表に出ろ
これだったのか……。
昨日、宿に帰ってソニアちゃんに日記をお願いしました。その時に「ゾルをよろしく」って書かれて疑問には感じたのです。
まさか、本当に竜の巫女にはなるとは……。
「お金の力は凄い」ともあって、神殿の誰かに賄賂を渡して実現した可能性がありますね。これはこれで、極めて深刻な問題です。
ただ何にしろ、剣王の強くなりたいという欲求は私の想像以上に果てしないものだったのか。
お前、努力の方向を完全に見誤っていますよ。
呆然とする私を余所にマリールはソファーに座ったままの剣王に話し掛けます。
「サブリナ、さっきはごめん。変わり様に驚いたから部屋を出てしまったの。多様性の大切さは知っているのに、いざとなると対応しきれないね」
「い、いいのよ。私、大丈夫」
無理して出す裏声は珍妙な響きです。
また、妹の名を借りて巫女見習いとして神殿に潜入している剣王にも羞恥心はあったのでしょう。答える前に逡巡がありました。
まだこいつを説得できる気がする。
「お前、ふざけんな。ストイックに剣の練習をしていたお前はどこに行った?」
私の声は自分でも冷たく感じられる程のものでした。帝国の砦で過ごした時の彼の直向きな剣への想いを、私は好ましく思っていたのかもしれない。
「メリナ、大丈夫。私はサブリナを受け入れた。最愛の兄を失ったが上に、その姿を真似る。意味分かんないけど心情としては理解してあげたい」
マリール……なんて優しい――いや、お前も正気か?
こいつ、めちゃくちゃ筋肉質ですよ。
仮に本物のサブリナだとして、そして、最愛の兄の姿になっているんだとして、どれだけ修行してその体を手に入れたんですか。
半年やそこらでも手に出来ないくらいの屈強さですよ。
そもそも不自然な裏声に何も感じないのですか?
「マリール、ごめん。こいつはサブリナじゃない。サブリナの兄の剣王です」
「は? ……見た目通りに別人? しかも男? 変質者じゃん」
「うん。で、剣王、茶番劇は終えなさい。お前の行為は聖竜様への愚弄に等しい。これ以上は許せません」
私は自分の言葉で気付きます。怒りも覚えていたのだと。
しかし、剣王は怯まない。
「竜の巫女の異常な強さ。その秘密を知り、身に付けるまでは帰らねーぜ」
剣王は既にサブリナを演じるのを止めました。演じられていなかったけど。
「……こいつ、何言ってんの? 狂ってるんじゃない?」
今度のマリールの呟きは真実を突いていると思います。己の武を高めることに拘り過ぎ、剣王は自分の行動がどんなに酷いものなのかを分かっていない。
「マリール、安心して。こいつは叩き出してやるから」
「恥を忍んで頼む! 俺に神殿の秘技を教えてくれ!」
「今のお前ほど恥を忍ばせていないヤツは見たことないですよ。表に出なさい。男子禁制の神聖なる地を穢した罪を命で償う形となるかもしれませんがね」
敵意を隠さずに私は告げます。
「望むところだ。本気のお前と戦える、それこそが戦士の誉れ。巫女戦士ゾルザック、謹んで受けて立ってやるぜ」
「み、巫女戦士って、お前、止めなさい。お前は巫女じゃないし、殺す気が失せるくらいに間抜けな2つ名だから」
「友であるアントンが名付けたんだ。ケチを付けられる筋合いはねぇよ」
「あん? あのボケも絡んでるのか? お前ら死んでしまえ」
「お前とアントンの因縁は知らねーが、アントンは良いヤツだぜ」
首だけこちらに向けて座っている剣王と、扉近くに立ったままの私との間で睨み合いが始まります。
表に出る前に戦いが始まる予感です。戦闘に備えるため、私は体内の魔力を練り始めます。こいつ、異空間での修行で少々強くなったと思われますから。
「メリナ、話をもう少し聞いてあげようか」
もう少しで私の準備が完了しそうなタイミングで、フランジェスカ先輩が止めに入ります。
「いいえ。こいつはバカだから、聞いても何一つ理解できないですよ」
答えたことで整えた体内の魔力が散逸して、私は剣王への奇襲を諦めます。
「……メリナと一緒じゃん……」
そんなマリールの小声が聞こえましたが、聞き間違いでしょう。親友がそんな発言をするはずがないから。
「大丈夫。私、結構、相談役に慣れてるんだ」
フランジェスカ先輩は私が止めたにも関わらず、ローテーブルを挟んで剣王の対面に座りました。私とマリールも先輩の両脇に位置しました。
「ゾルザックさん、貴方は強くなりたくて竜の巫女を志望したのね?」
早速の切り出しは慣れたものです。フランジェスカ先輩は巫女さん相談室で相談員をしていた経験がありますからね。
「そうだ」
「はっきり言うと、竜の巫女になっても強くなれないよ」
「そんなことはねーだろ。メリナ、アデリーナ、パウスの嫁、魔族2匹、蛇、巫女長のババァ、どれも気違い染みた強さを持つ戦士だ。何か秘訣があるはずだ」
「根拠は歴史。ゾルザックさんが言うような秘訣があって、そんなに竜の巫女が強くなれるのであれば、王国の王都はシャールになってたはず。確かにね、ゾルザックさんが言う通り、最近の魔物駆除殲滅部は強い。でも、それは、このメリナさんが神殿に入ってからなの。分かる?」
「……なるほど……。それはそうかもしれねーな」
「そうなのよ。私は神殿に10年以上所属しているのだから、間違いないわ。メリナさんが来てからかな、なんだろう、神殿が変な――奇みょ――おもしろ――ごほん、人間離れした雰囲気になってきたのは」
ちょっ、フランジェスカ先輩、言葉の選択をかなり間違えまくった感じがしましたよ。まさか、それが本音ですか……。
しかも「人間離れ」も、良い意味で使うことは多くない気がします。
「メリナさんが来てから、皆がおかし――ゴホン、強くなったと言うことは?」
「つまり、そうか、巫女となるのではなくメリナの近くに居ることが成長の秘訣」
「うん。そうだと思う。私自身、実感してるし」
「分かった……。確かにソニアもメリナの稽古で強くなっていた。俺も別に巫女になりたかった訳じゃねー。むしろ、心の底では抵抗があった」
いや、心の最前線で抵抗しろよ。
「別に聖竜を信じている訳でもねーしな」
「は? 表に出ろ」
私は激昂します。部屋の壁を拳でぶち抜いて、その先にあった壁も風圧で何枚も貫き倒して外への道を作りました。
「メリナ! あんた、何やってんのよ!?」
「ごめん、マリール。竜の巫女代表として、こいつを叩きのめす。それが私の使命」
「望むところだぜ」
満足そうな顔で剣王も立ち上がる。彼の腰に差している剣の鞘も嬉しそうにガチャガチャなりました。
マリールとフランジェスカ先輩が薬師処の巫女さん達に謝り続けている姿に申し訳なさと共に感謝の念を抱いていましたが、剣王と対峙すると心も体も戦闘モード。
「行きますね」
「あぁ、来い」
返事を待たずに土を蹴る。ヤツが反応する前に強烈な殴打を胸に当てる。が、数日前に殴った経験を活かして力を込めたのですが、それでも予想以上に堅い。
結婚式でパウスさん、アシュリンさん、お母さん、ミーナちゃんと敵対したのに、こいつが五体満足で夜会に出ていたことを思い出す。強い。
上方から剣が降ってくるのを察知して回避。同時に体内の魔力を練り直し。
その結果、不思議な事に私以外の全ての動きがゆっくりに、いえ静止した感覚に陥りまして、私は戸惑いますが無視。
再び、懐に飛び込んだ私は剣王に何もさせずに10発前後のパンチを打ち込み、最後は蹴りを顎に入れて終らせました。




