孫と祖母の剣
⭐️フロン・ファル・トール視点
(マリールと共にメリナが薬師処に向かう前より)
「巫女さん、私も行こっか?」
ルッカも暇やなぁ。化け物に任せておればえぇんやで。薬師処の連中から絡んで来てんやからほっときゃえーのに。化け物やったら、素人相手でも躊躇なく暴力で解決するで。
「ルッカさんが来てもすることないですよ?」
なぁ、化け物の言う通りやわ。
「あはは。巫女さんが暴れたら止める人がいないじゃない?」
あんたも化け物を止めれへんやん。化け物を止めれるんは、巫女長の婆さんと化け物の産みの親だけやで。
「なんで私が暴れる前提なんですか……。要りませんよ」
「マリールさんとも仲良くなりたいしね」
誰やねん、マリール。って目の前で怒ってるこいつやわな。
化け物が薬師処の巫女を魔物駆除殲滅部に引き抜いたって怒鳴り込んで来よったけど、ちょっと考えたら、化け物がそんなメンドーな事をする訳ないやんと分かるやろーに。
もしも化け物が他の巫女さんを引き抜ける知恵を持ってるんやったら、部署から離れたがってる化け物は余所の部署に頼み込んで自分自身が引き抜かれるようにするで。
「ルッカ、貴女には別の用件が御座います。ここにいなさい」
ぬ? 聞き捨てならんで、アディちゃん。私は放置してルッカやて?
「アディちゃん、それなら私がするよ」
あはは。アディちゃんから冷たい眼差しをもらったわ。
これはこれで気持ちえーわ。癖になるちゅーねん。
「行くわよ、メリナ」
あー、行ってもうたわ。
ほなら、化け物、頑張ってきーや。任せたで。
あたしは家に帰ろっかな。今日は男を食いたい気分やし。
「それでアデリーナさん、用って何かしら?」
ルッカは真面目やなぁ。
「まだメリナさんが見習いの頃、シャール伯にメリナさんが謁見する日のことを覚えております?」
「えぇ。アデリーナさんがひどく酔っていたのを覚えているわ」
えー、何やねん、そのレア光景。
くぅ、見てみたかったわ。そして、寝入ってしまったアディちゃんをベッドに寝かし、辛そうな熱い吐息を和らげるためにボタンを一つ一つ外してやなぁ、カーッ、想像しただけで堪らんわ。火照るわ。
「えぇ、その日、私はルッカに抱き付き『お母さんの匂いがするぅ』と言ったのを記憶しております」
ほんま羨ましいわ。ほら、アディちゃん、私の胸に飛び込んで来てもえぇんやで。赤ちゃんプレイできるで。
「あはは。懐かしいわね」
「先日、それと同じ種類の匂いを嗅いだのですよ。精神を操る系統の魔法として」
「へぇ。そんな偶然もあるんだ。って、私じゃないわよ。疑わないで」
大袈裟に驚くリアクションは演技くさいんやけどなぁ。ルッカのことやから突然襲ってくるかもしれへん。いつでもアディちゃんを守れるポジションを取らなあかんわ。
「新人寮でも同種の匂いを嗅いだことが御座います。一応は住んでいることになっていた貴女の香水の匂いだと思っておりましたが、どうも気になります」
アディちゃんはルッカを仕留めるつもりなんやろか。こりゃ、あたしも真剣モードに入らんといかんか。
「もしかしたらアレかもね。寮の方は私の魔力が少しずつ漏れていたのかもしれないわ。ソーリーね」
ありゃー、ルッカ、そりゃ言い訳にならんで。指摘したろ。
「あんたの経験と強さでさ、それくらいの魔力制御できないはずないじゃん。漏れたとしても回収できるじゃん」
「うっかりしてたわ」
嘘くさ。
「新人寮におけるメリナさん追放運動。見習いを操っていたのは、ルッカ。貴女でしょう?」
「えー、そうかしら? ほら、アデリーナさんを信奉する見習いさん達もいたでしょ。あの人達がメリナさんに反感を持ったんじゃないかな。そもそもね、メリナさんを寮から追放して、私はどんな得をするのよ?」
「それを訊きたいと思っております」
アディちゃんは後ろに退く気がないねんな。じゃあ、私も協力しよっと。ルッカ、悪ぅ思わんといてな。
「ルッカ、あんたさぁ、空からずっと監視してるじゃん? あれ、気に食わないんだよね」
「ソーリーよ。天使として魔王候補の動向は見ないといけないから」
「は? あんたが見てんの、それだけじゃないじゃん。薬師処とか職人も対象じゃん」
あたしは元が猫だから、人間が気付かへん気配とか視線とかにも反応してるんやで。
「薬師処……で御座いますか?」
あかん。アディちゃんにも伝えてなかったわな。
「もうシークレットだったのに。フロンさんはお喋りね」
「は? あんたが腹の底をさらけ出さないんが悪いんじゃん」
あー、こりゃ、戦闘だわ。ルッカの体内の魔力が揺らぎ始めよった。
防御障壁を三枚くらいでえぇんかな。
「アデリーナさん、2人で話そっか? この先はセンシティブなの」
「拒否致します。貴女の精神魔法対策にフロンが必要で御座いますので」
嬉しいこと言ってくれるわぁ。こーなんや、グーッと昂るわ。
「だよね。アディちゃん、私、頑張るね」
あれ? 誰も突っ込んでくれへんのかぁ。寂しい限りやわ。黙ってたら、あたしが恥ずかしいやん。恥ずかしさより罵りの方が興奮するんやで。
「バトルトレーニングだったわよね。先に行ってるわ。続きはそこで」
「えぇ、お願い致します」
神殿の中じゃ戦えんわな。えらいことになったわ。化け物がおったらルッカも倒せるんやろうけど、あたしとアディちゃんで敵うもんなやろか。
いつもの草原に来てもうた。
ルッカは逃げずに待っておったんやな。ケリはどうにか付けるちゅーことやな。
「始めましょうか」
「えぇ、アデリーナさん、お手柔らかに。あっ、ねぇ、アデリーナさんと私だけのデュエルにしない?」
そりゃ飲めへんで。アディちゃんに不利やんか。あんたの強さは化け物に次ぐって、あたしは感じてるんやで。あんたは、いつも本気を出さへんけどな。
「ククク、舐められたもので御座います。『祖母』殺しの汚名も受け入れましょうか」
決闘にヤル気かぁ。んじゃ、あたしは退かんとアディちゃんのメンツを潰してまうわ。
でも、イザとなったら参戦するで、アディちゃん。
「あはは、私は死ねないし、『孫』を殺す気もないわよ。あれば、もうアデリーナさんを殺してるし」
雑な挑発やなぁ。
しかし、祖母とか孫とか、2人はそんな関係やったんやな。そんなん忘れとったわ。
先制はアディちゃん。ルッカが剣を取り出す暇もなく、ルッカの手首を打ち落としたんは流石やわ。
「やるわね」
いくら魔族でも痛いはずやけど、顔色一つ変わらへんか。再生が遅いんは、アディちゃんの剣がえぇ魔剣やからやな。でも、ルッカの再生能力は魔剣の魔力を越えるで。
「ノヴロク王は王国の中興の祖と、昔から評価されております」
2撃目を放ちながらアディちゃんが言う。
「私のボーイだから当然よ」
それを後方に浮き上がる感じでルッカは避けよった。
あー、魔力を撒き散らしてるのはアカンで。それ、例の精神魔法とかとちゃうか?
「もぉ、フロンさん。1対1って言ったじゃない。アンフェアよ」
「あは、ごめーん。美味しそうな魔力だったからさ」
精神魔法の方がずるいで。耐性持ってへん人間なんかイチコロやんか。
「フロン、手出し無用」
ルッカはうまいわ。アディちゃんのプライドの高さを利用してきたんやな。
ルッカの手首も再生を終えて、剣も手にしとるわ。アディちゃん、気張りや。
「ノヴロクの政治は、中に棲んでいたブラナンだけでなく本人の能力の高さに依る点も有ったのでしょう。ブラナンから引き継いだ記憶に、そう刻まれております」
「へぇ。もっと聞きたいわ」
聞きたいと願った割には鋭い剣先がアディちゃんの頭を掠めよった。アディちゃんが頭を振らんかったら直撃で死んでたで。
「剣を退き謝罪なさい。さすれば聞かせましょう」
「何を謝るのかしら。ワンダーね」
同時に振り落とした2人の剣が激しく衝突。えらい気合いやわ。火花と一緒に剣に含まれる魔力が弾けたで。
「ノノン村を襲う冒険者に便乗したのは、メリナさんを神殿から離す必要があったのでしょう?」
あの冒険者達は精神魔法に掛かってなかったし、掛ける能力もなかったんや。それでも、ルッカの仕業やとするのはきついかもやで。
「何のことかしら?」
高速を誇る、アディちゃんの光る矢を剣の腹で受け止めるなんて、ルッカもやりますな。
「フランジェスカにも手を出すなんて、聖竜様のお怒りに触れるのでは?」
ルッカの剣は全てアディちゃんの体に触れることはない。体格ではルッカに分があるのに、アディちゃんは技術で対抗している感じやね。
「あの新しい娘さんね。実体化が進んでいる聖竜様が守護精霊になったり、無数の精霊の中から聖竜様が選ばれるとか、物凄い確率よね。サプライジングだわ」
ルッカの無詠唱魔法。
アディちゃんの後頭部にエアハンマーや。えげつないわ。
「聖竜スードワットは監視できる地上の範囲が限られている。それを補う存在がルッカ、貴女でしょう?」
大きく横にステップを踏んで躱すアディちゃん。
「それは当たりよ」
それを読んでいたルッカがアディちゃんの横に転移していた。
「なら、ノノン村周辺は聖竜が把握できないってことで御座いますね」
突き出されたルッカの剣はアディちゃんの剣で防がれ、逆にアディちゃんが横飛びの勢いを利用して肘をルッカの腹に入れる。
今日のアディちゃん、体がキレてるわ。
「さぁ、どうなんだろうね」
「帝国領土も聖竜は把握しておりませんでした。極めて狭い部分しか見えてないのに、聖竜がこの地を支配しているのはおかしい」
「おかしさが分からないわ」
2人は剣先を真っ直ぐに相手へと向けて対峙する。それから互いに間合いを詰める。
「薬師処を監視しているのでなく、もしかしてマリールを?」
「あんなノーマルな子を相手にしないわよ」
会話の間も攻防が激しくて、あたしもルッカの隙だらけの背中に爪を入れたくなるやん。
「ブラナンの治世2000年でも文明は進展しなかった、とマイアが嘆いていました。敢えて文明の進化を止めているのでは?」
「あはは、邪推。クレイジーよ」
「マイアが異空間に閉じ込められた永久にも近い年数、そこでは何回も文明が開化し、そしてその頂点で崩壊するように無に帰すことを繰り返した」
「へぇ。インタレスティング」
あっ。ルッカの魔力が揺らいだ。
「世界を保つ役目の貴女はそれを防ぐのも使命。邪推と言われたらそれまで。しかし、ヤナンカに幽閉させたのは、それから解放されたかったのでは?」
アディちゃんは喋りながらも剣でルッカの肌を切り刻む。格段にスピードが上がってるわ。あれは化け物じゃないと防げないやろうね。
「じゃ、そういうことにしとこうか」
ルッカの魔力が集約してアディちゃんの至近距離で爆発しよった。
何とか、あたしの魔力防壁でアディちゃんは守られたはず。
爆風の後にルッカの姿はない。空に逃げよったな。
「ルッカ、聞こえているものと存じ上げます。貴女の大事なものを奪うことにしましたので、またお会いしましょう」
そこでアディちゃんは剣を鞘に収め、あたしが祝福のために抱き付いたら、その鞘で腹を殴られた。
(資格試験のため、来週の日曜日まで休載します)




