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ショーメ先生のお手伝い

 久しぶりにゆっくりと朝食を頂きました。ベセリン爺が淹れてくれたお茶から昇る湯気はゆらりゆらりと私の僅かな眠気を醒ましてくれます。

 巫女長の機嫌を損ねないように部署の小屋に一番乗りしていた私です。でも、今日は違います。だって、ショーメ先生が「メリナさんをお借りします」と神殿宛に連絡を入れてくれたと言うんですから。

 まるで私が盗人かのような表現でオズワルドさんに返信すると日記に書かれた時は「この人、自殺願望があるのかな」と思ったものですが、この至福の一時を与えてくれたことには恩を感じております。



「メリナ、ゾルから聞いた。どこに行けば良い?」


 もうそろそろ見慣れてきた、大人になったソニアちゃんが私に話し掛けて来ました。私の食事が終わるのを待っていたのでしょう。


「ちょっと遠いんだよね。馬車でも2日くらい掛かる森の中なんだ。イルゼさんが来てくれたら早いんだけど」


「地図が欲しい。自分達で向かう」


「私が書いたヤツで良い?」


「不安だけど構わない」


 むっ。地図職人としての私の才能を知らないようですね。ベセリン爺に紙とペンを借り、さらさらと書いてやります。

 シャール、分かれ道、橋、ラナイ村、森への小道、オズワルドさんの開拓村、更に奥のノノン村。


「はい。これ」


「メリナ、絵が上手」


 遊び心でシャールは聖竜様、ラナイ村は私に矢を向けるアデリーナ様、開拓村は腹が出ていた頃のオズワルドさん、ノノン村はお母さんを描きました。それが褒められたみたいです。自分としては全体的に丸っこいし、頭と体の大きさが同じくらいの絵になってしまうのが素人っぼくて恥ずかしいんですよね。


「去年の留学先でも美術部の先輩にべた褒めされたんだよ」


「武の才能しかないんだと思ってた。ごめん、メリナ」


 唐突に思いも寄らないことで謝られると、腹が立つと以前にアデリーナ様が申していましたが、その通りですね。



「ゾル、メリナが地図をくれた」


「大丈夫か、それ?」


「あっちぇるー。そりぇ、あっちぇるよー」


「ミミは物知り。最初からミミに訊けば良かった」


 失礼な発言も耳に入りますが、剣王のまだ幼い息子もこの場にいますので、私は黙って流してやります。

 それにしても、邪神め、本当に剣王の子供を妊娠しているのか。精霊だから人間の体とは異なる仕組みだとは思いますが、この先、どうするつもりなんだろう。


「めりゅな、しゅんぴゃいいりゃないー」


 私の心を読んだか。


「そうですか、それはどうも。ところで、ソニアちゃんの用は済んでいるの?」


 私は覚えています。帝国での居場所を確保したソニアちゃんは、彼女の母親を演じていた陽気な使用人を探しにシャールへ来ていたのです。


「うん、見つけた。冒険者に護送も頼んだ」


 冒険者ねぇ。あいつら、粗暴なのも多いから不安だな。


「俺の知り合いだ。信頼できる」


 そうですか。それは何よりです。

 彼らはショーメ先生を待つ私よりも先に宿を出ていきました。



 さて、2杯目のお茶を頂きます。傍らには甘いパン菓子まで添えられています。


 暇な私は昨日のフランジェスカ先輩の話に思考を傾ける。

 私を新人寮から追い出し、フランジェスカ先輩を薬師処から追い出す動き。何の目的があるのだろうか。全く分からない。

 私と先輩の共通点と言えば……あっ、両方ともアデリーナ様から一方的に友達認定されてるな。

 いや、でも、その事実がどう動機に繋がるんだろう。んー、違う気がする。


 薬師処から追放するならフランジェスカ先輩を直接操るのが楽。なのに、犯人がそれをしなかったのも謎です。

 昨日は先輩の守護精霊である聖竜様にバレない為かと思ったのですが、ノノン村では操られる先輩を見たことを思い出します。


 全然分からないなぁ。

 あの匂いが最大のヒントなんでしょうね。だったら、やっぱりルッカさんを1発ぶん殴ってから尋ねますか。



「お待たせしました、メリナ様」


 私が顔を起こすと、いつものメイド服姿のショーメ先生。

 やっと来たみたいですね。


「他に服を持ってないんですか?」


「仕事着ですから」


 街中では目立つのにと思うんですがね。


「で、何しに行くんですか?」


「まずはオズワルドさんの村に獣人を送り込みます」


「あれ? その件、知ってたんですか?」


 しかも、ショーメ先生がオズワルドさんの言うことを素直に聞くとは珍しい気がする。


「昨日、知りました。このホテルを私に下さるとのことですので、少しは協力しないと悪いでしょ? まるで獣人を隔離するみたいで決してベストな方法ではないと私は思うんですけどね」


 オロ部長の様に気にせずに生きていけるだけの強さがあれば良いのですが、出会ったばかりのニラさんも酒場で獣人であることをバカにされていましたし、王都では獣人であることを理由に皆が酷い扱いをされていました。

 ショーメ先生の考えも分かりますが、需要はある。救われたい人には救いになると思う。


「あの開拓村までは遠いですね。剣王を引き留めて連れて行って貰いましょうか?」


「イルゼさんを使って良いとアデリーナ様に許可を貰っております」


 なるほど。じゃあ、逆に剣王一行もそれに便乗すれば良かったですね。もう遅いかな。



 ショーメ先生に連れられて着いた所はシャールの街壁の近くにある日当たりの悪い貧民街でした。

 私の清掃活動とその後のクリスラさんの自治活動により、かつての陰気で荒んだ雰囲気は一掃され、簡素ではありますが路上での物売りすら出現しているくらいでした。昔なら、品物をならべた時点で荒くれ者達に襲われていたでしょうに、治安が良くなっているのですね。


「おぉ、ボスもやって来たのか。歓迎するぜ」


 異空間での修行により脂肪が落ちて筋肉隆々いえ、筋肉お化けと呼んだ方が良いくらいに逞しくなっているガルディスが向かえてくれました。


「クリスラさんは?」


「あっちで移住する奴らを集めてるぜ」


 試験対決とかお食事対決とかをした広場の方ですね。


 クリスラさんが信仰する狐型精霊リンシャルを象った置き物が街角に多く見られます。

 聖竜様の神殿があるシャールの街でなんと不埒なマネをとは思いますが、今日は許してやりましょう。



 クリスラさんはもうデンジャラスさんじゃありません。結婚式に引き続き、金色の髪を長く伸ばした状態です。片耳にびっしり付けていた輪っかも取っています。


「フェリス、移住希望者25名です。宜しくお願いします」


 結構多いな。オズワルドさんのところ、こんな人数を養える畑とかまだ無いと思うんだけど。全部、ニラさんの商会に頼るつもりなのかな。


「畏まりました」


「この世に落ち着く場所が無かった者達です。どうか彼らに幸せを与えなさい」


 元聖女らしいお言葉。


「オズワルドさんに強く要請しておきます。お任せ下さい」


 これは自分の責任ではしないって宣言ですね。ショーメ先生らしいなぁ。


 さて、集まった獣人の大半が、腕が獣化している方々です。物を握れる形じゃないからお仕事しにくいんでしょう。しかも目立つから貧民街でひっそりと生きていた人々なのだと私は思いました。

 でも、頭部が人間だから駆除されなかったのかな。私の亡くなった方の弟や妹みたいに魔物の様に生まれた人達は、生き残れてないんだろうなぁ。

 ……できることなら、そういう赤ん坊も救いたい。オズワルドさんにお願いするかな。


 体に深い傷を持っている人もいたので回復魔法で治療し、昼前に転移して来たイルゼさんに引き渡します。

 一言二言、言葉を交わす元聖女と現聖女。少しは和解しているみたいですね。



「終わりましたね。それじゃ、宿に帰りましょうか」


 クリスラさんもお祈りの時間と言うことで去っておりまして、私はそう提案しました。


「まだですよ、メリナ様。むしろ、これからが本番。イルゼさんが帰って来たら、別のところに転移します」


「えー。神殿で働くよりも仕事量多いなぁ」


「どれだけ仕事してないのですか」


 は? しかし、反論は選択しない。さっさっと仕事を終わらせた方が得です。


「で、次の仕事は?」


 私の問いに対して周囲を注意深く見回した後、耳元でショーメ先生は告げました。


「竜の巫女ルッカの息子の誘拐。場合によっては殺害」


 ……アデリーナ様、遂にルッカさんを敵認定しましたか……。

 これは、かなり骨の折れる仕事になりそうですよ。本当に息子さんを殺したら、間違いなく、どちらかが死ぬまでの全面戦争になっちゃうから、絶対に避けないといけませんね。

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