流血沙汰
薬師処の巫女見習いさんが3名やってきました。部屋の前でノック、扉を開けてから一礼、歩き方も背筋を伸ばしてシャンとしています。
この部屋は会議用なのでしょう。真ん中に空き地がある感じで正方形に大きな長机4つを配置しています。贅沢な使い方です。
壁際には天井までの本棚が置いてあって、この薬師処はやっぱり賢い人達の集まりなんだと思いました。私の実家でも本好きなお父さんが本棚を自作していましたが、ここにある書籍の中にはお父さんが隠し持っている様な女の人の裸の絵画集とかはないんだろうなぁ。
マリールが着席を促して、漸く見習いさん達は入り口に近い席に座ります。私よりも歳上に見える見習いさんもいらっしゃいますね。
彼女らは見習いさんなので、巫女服の支給はなくて私服です。町娘と同じような服装でして、決して華奢ではないのはここが薬師処で各種の実験で汚れる可能性があるからかも。
「忙しい中、呼んでごめん。で、早速だけど、ウェイニー、貴女に質問。フランジェスカ先輩がメリナに引き抜かれたって言ってたけど、それは本当?」
引き抜いてないのが真実。むしろフランジェスカ先輩の身を案じて移籍を止めたかったのが私の想いです。
当事者が2人とも揃った、この場で、私と同い歳くらいのウェイニーとかいう見習いさんはどう答えるのでしょうか?
「本当です」
っ!?
こいつ、一切の躊躇いもなく嘘を吐いた!
「私、聞きましたもの。フランジェスカさんが『薬師処でやっていく自信を失くした』って仰り、メリナさんが『うちの部署に来るなら大歓迎です』って仰ってました」
言ったか? 私、そんなこと言ったのか?
フランジェスカ先輩の自信云々は聞いたかも。確か、コリーさんの結婚式の準備のため、マリールの実家であるゾビアス商店を頼れないか相談しに来た時に、そんな会話をした気がします。でも、自分が何って答えたかは思い出せない。
フランジェスカ先輩も何も言わずでして、私達の沈黙は見習いさんの発言を肯定するものとマリールには受け止められたでしょう。
「いつよ、それ?」
マリールの質問先は私。
「前にマリールと出会った日かな。えーと、巫女長が分裂したって話をした日」
……なんて奇抜な話題なんだろう。私がおかしな人だって見習いさん達に思われないか不安です。
「最近じゃない、それ。メリナさぁ、先輩の大切な話をせずに気味の悪い話を私に聞かせたの?」
マリールの私を見詰める視線が刺すように鋭い。
「いやー、結果、そうなりましたねぇ。……ごめんね」
頭を下げる時に、私は見えました。ウェイニーとかいう見習いさんがニヤッて笑ったのを。
「今のやり取りを引き抜きって言うのは強引だけど、誤解されるのも仕方ないかも。でも、私の意思で薬師処を出たのよ。そこは勘違いしないで欲しいかな。メリナは関係ないの」
フランジェスカ先輩はウェイニーの眼を見ながら、はっきりと伝えました。そして、続けます。
「嘘を言い回るのも止めてね」
ん? フランジェスカさんらしくない強い語調。内心はお怒りなんですね。
「……はい」
この迫力にはウェイニーも素直に従わざるを得ませんね。
次に、マリールが喋ります。
「先輩が薬師処に戻ってきたら、私の研究室で一緒に仕事するから。いつでも帰って来れるように部屋を用意しておいて。分かった?」
「従います。でも、フランジェスカさんではマリール様の研究の足手まといになるのでは――」
「は? なる訳ないじゃん。ウェイニー、あんたより100倍は私の力になるわよ。信じた私もバカだったけど、先輩が引き抜かれるって思ったなら、それを阻止する為に動きなさいよ。あんた、メリナ以下の存在価値ね。無能よ」
いや、そこに私を引き合いに出したらおかしいでしょ。私が底辺みたいです。
「そんな……酷い……」
ウェイニーは下を向きます。肩を震わせながら、目に手を持って行ったりしています。
でも、私は分かります。嘘泣きです。マリールもそれを分かっていることでしょう。
「で、私はウェイニーだけを呼んだのだけど、貴女達は何?」
嘘泣き中のウェイニーを無視してマリールは他の見習い2人に問います。私より年上と年下の見習いさんです。
「薬師処長からの言伝てが有りまして、ウェイニーにマリール様の場所を聞きますと、ここに案内されました。ウェイニーに同席を頼まれまして断りきれず……」
年長さんの方が答えます。
「で、そっちは?」
「私もウェイニーに頼まれて来ました」
あっ、この若い見習いさんは見覚えがあります。前回ここに来た時、帰り道を案内してくれたけど、途中で見失った人です。
「1人で来れないって、どれだけ無能なのよ。反吐が出そう。それで薬師処長の話は?」
マリールは容赦しないなぁ。罵倒を続けられるウェイニーさんが可哀想です。
「見習いが新しく配属されたのでマリール様に付けたいとのことです。それで今から顔合わせをお願いしたいと」
「また? 他の人に付けてよ」
「人員配置は薬師処長の権限ですので。見習いの氏名はサブリナ・マーズでして、異国出身とのことです」
サブリナっ!?
竜の巫女になろうかなとか言ってましたけど、遂に来たのか!!
「えっ、マジ? すぐ行く」
サブリナと面識のあるマリールも驚いていました。立ち上がります。
「先輩、メリナ、ごめん。サブリナを連れて戻ってくるから」
マリールとその案内に年長の見習いさんが去り、部屋には見習い2人と私達が残ります。
ウェイニーはまだ下を向いたままでして、少し空気が重いです。
「さぁ、誤解だったことも分かりましたし、皆、仲直りして元気出していきましょう」
私は明るく朗らかに言います。誰にも過ちはあるものですからね。
なのに、帰ってきた言葉は私の期待を裏切るものでした。
「あんた、さぁ、マリール様に気に入られてるみたいだけど、役には立たないから邪魔しないでよね」
こうフランジェスカさんへ言い放ったのは年下の見習いの方です。私はビックリします。
「マリール様に必要なのは実験助手。あんたの中途半端なアイデア出しは無駄だし、邪魔。1人でやりなよ」
きっつぅ。
強く反感を持ちますが、私はグッと我慢します。だって、薬師処での能力の話だから。殴り付けて上下関係をこいつに教えてやりたい気分ですが、フランジェスカ先輩に恥を掻かせる結果になりかねません。
考えたくないけど、実際に先輩が能力不足なら逆上しただけになってしまうので。
「だから、部署異動したんだよ」
「そう。2度と戻ってこないで」
居心地が悪い。うちの部署に配属された見習いなら拳骨百連発で教育なのですが、どうしたものかなぁ。
「それから、そっちのウスノロも来んなよ」
えっ、私?
「女王陛下の覚えがめでたいだけの、ただのバカ。死ね」
もしかして私に言ってるのかな……? 魔法一発で貴女の命を奪えるって知らないのかな?
「やれやれ、薬師処の教育はどうなっているんですかね。他部署の見習いさんだから優しく言いますけど、目上の人への敬意は大切ですよ」
「は? 寝惚けてんの? 死ね」
……殺して欲しいのかな。メリナ、悩んじゃう。でも、竜神殿の未来を担うかもしれない後輩の1人です。我慢、我慢、我慢……。私はアデリーナ様とは違う人徳者ですから。
プルプル震える私の横でフランジェスカさんが呟きます。
「気のせいかもしれないけど……」
「何でしょう、フランジェスカさん?」
「彼女を気絶させてみて」
「殴って?」
「うん、責任は私が取るよ」
ならばっ!!
「お前が死ねっ!!」
叫びながら、私は机に足を乗せて飛び越し、一気に距離を縮めます。言葉は思いの丈を吐き出しただけでして、実際には即死しないように肩口へ渾身のパンチ。
弾け飛んで壁に激突した見習いさんは、結構な流血をしていました。よく見たら、腕が体から外れています。壊れやすいなぁ、もぉ。
威力調整には失敗しましたが、頭も壁に強打していた彼女は目論み通り、回復魔法の後でも動きませんでした。ペチペチと頬を叩いても大丈夫。
「キャーーーー!!!」
当然にウェイニーが叫びます。
「魔物駆除殲滅部の2人に襲われたーーーッ!!」
……しまった!! 口封じが必要だった!!
フランジェスカさんを見ますと、ウェイニーが驚くのを気にすることなく私の横に来ていまして、倒れている見習いさんの体へ顔を近付けていました。念のために呼吸を見ているのか?
「メリナ、そっちも黙らせて」
逡巡していた私に指示が飛びます。ウェイニーを攻撃して問題が発生してもフランジェスカ先輩が責任を取ってくれる形ができました。嬉しいです。
「了解!!」
立ち上がって叫んでいたウェイニーの腰に蹴りを入れて吹き飛ばす。長机を薙ぎ倒しながら反対側の壁にガンッと当たって止まりました。
「メリナ! 何の騒ぎよ!!」
床に大量の血が広がる現場をマリールに押さえられるのに、そんなに時間は掛かりませんでした。
「先輩も何をしているんですか!?」
振り向くと、フランジェスカさんはウェイニーの体をまさぐっているのでした。




