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子を守る母

 相変わらず顔色が悪い師匠に挨拶してから、奥の大きな扉を開け、だだっ広いマイアさんの居室に向かいます。

 ショーメ先生は私より先を歩いていまして、息子のシャマル君と会話していたマイアさんがこちらに気付き、それに私達は会釈を返します。

 イルゼさんは入ったところの扉の傍で待機していました。

 お前が来ないとルッカさんの息子を連れて帰れないだろと思いましたが、私がショーメ先生に協力する必要もないので黙っていました。



「今日はどうしましたか?」


 マイアさんが尋ねます。

 ここで、まさかルッカさんの息子を拐いに来たとは答えにくい。


「ルッカ様に用件が御座いまして、こちらに定期的に来られていると聞いたものですから」


 ショーメ先生が答えます。

 うまい。なんて自然な受け答え。でも、マイアさんを敬うデュランの人だったら、マイアさんに丁重な挨拶をすべきだとは思います。私が聖竜様に対するように。


「あら、そうなの? なら、ちょうど良かったわね」


 ん? 良かった? おかしな反応。


「ルッカさん、ちょうど息子さんの世話をしに来ているわよ」


 ……おっと、なんたる間の悪さ。

 これでは誘拐はできませんね。仕事に力を入れる感じじゃないショーメ先生なら、そのまま帰ると言い出してくれるかもしれません。


「ありがとうございます。それでは、メリナ様、ルッカ様の所へご案内をお願いします」


 ルッカさんに用があると言った手前、行かざるを得ないか。


「えーと、どの辺の石畳でしたっけ?」


 ルッカさんの息子はこの部屋の床の下にある隠れ通路の先に寝かされています。寝たきりの老人ですから、静かに寝かせてあげようという目的と、恐らくはルッカさんが色々とお世話や会話をするのにマイアさん一家の眼を気にしなくて良いようにという配慮なのでしょう。


 シャマル君が床石を上げてくれて、秘密の階段の入り口が現れます。結構な大きさの石板なのに、まだ子供の体のシャマル君が軽々と開けたのは、ミーナちゃんみたいにマイアさんの英才教育を受けているからなのか、床石にそういう魔法が用いられているのかは分かりませんでした。



 階段を下りる。持続性の照明魔法で通路は照らされていて、両側に牢屋のように柵で仕切られた小部屋が並んでおります。


 途中の部屋でヤギ頭の獣人が机に向かっているのが見えました。ショーメ先生は目もくれなかったのに、通り過ぎてから私に尋ねます。


「今のが通称ヤギ頭、アデリーナ様のお父様でしたか?」


「義理にして育ての親ですかね。血縁的には兄妹とかややこしいです」


 なお、この先にルッカさんが居ることは魔力感知で分かっております。ショーメ先生が奇襲を選ぶのか、それとも今回は諦めて帰るのか、私には分かりません。


「ここに保護しているのか、幽閉しているのかよく分かりませんね」


「あの頭だと地上の街では生きにくいですよ。元々普通の人間だったのに、ヤナンカに山羊にされたらしいんです。酷いですよね」


 喋りながらも前進を続けていまして、もうすぐでルッカさんと遭遇することになります。あちらも魔力感知と喋り声で私達の接近に気付いていることでしょう。

 勘の鋭い彼女です。いきなりの攻撃に備える必要はあるけども、体内の魔力を動かすのはあらぬ警戒を与えてしまうかもしれなく、私は思い留まります。


「元の姿に戻りたければ始祖ブラナンに協力しろ、と彼は脅されてもいたようですよ」


「そうなんですか? 本物のヤナンカは邪悪ですね。コピーの方は良いやつだったのに」


 ヤナンカのコピーとは短い期間でしたが、友情を育みました。彼女は数多くいたコピーの1人で最後は私達との決戦に備えて統合されて消滅したんだったんだっけな。


「そうですね」


 そう言えば、ショーメ先生の元上司もヤナンカのコピーでして、死闘の末に先生は微笑みながら刺し殺していまして、私は恐怖を感じたのを思い出しました。



「あら、珍しいわね。巫女さんと……メイドさん?」


 前進を続ける私達の前に、遂にルッカさんが現れます。一番奥を折れ曲がったところ、そこに息子さんが寝ている部屋が有るのでしょう。


 ルッカさんの問いに、簡単な会釈で済ますショーメ先生。

 恐らくですが、ショーメ先生とルッカさんは初対面。いえ、アデリーナ様繋がりでお互いに顔くらいは知っているのかな。でも、会話をしているのは見たことがありません。


「何の用かしら?」


「アデリーナ様からルッカ様の息子様のご様子を見るように命じられまして」


「そうなの? そんな気を遣わせてソーリーね」


「医療の知識もありますので、少し拝見させて頂きますね」


「んー、治療とかそんなレベルじゃないのだけど?」


「それも判断致しますので」


 歩みを再開して距離を縮め始めるショーメ先生。


「マイアさんでもお手上げなのよ。インタラクタブル」


「それはそれは。かなりの重症で御座いましょうね。私では本当に見るだけになりそうです」


「そうなのよ。息子の哀れな姿を見られるのもハードだわ」


「心中、お察します」


 たぶんショーメ先生の攻撃の間合いに入った。でも、2人とも緊張感は出さずでして、私だけがハラハラしております。


「強引ね。口調以外は巫女さんみたい」


「まさかメリナ様と同類にされるなんて心外ですよ」


 ショーメ先生がルッカさんを通り越しました。なお、私はルッカさんを警戒して立ち止まっています。



「巫女さんは何をしに来たの?」


 ショーメ先生でなく私を警戒しているのか。

 なんて信頼のなさ。ビックリですよ。私との2年間の付き合いはなんだったのでしょうか。


「私は付き添いですよ。ほら、ルッカさんと話すのが始めてだから恥ずかしかったんじゃないかな?」


「私がここに居るなんて分からなかったのに?」


「あー、ですよね。どうして、私は誘われたんだろうかなぁ」


「ほんとクレイジー」


 ルッカさん、私を見ながらだけど、きっとショーメ先生の魔力も見張っていますね。

 追及が甘いもん。意識が散漫だと感じました。


 ショーメ先生を手助けしたい訳ではありませんが、訊いておきましょうかね。ひょっとしたら、本音が出てくるかもしれない。


「ノノン村襲撃、フランジェスカ先輩の薬師処からの追い出し。これってルッカさんの仕業ですよね?」


「んもぅ、アデリーナさんからも同じことを訊かれたわ」


 アデリーナ様? よく分からないから無視。


「狙いはマリールですよね」


 フランジェスカ先輩との会話の中で出てきた仮説をぶつける。


「あら、やっぱりアデリーナさんの差し金?」


 差し金? ちょっとアデリーナ様、その辺りはちゃんと説明しておいてください。勘違いでルッカさんを怒らせる羽目になりそうです。


「あのメイドさんが来たのだから間違いないと思ったけど、そっかぁ、私の大切なものを奪うって、やっぱりノヴロクのことだったのね」


 ルッカさんの魔力が彼女の体内で練られていく。複雑に絡み合い高密度になって、ルッカさんの戦闘力を上げていく。


「巫女さんとはフレンドリーに過ごせると思っていたのだけど?」


 困った顔のクセに戦意は溢れんばかりですよね。私も笑います。


「何度も私を殺そうとした者の言葉とは思えませんね。でも、ルッカさんが良い人だってのは知ってますよ。ただし、隠し事が多過ぎですよね。負けたら、洗いざらい全部喋ってもらえますか?」


 私も戦闘モードに入ります。体内の魔力がぐるんぐるん渦巻き始めます。


「メイドさんも御一緒する?」


 部屋の向こうにいるショーメ先生へルッカさんは尋ねます。


「メリナ様にお任せしますので、私は結構ですよ」


 は? 面倒事を私に押し付ける魂胆か!?


「ルッカさん、そいつ、ルッカさんの息子を誘拐して殺すつもりですよ。どこかに移動するつもりなら、連行した方が良いです。息子さんの命が危険です」


 ショーメ先生、一方的に楽をしようなんて許さないですからね。


「メリナ様、手の内をばらすのは勘弁してください」


 私の発言を否定しなかったことは潔いと思っておきましょう。


「全く卑怯ね」


「えぇ、そうですね」


「1対2じゃ卑怯でしょ」


 えぇ……そっちかぁ。


「2対2にしましょう。グッドアイデア」


 グッドアイデアって、ルッカさんの仲間なんて居ないでしょうに。あっ……フォビか。望むところです。完膚なきまでに潰してやりましょう。


「転移するからこっちに来て貰える?」


 ルッカさんの体の中で暴れ回る魔力と違って、融和的な態度でした。無理矢理に感情を抑えているのかな。大人ですね。


「近付いた瞬間に攻撃とか無しですよ」


「お世話になったマイアさんに迷惑が掛かるでしょ。しないわよ」


 フォビとの再戦を期待して、ルッカさんに従います。ショーメ先生も四の五の言わずに寄ってきました。覚悟は決めているのでしょう。


『我は願う、その冥き途を往く獅子に。舞い上がるは砂礫の紫葉。幼童を憩う合壁の灯籠。闇を開く、神久への非至たる其は誉れ。錨鎖は打ち砕かれん、血霊の瞬き』


 ルッカさんが珍しく詠唱での転移魔法を使いまして、私達はマイアさんの地下室からどこかの荒れ地に連れていかれたのでした。

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