真の竜の巫女
巫女さん業務領域に男がいるのは良くないので、私達は一般の参拝者も入れる本殿近くの茶屋に移動しました。
剣王は完全敗北したにも関わらず、その顔は大変に爽やかなものです。今もマリールが適当に頼んだ飲み物や軽食を口にしています。
「もう少し良い勝負ができるものと思っていたが、未だに頂きは遠いって分かったぜ。眼で追えても体の反応が追い付かねーなんて、筋力を更に鍛えるか。いや、身体強化の魔法を覚えた方が良いか」
ご機嫌な調子の呟きでしたが、それに反応する者はここにはいません。
「あんた、見習いを首で良いわよね?」
マリールが確認する。
「あぁ、巫女になっても強くならねーんじゃ、サブリナを騙る必要もねーしな。メリナの弟子にしてくれたら、それで良いぜ」
「は? 聖竜様への信仰心がない者を弟子に取れるか」
怒り心頭の私を宥めるのはフランジェスカ先輩です。
「メリナ、聖竜様を愛する貴女は立派だけど、信仰は強制するものでも取引に使うものでもないよ。あくまで己れの為だけに信仰するのが一番平和。聖竜様もそう仰っているのだから間違いないの」
そういう考えもあるとは思いますが、私は聖竜様を慕っているのです。そして、皆にも全力で慕って貰いたい。
「私は聖竜様の素晴らしさをあまねく全世界に伝えたい……」
「伝道するのも自由だけど、それを信じるかどうかは相手に任せるのが良いってこと。無理強いしたら歪みが発生するわよ。大丈夫。聖竜様のお教えを知れば、自然に信じてくれるから。それが聖竜様の偉大さの証明でしょ?」
「なるほど! その通りですね。聖竜様の偉大さが分からないヤツなんて殺す価値もないってことですか!」
いやー、フランジェスカ先輩はやっぱり立派です。私、初めてかもしれません、教えについて人から導きを得たのは。
神殿生活3年にして、遂に巫女らしい会話ができた気がします。まぁ、アシュリンさんが巫女として無能過ぎたって話なんですけどね。
「メリナ、ゾルサックさんなんだけど、オズワルドさんの村に行って貰ったら?」
「あー、なるほどねぇ。村の警護を頼むんですね」
剣王の強さなら冒険者も盗賊もあの辺りの魔物も余裕でしょう。ただ、こいつが退屈そうな仕事の依頼を飲むかどうかか。
「いいぜ。そこがどこだか知らねーが、ソニアやミミと鍛え直したい」
心配は杞憂で終わったようでして、彼は詳しいことも聞かずに了承したのでした。
「これで解決ね。それじゃ、私は戻るから。メリナ、うちの建物を破壊した修理費は魔物駆除殲滅部に請求するからね」
っ!?
「マリール! それだけは嫌! 私が支払うから! 私個人で支払うから!」
部署の責任なんて事にされたら、部長を兼任する巫女長から過度な折檻を受ける可能性が浮上します。
「……必死ねぇ。分かったわ。私が立て替えておくから。シェラみたいにおかしな利子も付けないから安心して」
「すみません。お母さんに怒られるから、すぐに返金しますので……」
しかし、返す当てはない。口には出しませんが。
剣王とマリールは方向は異なりますが、共に去ります。私とフランジェスカ先輩だけになりました。
「先輩、おかしいと思いませんか?」
「何が?」
「どう見ても男なのに、あいつが巫女見習いになれた事です」
「そうね。副神殿長の面接をよく乗りきったわね」
「私、あいつの嫁から賄賂的な話を仄めかされています」
「そう。でも、それは珍しくない話だから」
そうなんですか!?
贈賄側と収賄側、どちらにも天誅を喰らわしてやろうかと思っていたのにフランジェスカ先輩の答えはあっさりとしていました。
釈然としない私の気持ちを先輩は感じ取ってくれたようです。
「異常は異常よ。でも、解決したことだからね」
「しかし、お金で巫女見習いになるのは……」
「礼拝部の大半はそれよ。それにマリールも」
そうだった。私の同期であるマリールとシェラの2人も聖竜様の声が聞こえない偽巫女でした。
竜の巫女並びに見習いの必須条件は聖竜様の声が聞こえること。でも、私が知っている限り、それをクリアしている巫女さんは巫女長と私しかいない。
他は全員偽物です。何百人もの巫女が活動している神殿なのに、恐ろしい現実です。聖竜様にその事実を伝えたら笑っていたなぁ。聖竜様の懐の深さに感動します。
「メリナ、竜神殿が建設された由来って知ってる?」
「聖竜様が偉大で、皆が信奉して自然とできたんじゃないでしょうか」
「それもあるかもね。最初に作った人は名もなき男性。その人が虐げられた女性達を救うために居場所を作ったんだって言ってたわよ」
「へぇ」
フランジェスカ先輩は「言ってた」と表現したので、彼女も誰かから聞いた話なのかな。
「巫女になりたくて賄賂を支払った人も、半ば追放的に親に支払われた人も、聖竜様の声が聞こえると嘘を吐いて来た人も、神殿に入った人は皆、救われるべき。聖竜様も自分が敬われることよりも、救われたい人を救うことに幸せを感じるんじゃないかな。だって、聖竜様は常にお優しい方だから」
素晴らしい! なんて良い考えなんでしょう! これ、見習いになった時に聞きたかったです。
薬師処の人達はこんな研修があるんでしょうか。私なんて初日からアシュリンさんと殴り合い、その翌日にはオロ部長と殴り合いだったんですよ……。部署間格差に愕然とします。
「だから、ゾルザックさんも悩みが解決されて良かったと思うべきかな。もちろん、これも聖竜様がお導きになったの」
おぉ、さすが聖竜様!!
「はい! 私、こんなに心を動かされた話を先輩巫女さんから聞いたの初めてです! フランジェスカ先輩が魔物駆除殲滅部に来てくれて本当に良かったです!」
興奮する私にフランジェスカ先輩は続けます。
「オズワルドさんも虐げられている獣人の居場所を作ろうとしているんだよね。あの村もいずれは獣人の神殿になったりして」
なったら良いですね。あっ、でも、本気かどうかは有りますが、オズワルドさんはアデリーナ様を神だとか呼んでいたから、獣魔王アデリーナが御神体になったりして。うふふ、極めて邪悪な土地になりますね。
「先輩は本当に優しいし物知りです。凄いです」
「あはは、全部聞いた話なのよ」
この博学さならと期待して、私は例の件も聞いてみようと思いました。
「じゃあ、これはどうです。2000年前の大魔王討伐の英雄って知ってます?」
「うん。聖竜様、竜騎士フォビ、聖騎士ブラナン、大魔法使いマイア、拳聖カレン、聖魔ヤナンカかな」
一般に知られていないヤナンカまでご存じとは、フランジェスカ先輩が優秀なのがよく分かります。
「もう1人いるらしいんですよ」
「へぇ、そうなんだ。初めて知ったよ。待って。訊いてみる」
そう言うと、フランジェスカ先輩は眼を瞑ります。暫しの沈黙。
「本当だね。7人目が居たんだ。でも、名前までは教えてくれなかったかな」
え? 本当に今、誰かに聞いたの?
エルバ部長みたいに中に精霊が潜んでいる的な人なのでしょうか。
「誰に尋ねたんですか?」
「聖竜様だよ」
……? っ!? はぁ!?
「……それって聖竜スードワット様ですか? 偽物でなくて」
「そうなんだよね。私の守護精霊は聖竜様なんだ。私が話し掛けた時だけ喋ってくれるの。誰も信じてくれないけど、あはは」
…………マジか!? 羨まし過ぎる!!
「フランジェスカ先輩、私のガランガドーと交換しましょう! あいつ、たまに役に立ちますよ! 帝国とか焦土にできます! さぁ、今すぐに!!」
「うーん、メリナの為だから、可能なら何とかしてあげたいけど方法が分からないなぁ」
「お願いします!! 私の全てを差し上げますから!! 邪神も付けます! 美味しい水もくれるし、その気にさせたら世界とか滅ぼせますよ!」
私はフランジェスカ先輩の両手を握って懇願するのでした。




