永遠の牢獄
広がる荒れ地の奥には火山も見えます。暗い空には時たま稲光が走る。
その山の形には見覚えがあって、少し懐かしい気持ちになりました。現実世界では一瞬の間でしたが体感として半年間程、ここで私はマイアさん一家と過ごしたのです。
浄火の間。デュランの聖女がそう呼ぶ異空間です。
ここならば大暴れしても誰にも迷惑が掛からないという意図なんでしょう。
聖女が持つ転移の腕輪を用いずに、ここにやって来れるルッカさんはやはり並外れた実力を隠していたのだと思います。
「ルッカさん、助っ人はまだですか? もう始めます?」
「居ないのよ。ちょっとウェイトよ」
ルッカさん、お仲間とかいうのを探すために空を飛んで探しに行きました。この空間は高い火山があるくらいに、結構な広さなんですよね。
「メリナ様、アドバイスです。何も言わずにぶん殴った方が良かったですよ」
「それはそうですが、ルッカさんとは今後も付き合いがありそうですから」
あいつは不死でして、私がどんなに圧勝しても死ぬことはないでしょう。何せ片足の足首だけになったのに復活したくらいです。
だから、正々堂々と正面から戦って、気持ちよく敗北してもらい、そして、反省してもらう必要があると考えています。王都の食堂で楽しく会話していた時みたいな関係に戻れると私は思っています。
彼女が私に奇襲をかけて命を狙ったり、親友のマリールを罠に嵌めようとしているのは許せないことです。
でも、禍根を残さない唯一の方法は、ルッカさんが全てをぶっちゃけて、彼女の謎で無意味な使命を失くしてしまうことなのだと、私は感じています。
「ショーメ先生はルッカさんの息子を拐ったり殺したりします?」
「その件ですが、困っております。ターゲットは魔法陣の上で寝続けておりまして、拐うのは簡単にできそうでした。ただ、魔法陣から少しでも外れると死にますね。場合によっては殺すつもりでしたが、あれは動かさない方が良いでしょう。アデリーナ様の『場合によっては』という命令に反してしまいます」
そっかぁ。ルッカさんの息子だけど、たぶん普通の人間ですものね。500年も無事に生きられるはずがない。前に王城の地下で見た時も骨と皮だけで、餓死した死体みたいだったもんなぁ。
よくよく考えたら、過去のヤナンカや今のマイアさんも復活させることが出来ていないんだから、何をしても現状維持までなんでしょう。
「ふーん。どういう場合だったら殺すつもりだったんですか?」
「メリナ様があの魔族を滅ぼすと決めた場合ですよ。逆上させた方が戦い易いでしょうから」
しれっと言いますねぇ。
ショーメ先生、歳の割には童顔で可愛らしい外観だけど、結構な武闘派なんですよね。
ふわっと着陸しながら、ルッカさんが戻ってくる。その傍らに居る者を見て、私もショーメ先生も少し驚きます。
白い髪に白い体。王国を維持する為に、王の影で2000年に渡って生き抜いた魔族。彼女が実行した数々の悪行は、私には理解できませんが、王国の維持にとっては必要なことだったのかもしれない。大魔王討伐の英雄の1人であるヤナンカ。それがルッカさんの隣で微笑んでいました。
「……しぶといですね。さすが頭領と呼べばよろしいですか?」
ショーメ先生が私よりも先に話し掛けます。
「あれは消えたんだー。ごめんねー。凄く長い時間、ここにいたからー」
喋り方もヤナンカそのもの。
まさかルッカさんとヤナンカが繋がっていたとは……。
「ルッカさん、どういうつもりですか? そいつは危険ですよ」
「メリナー、覚えてるよー。ブラナンを止めてくれてありがとー。やっと気持ちの整理が付いたんだー」
ルッカさんに尋ねたのに答えたのはヤナンカ。
「でも、ルッカにもかんしゃー。だからー、今回はルッカの仲間ー」
「巫女さん、ソーリーね。巫女さんに勝つにはこれくらいしか思い付かなかったの」
は? ヤナンカと組んだらお前が私を凌ぐって、本気で思っているんですか? 舐められたものです。
「ごちゃごちゃ言うのは後にしましょうか。両方とも不死身みたいだから、遠慮なく全力で行きますよ。ね、ショーメ先生?」
「私を人外達の争いに巻き込まないで欲しいのですけど」
そうは言いながらショーメ先生が姿を消す。この人、本当に人間なのかなと思う位に多才な方でして、これも私の知らない秘技なんでしょうね。
私も前進してルッカさんとの距離を縮める。体内の魔力は戦闘モードで万端でして、一切の防御体勢を取らせることなくルッカさんに肉薄。そして、拳をルッカさんの鳩尾に叩き込む。
気合いが入り過ぎて、踏み込んだ左足の地面が大きく窪んでしまいました。
更に、土煙が立つよりも速く私は駆ける。地面に何回もバウンドしながら吹き飛ぶルッカさんに追い越し、飛んでくるルッカさんの延髄へ正確に横蹴りを喰らわす。人間なら間違いなく絶命していますね。
さて、次の獲物です。力ないルッカさんが方向を変えて吹き飛ぶ最中から、私は元いた場所へと目を遣る。
ルッカさんが再生するまでに時間は有るでしょうので、それまでにヤナンカも制するのです。
そちらの方向でも、既に攻防が開始されていました。
背後を取るべく、転移を繰り返して空中に現れては消えるショーメ先生とヤナンカ。でも、2人とも達人レベルの技量を持つはずなのに非常にスローな動きです。私は自覚します。今の私はとても頭の回転が速いんだと。全てがのろのろに見える。
つまり、チャンス。
一気に土を蹴り、ヤナンカの出現場所へ接近。私の頭上にある彼女の真っ白い足を握り締めて、渾身の力で地面に叩き付ける。
それから、背中を踏んで固定した上で足を捻って破壊。悲鳴を上げる間も与えませんでした。
一段落したと、私が息を吐くと時間の流れが戻ったように一面に砂や石が舞い上がり、たちまち視界が覆われました。
「メリナ様、どこまで強くなるんですか?」
ショーメ先生の声には呆れが乗っていることを感じ取った私は答えます。
「まだまだ足りませんよ。神を名乗るあいつを完全に倒すまでは満足できません」
「……ほんと、巫女さんはクレイジーだわ」
ちっ。遠くで声がした。ルッカさん、もう復活したのか。
目では分からないけど、魔力的に位置を判断すると、彼女は立ち上がっていますね。
「でもグッバイ」
ルッカさんは素早く転移を繰り返し、そして、私の魔力感知の範囲から消え去りました。
「ショーメ先生、あいつ、どこに行きましたか?」
「私も分かりません。魔力の反応が消えました。
あの魔族は元の世界に戻ったのでは?」
「逃げやがったんですか!?」
私はヤナンカを連れてくるのを待つくらいに、正々堂々とした態度で挑んでいたのに!!
「えぇ、そうですね。そして、私達はこの異空間に閉じ込められたのでは?」
くそぉ!!。
ヤナンカは囮だった訳か!?
「期待していますよ。この永遠の牢獄で朽ちてしまっては、やり残したことを悔いることになりますので」
マジでくそっ!! ルッカめ。卑怯なのはお前ですよ!!
しかし、別の疑問も沸いてくる。
「メリナ様? 私を見詰めてどうしたんですか?」
「やっぱり、最近の王国ではポエム調で喋るのが流行ってるんですか? 永遠の牢獄とか、表現がお寒いんですけど……。もしかして朽ちると悔いるも韻を踏んでます?」
「その程度でポエムだなんて、心外ですよ。諸国連邦にもう一度お勉強に行かれては?」
いや、でも、「永遠の牢獄で朽ちる」とか、普通は真面目な顔で言わないですよ。恥ずかしくないのかな。




