物で私を懐柔するつもりですか? その手には乗りませんよ。でも、一応、メニューを訊きましょう。何でしょう?」


「メリナ様、明らかな罠ですよ。罠じゃなくても、知らない人から食べ物をもらってはいけませんよ」


 ヤナンカは知らない人じゃないし。花畑の異空間にいたヤナンカのコピーは良い人だったし。私のお腹はグゥって鳴いてるし。


「食べ物、ないよー」


 何ッ!? いや、騙されませんよ。


「じゃあ、お前は何を食べて生き残ったんですか?」


「ヤナンカはー、食べなくてもー生きれるー。魔力があればー。立体魔法陣だからー」


 そうでした。花畑のヤナンカも何も食べないって言ってましたね。


「ごめんねー。ルッカがさー、メリナを倒してーって言うからー。魔族もねー、ご飯要らないのー。だからー、メリナがー魔族になってないかー確認したー。魔族と人間でー、殺し方が違うのー」


 ヤナンカ独特の喋り方が癪に触る。


「メリナ様、これを殺して早く戻りますよ。あの魔族に体勢を整えさせる時間を与えてはいけないと思うんです」


 ショーメ先生の指摘はその通りです。

 ルッカさんが元の世界に戻ったとして、次にやることは、何らかの方法でここを脱出した私を、その瞬間にぶっ殺す準備をすることです。

 異空間から出るには転移魔法しかないでしょう。しかし、その転移魔法には弱点があって、人や物が出現する前に魔力の揺らぎが発生します。なので、強者の前で無防備に使ってしまうと、出現場所で待ち構えられて必殺の攻撃を受けかねません。

 だから、ルッカさんにそんな行動をさせないために早く転移しろとショーメ先生は仰っているのです。


「善界は怖いねー。奉仕だよー、奉仕の心ー」


 善界とはショーメ先生のデュラン暗部での異名だったかな。ヤナンカのニコニコ顔を先生は無視して私に告げます。


「メリナ様、早く。そして、野獣の雄叫び占いを使いましょう」


 それ、なんだ? と思ったのですが、お前、それ、もしかして、乙女の純血占いのことか?


「何それー?」


 ヤナンカに答える必要はないので黙ってやり過ごします。

 なお、乙女の純血占いは、左右の拳に相対する事柄を設定し、それから魔力を充満させた両拳を互いに叩きぶつけ、流血が少ない方の事柄に従うという、私が考案したものです。ただのお遊びのつもりだったのですが、勢いよくぶつけ過ぎた為か、異空間に飛んでしまう事故が発生したことがあります。ショーメ先生はそれを覚えていたのでしょう。


「あれ、怖いんですよねぇ。ちょっと考えさせてください」


 あの異空間はこの浄火の間と逆で、流れる時間が現実世界よりも遅く、ちょっとの間しか滞在していないにも関わらず、戻った時には1ヶ月も経っていたんですよね。大変に危険な技なので封印しています。


「もしかしてー、メリナは戻れるのー?」


「お前は居残りですけどね」


 私が吐いた強い言葉にもヤナンカはニコニコでした。帰りたい気持ちはないのか?


「メリナ様、他の手段があるのですか?」


「んー、考えます。ご飯にしましょう」


「メリナ様の精霊は美味しくないそうなのでご勘弁を」


 ガランガドーさんが憤慨しそうなセリフです。食べても怒るし、メンドーなヤツですね。

 

「大丈夫です。ここは魔力がふんだんにあるので美味しい料理を作れますよ」


 浮遊する魔力を集めて、こねこね。頭の中で作るものをイメージしながら、こねこね。


「はい。出来上がり!」


 よく煮込まれた白いシチューが出現し、湯気を立てながら、ベチャッと地面に落ちる。


「何のマネですか、メリナ様? よりによって汁物を作る必要がありましたか?」


 くぅ、冷静なショーメ先生です。


「すみません。前にですね、この浄火の間に来た時、ゴブリンの師匠に初めて作ったのもこのシチューだったんです。その想い出が脳裏に浮かびまして。さぁ、先生、どうぞ。師匠は食べませんでしたが、先生なら私の料理を食べて頂けますよね」


「食べるはずないでしょ。汚いし、得体の知れない物を食べませんよ。さぁ、遊びは終わりにしましょう。目の前の敵を倒しますよ」


 そうは言いますが、ヤナンカに敵意を感じてないんですよね。何て言うか、明らかに私より弱くて気が退ける。そんな私の気持ちを察したのかショーメ先生が指摘します。


「襲ってこないのは、時間稼ぎです」


 やっぱりそうなんだろうなぁ。私はヤナンカを見る。


「そうだねー。あっ、メリナー、私の罪は消えてないよー。消えることはないよー。私を倒すしかないよー」


 倒せるか否かで言えば倒せます。ショーメ先生の援護もあれば、更に簡単でしょう。


「ヤナンカ、死ぬ前に質問に答えてもらえますか?」


「答える義理はーないけどー、いーよー」


「答えなければ殺しましょうね、メリナ様」


 殺る気満々ですね。頼もしいとも言えます。

 私は手頃な石に座ります。他の2名にも促したのですが、ショーメ先生は立ったままです。変なところで真面目なんですよねぇ。



「大魔王討伐の時の仲間って全部言えます?」


 ヤナンカが消える前に聞いておきたく思いました。エルバ部長がまた騒ぎそうだから。


「んー? おかしな質問だよねー。でも、言えるよー。フォビ、ワットちゃん、カレン、マイア、ブラナンだよー」


「嘘を吐いてはいけません。もう1人いるはずです」


「もう1人ー?」


 首を大きく傾けて考える振りをするヤナンカ。その目は私の質問の意図を探ろうとしていました。でも、やっぱりそこに敵意はなくて、居るはずもないもう1人を尋ねている意味が本当に分からないって感じかな。

 ヒントになるかもしれないので、情報を出しましょう。


「ブラナンも思い出せず、しかし、存在していたのは覚えていて、何回か調査させたようですけど?」


「ブラナンがー?」


 更に首を(かし)げる角度が進み、人間の関節だったら無理なところまで頭が横を向きます。


「あー、あったねー、そんな調査ー。あれ? どうなったのか、思い出せないなー」


 ヤナンカの動きが止まる。長く白い髪もだらりと止まる。これは考えている最中なのでしょうか。


「ダメー。思い出せないー」


「調査に携わった人は皆、不審死したそうですよ?」


 言って気付く。私も不審死したら嫌だなと。幽霊とか呪いとか、知らずに殺されそうで怖いです。


「そうなのー? でも知らないー。もしかしたらー、本体からそこの記憶をもらってないかもー。マイアかワットちゃんに訊いてー」


 ふむ。

 まぁ、こいつが嘘を吐いていても構わないです。エルバ部長に伝えてやりましょう。


「次の質問です。フォビの弱点は?」


「フォビー? 知ってるのー? 女だよー。女には甘いからー」


 その弱点は突けないなぁ。色仕掛けとかやったことないもん――あっ!


「ショーメ先生、貴族学院で何人もの教師を誑かせたように、フォビってヤツを落としてくれませんか?」


「メリナ様のお願いはロクなことにならないので聞きませんよ」


 にべもない。仕方ない。フロンにでも頼むか。


「あははー。善界、手厳しー」


 笑うヤナンカを鋭く睨むショーメ先生。善界って呼ばれるのが気にくわない様子ですね。


「でも、どうしてそんなことを訊くのー?」


「近々、戦う予定なのです。ぶっ殺してやろうと思っています」


「ワットちゃんが悲しむよー?」


「聖竜様の目の届かない帝国領で迎え撃ってやります」


「へー、ワットちゃんの観察範囲までー把握してるんだー。メリナは凄いなー」


 巫女長分裂体が暴れた時に、そんなことを聖竜様が言っていたもん。


「ヤナンカ、最後の質問です。神とは何ですか?」


 私の質問に、ヤナンカは今まで一番頭を傾け頭頂が顎より下の位置にくるくらいでした。


「知らないー。神様なんてーいるのー?」


「フォビがそう自称していますし、ルッカさんもそう認めています」


「ワットちゃんも認めてるー?」


 それは大変に悔しいことなので、私は唇を噛みながら頷きます。


「フォビが神かー……。神様ねー……。フォビがねー……。私達には黙ってたのにー……。神様かー……」


 ヤナンカは呟き続けます。ちょっと異様に感じられまして、私は何があっても対応できるように立ち上がります。


「ショーメ先生……」


 これは『ナイフを突き刺して殺しちゃって良いですよ』っていう呼び掛けです。


「面白い反応ですね。もう少し見ていましょう」


 何でだよっ!?


「魔力の噴出スポットがぶれて狙いが付けれません」


 噴出スポット? 魔族を殺す為には体内にある魔力が湧き出る所に自分の魔力を逆流させれば良いと以前に聞いたことを思い出しました。

 ならば、仕方ない。


 ヤナンカの体内の魔力が膨れ上がり、それが大きな無数の瘤みたいに肌を盛り上げたり、頭だけが異常に膨らんだり縮んだり、ヤナンカの異変は徐々に酷くなっていきます。


 しかし、収まる。珍しく疲れた表情をしているヤナンカが私に告げます。


「ごめん、メリナー。私も外に連れて行ってー」


「嫌です。でも、理由は聞いてあげます」


「ありがとー。私もーブラナンもー、頑張って国を作ってー、維持してたんだよー。フォビ達がー帰ってくるのをー待ってたんだよー。帰ってこれなかったのはー仕方ないけどー、神って何? 何でもできる存在? 私達を救わずに? 許せない。……そんなーりゆー」


「信用できないからダメです」


「えー、困ったー。ヤナンカー、困ったー。なんだろー。この怒りをー、メリナにーぶつけたいー」


「どうぞ」



 私はヤナンカを挑発し、そして、それに乗ったヤナンカに圧勝しました。

 ただ地に伏せるヤナンカは惨めに泣いているのです。私はそれが非常に気になって、止めの一撃を放とうとするショーメ先生に暫し待って欲しいとお願いしました。

 再び先生に「甘い」と指摘を受けるかと思ったのですが、先生も黙って従ってくれました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 試験終了お疲れ様で御座いました。 今回の「ヤナンカの涙」に違和感を感じたので「第二部 ヤナンカの回想」を再読させて頂きました。 [気になる点] 「ヤナンカ」すら「七人目の仲間」を知らない・…
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