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竜の舞

 光は誰もいない舞台のみを照らします。

 荘厳な音楽が奏でられる中、私は手に持つパンを口へと運ぶ。


 左右から1人ずつ白い服を着た女性が出てきます。足の横は深く切れ込みが入っていて、側部ではありますが、腰の肌さえも露になるのではという衣装です。

 でも、いやらしさは余り感じず、それよりも、力強く足を前後に開いてのジャンプは高さも目を見張るものがありました。それに、踊り手二人のタイミングがぴったしなんですよね。凄いなぁ。

 私はモグモグとパンを咀嚼しながら、感心しました。



 彼女らの服には長い尾のように白い布が付いていまして、それが床に付くことなく、ヒラヒラと明るい舞台を舞います。

 あの布を竜に見立てているのでしょう。かなりの運動量ですね。あんなに綺麗な人達なのに体力も凄いなぁ。



 お肉が乗っていた皿に残る肉汁とソースをパンに吸わせて、パクリと頂きます。

 うはぁ、サイコー!



 踊りはドンドン進みます。舞台を駆け回る方々も入れ代わり立ち代わりでして、でも、その誰もが各々の見せ場を持っていて、華やかなダンスを見せてくれます。


 色気と爽やかさが同居しているかのような、妖精の集会みたいな踊り。素晴らしい。ふと浮かんだ今の私の感想は世界的なポエムのようだと、自画自賛してみます。


 普通、色気と爽やかさを同時に感じることなんてありません。それを極めて技巧的に表現した私は天才かもしれません。


 赤くて小さい見たことのない果物を選んで、口に投げ入れます。甘酸っぱい。これも素晴らしいですね。



 音楽が変わり、静かな曲になります。目を閉じれば、湖の穏やかな水面(みなも)が思い浮かぶ。そんな曲調でした。

 シャールの街の近くにある湖は聖竜様が守護されていると本に書いてありました。それに(ちな)んでいると思いますし、聖竜様を讃え崇める為の踊りなのでしょうから、この調べで踊る方は大変に重要な役割なのでしょう。


 ダンッ!

 と金属打楽器の音が響きます。


 同時に、舞台の上高くから1人の女性が降りてきます。自由落下。

 この人も後ろに長い布をヒラヒラとはためかせていました。いや、違うな。誰よりも長い布です。

 それを宙に浮かべたまま、舞台の上で舞います。


 激しい運動量、でも、それを感じさせない優雅な振る舞い。

 誰よりも高く跳ねる姿は、聖竜様が空を舞うかの様。


 私は食事も忘れて見入るのでした。

 美しい。これが竜の舞。私もやりたい。

 肌の露出が多くて際どい衣装は着たくないですが、この感動を人に与えたい。



 舞が終わってホール全体が明るくなり、観客が帰り始めても、私は深く椅子に座り続けていました。


 食べ残しを処理している訳では御座いません。いたく感動したからです。

 私があんな風に踊るのは無理でしょう。それは認めるべきです。ドカッバタッと舞台の上を破壊する可能性さえ感じます。でも、どうにか協力したいなぁ。



 しばらく椅子に座って考えていると、後ろの扉が開いた音がしました。長居し過ぎましたね。


「すみません。余りに素晴らしかったので、余韻に浸っておりました。急いで出ますね」


 相手は黒い巫女服。あと、バストが異常にでかい。


「まぁ、メリナ。他人行儀ね」


 言いっぷりで理解しました。この人は私の親友だったらしいシェラでしょう。そして、先程の舞台の最後の踊り手で、私が食事を忘れるほどの至高の舞を演じた人です。


「神殿に在籍していた記憶をごっそり失くしているんです。ごめんなさい、シェラ」


「それでも、私のことを覚えていてくれて嬉しいわ」


「いえ、アデリーナ様から礼拝部にシェラという親友がいたと聞いていましたので、貴女がそうなのかなと」


「そうなのね。でも、見ただけで私を親友だと思ってくれたのは、やっぱり嬉しいものよ。さぁ、メリナ、部屋の外にいらっしゃって。別の場所で楽しくお話ししましょう」



 彼女に案内されたのはホール裏手に隣接した半屋外の休憩所でした。着いた頃には多くの巫女さんが4人くらいに分かれて、テーブルで談笑されていました。お茶だとか茶菓子なんてのも見えます。


 私とシェラも2人ですが、空いているテーブルへと向かいます。

 着席を促されたので素直に私は座り、シェラはホール側へと戻っていきました。どうも、お茶セットを取りに行ったみたいです。

 周りの人達、凄く綺麗ですし、立ち居振舞いが正しく淑女の方々でした。ここは淑女の花園です。私でさえ少し物怖じするくらいにマナーが行き届いている気がします。笑うときも口に手を当てているんですもの。



「お待たせ」


 そうこうしていると、シェラが戻ってきます。


「いえ、全然待ってないよ。今日は呼んでくれてありがとう」


「うふふ。メリナはずっと観劇したいって言ってたからね。忙しくて機会がなかったみたいだけど、今回は招待状を送って良かったわ」


 シェラは喋りながらカップにお茶を注いでくれます。それから、白い粉と白い汁を注ぎました。

 所作がとても雅やかです。洗練されています。


 門番さんは彼女を伯爵令嬢だと言っておりました。私のような只の村娘とは違う、生まれながらの高貴さを漂わせているのかもしれません。



「シェラの舞はとても良かったよ。今まで見た踊りで一番!」


 なお、他の踊りは村祭りの粗野なヤツと森の魔物が踊っていたファイヤーダンスしか知りません。


「そう、ありがとう。メリナに誉められると、自信を持てるわ」


 シェラは素敵な笑顔を見せてくれます。あー、そうですよね。私の親友ならこんな感じになってくれますよね。



「メリナが誉めてくれたのは本当に嬉しいわ。でも、私はまだまだなの。実は伸び悩んでいるのよ」


「そう? シェラが舞台に登場したら、花が咲いたみたいに明るくなったよ?」


「その花は若さと物珍しさから。私独りの舞台だったこともあるの。満足していないし、満足したらその花は枯れるんじゃないかなって不安。でも、その悩みを乗り越えられば、年老いても、枯れても花の形は残るんじゃないかしら。そう思って、日々を頑張っているの」


 ……意外にストイック。可愛らしい顔なのに、凄いです。いきなり信念を語られてしまいました。宿屋でゴロゴロ10日も寝ていた私とは雲泥の差です。


「そっかぁ。シェラに協力できることがあったら、するよ。何でも言って」


「そうね。でも、それはマリールに言って差し上げた方が良いかしら。色んな薬草だとか石を集めたいって言ってましたから」


「マリール?」


「私たち3人は巫女としての同期。寮でも一緒の部屋で寝ていたの。懐かしいです」


 マリール……。どんな方なのでしょう。私を入れて3人、とても仲が良かったのだと思います。

 あっ、マリール・ゾビアスだ。汚い格好のソニアちゃんに上げた服に書いてありました。やっぱり、あれ名前なんだ。ソニアちゃんは小さいからダボダボでしたが、それでも私として同年齢ならマリールも小柄な女性なんですね。



「あれ? でも、私、神殿の寮で一晩だけ過ごしたけど、誰も居なかったよ?」


「もう新人じゃなくなったから。私は外に家を借りたし、マリールは実家のお店から通ってます。メリナは『神殿が終の棲家です』って出て行きませんでした」


「でも、タンスの中にシェラの下着があったよ?」


 私の言葉の後には沈黙が続きます。言った私も失敗したと反省しました。周囲の淑女の方々の会話も一瞬途切れたように感じました。


「下着って……。お恥ずかしい。それは私達がいつ戻ってきても良いように置いて行ったらとメリナが勧めたからですよ」


「そうなんだ。そっか、ははは……昔の私も他人思いで優しいね……」


 だからか!!

 自分のタンスなのにサイズが違うなって思ってたんです!



「メリナ、記憶が失くなったって聞いていたけど、貴女は変わってなくて良かったわ。でも、早く記憶が戻るように協力したいと思っています」


「ありがとう」


「気にしないで。貴女は私の恩人。お金が一番大切だと思っていた私に、真実の愛を与えてくれたのです。とても感謝しています」


 愛? 防具屋で出会ったグレッグさんもシェラが云々って言ってました……。私が2人を繋げたのかな。

 あと、お金が大好きだったシェラが想像できないなぁ。こんなにおっとりした外観で、性格も良さそうなのに。



 ここで、シェラの顔に緊張が走りました。視線からすると、原因は私の背後にあるようです。



「あら、メリナさん。こんな所で会うなんて奇遇で御座いますね」


 ……アデリーナ様です。こいつは神出鬼没です。私をつけているんじゃないでしょうね。


「何言ってるの、アデリーナさん。私が教えたんじゃない、巫女さんが来てるって。グッジョブだったでしょ、私」


 あっ、ルッカ姉さんの声だ。


「シェラ、すみません。メリナさんをお借りしますよ」


 アデリーナ様は私の意思を確認することなく、シェラに尋ねました。


「はい、アデリーナ様。では、メリナ、ごきげんよう。貴女の記憶が戻ることを聖竜様にお祈り致します」


「ありがとう、シェラ。またね」


 仕方なく私は立ち上がり、アデリーナ様とルッカ姉さんの方を向いて、挨拶代わりに頭を下げます。それから、こちらから質問です。



「何をしに来られたのですか?」


「聖竜スードワットにメリナさんの件を問い質すつもりで御座います」


 えっ! 聖竜様!

 もしかして聖竜様とコンタクト取れるんですか!!


 驚きの余り、私は言葉が出ませんでした。アデリーナ様が聖竜様の御名前を呼び捨てにしたことさえ、聞き流しました。


「いったい、どうしてですか?」


「聖竜スードワットはこの半年、巫女との連絡を絶っています。巫女長に確認しました。もしや、メリナさんの件と関係があるのではと疑った訳で御座います」


「私も同じくらいお会いしてないのよ。そろそろビジットしたいなって」


 ルッカ姉さんは外国被れ。無理に外国語を使いたがるところがあるようですね。


「ルッカ、宜しくお願い致します」


「良いわよ。じゃあ、お二人とも私と手を繋いで。準備、オッケー?」


 何が行われるのか不安で、おずおずと従いましたところ、ルッカ姉さんは呪文を唱えます。


『我は願う、その冥き途を往く獅子に。舞い上がるは砂礫の紫葉。幼童を憩う合壁の灯籠。闇を開く、神久への非至たる其は誉れ。錨鎖は打ち砕かれん、血霊の瞬き』


 気付けば真っ暗な場所に私達は立っていました。とても獣臭いです。ルッカ姉さんは高位魔法に位置付けられる転移魔法を発動したのだと私は判断しました。

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