マリールの怒る理由
猛るマリールをとりあえず小屋の中に入れます。倒れた椅子とかも直して彼女に座って貰います。ずっと私を強く睨んできているのは彼女の真っ直ぐな心根の現れだ、と良い方に解釈しておきました。
「メリナ! フランジェスカ先輩を引き抜いたって聞いたわよ! いくら何でも横暴じゃない! あんたの部署は筋肉バカしか要らないでしょ!」
視線を合わせない為、また、お茶を淹れる為に背中を向けている私へ、容赦のない罵声が浴びせられます。
「いや、まぁ、何でしょうね。今は筋肉バカはいないかなぁ……」
それ、アシュリンさんだけですものね。背を向けたまま答えます。
「あはは、巫女さんの言う通りね。今は人間かどうか怪しいモンスターばかりだもんね」
以前もそうでしたが、確かに今はより酷くなった気がします。
オロ部長、アシュリンさん、私がまだ見習いの頃が一番マシでした。
「アデリーナ様からも仰ってください。魔物駆除殲滅部は犯罪者紛いの連中の集まりなんだから、正統な竜の巫女を配属するなんて贅沢だって!」
いやぁ、マリールの発言は怖いなぁ。
アデリーナ様も同じ部署に異動してるんですよ。掲示板を見てなかったのかな。
「マリール、落ち着きなさい。まずはフランジェスカの話を聞きましょう。それを終えてから、貴女が何を怒っているのか、もう一度尋ねますので」
アデリーナ様は冷静でした。良かった。
フランジェスカさんもマリールを落ち着かせようとしているのか、いつもよりも一層にゆっくりとはっきりと魔物駆除殲滅部に異動願いを出したことを告げました。
「えっ、フランジェスカ先輩は自分でこの部署を志望したんですか……? どうして? フランジェスカ先輩の才能は薬師処でこそ輝くんですよ」
そうですよね。私もそう思います。でも、これは本当に本人のご希望でしたのです。
「マリール、薬師処のケイトさんがフランジェスカ先輩の席は空けておくからって言ってたよ。だから、薬師処に戻れる環境はあるみたい」
マリールの気持ちの整理が付いたと感じた私は更に安心材料を提供したのでした。
「勿論よ! 空いてなかったら誰かを辞めさせてでも空けるわよ!」
私には口調が厳しいなぁ。
「私が言うのも何だけど、デンジャラスな部署だもんね。魔王候補2名に、魔族2名、あと人間かどうか怪しい人が部長だし」
人間かどうか怪しい人ってのはオロ元部長じゃなくて巫女長のことですよね……。神の御使いを自称するルッカさんから見てもそういう認識なのか。やはり巫女長はヤバいですね。
「は? おばさん、勝手に話に入ってこないでくれる? それに明らかな嘘は止めて!」
見習い時代から、マリールはルッカさんに敵対心を持ったままなんですね。原因は、マリールがルッカさんの豊かな胸に嫉妬しているからだと思います。それをそのまま指摘したら激怒されるから言いませんけどね。
「あはは。ルッカ、おばさん呼ばわりされてんじゃん。楽しー」
「最年長だからおかしくないわ。見た目はそこそこヤングなんだけどなぁ」
実際に30前後くらいの見た目ですから、そこまでおばさんでは無いでしょうね。でも、ヤングって……。その単語の選択はおばさんでしょうに。
「それで、マリール? フランジェスカの意思を聞いて、それでも連れ戻したい?」
アデリーナ様が優しく聞きます。私が見習いの頃、まだアデリーナ様が見習いの指導役として振る舞っていた頃の話し方だ。
「才ある人を適所に置かないのは、国家のためにならないと思います」
はっきりとマリールは言いました。いつもは女王陛下であるアデリーナ様を腫れ物に触る感じで避けていたのに、今日は堂々としています。それくらいフランジェスカさんを薬師処に連れ戻したいのか。
「そうでしょうね。しかし、適所が何処なのか、という問題は御座いますよね?」
「アデリーナ様は魔物駆除殲滅部が適任ですよね。私、メリナのような善良な人間も駆除してしまいそうですが」
「何言ってんの、化け物。アディちゃんは私の横ならどこでもピッタリなんだよ。ねぇ、アディちゃん?」
私達の茶々入れはアデリーナ様に無視されました。
「マリール、少なくともメリナさんはフランジェスカをこの部署に誘っていない。それは事実です。貴女は誰からメリナさんが引き抜いたと聞いたのでしょう?」
「……うちの見習い達です」
「それは明確に誤解でしょう。さて、誤解は早めに解かないと大きく広がりますからね。フランジェスカ、メリナさん、マリールと共に薬師処に行って、その方々とお話しされてはいかが?」
「はい。分かりました。行ってきます」
私は立ち上がります。それから、疑問に思ったことを口に出します。
「なんでアデリーナ様が仕切ってるんですか? 部署の経験は私が一番長いから私が一番偉いのではないでしょうか?」
「頭が悪いものほど、偉くなりたがるものなので御座いますね」
は?
お前なんて世界の頂点に立ちたいとかほざいてるクセにっ!! 自分で大バカ者宣言ですね!
「巫女さん、私も行こっか?」
「ルッカさんが来てもすることないですよ?」
「あはは。巫女さんが暴れたら止める人がいないじゃない?」
「なんで私が暴れる前提なんですか……。要りませんよ」
「マリールさんとも仲良くなりたいしね」
そっちが本心か。ルッカさんは私の命を狙う以外はそれなりに良い人ですものね。
「ルッカ、貴女には別の用件が御座います。ここにいなさい」
「アディちゃん、それなら私がするよ」
「行くわよ、メリナ」
フロンの言葉を最後まで聞かずにマリールが立ち上がる。私もすぐに対応します。
可憐なフランジェスカ先輩を魔境である魔物駆除殲滅部に来るように説得するほど、私は残酷な女ではない。誤解は早々に解いておきましょう。
薬師処の建物の中を左右に廊下を折り進み、上下に階段を昇降して、私達は会議室に入ります。この部屋だけでも魔物駆除殲滅部の小屋が丸々入る大きさでした。薬師処は恵まれてるなぁ。
巫女長が薬師処は稼いでいるって言ってたけど、うちの部署も儲かったらこんなになれるのかな。
「増改築の結果なんだろうけど、こんなに複雑だと出口までの道で迷ってしまいそう」
薬師処の巫女見習いさん達を呼び集めているところでして、それまでの時間でマリールに話し掛けました。
「私も普段行かないところは無理ね」
「私もよ」
えぇ、マリールだけでなくフランジェスカ先輩も!?
「火事とかになったら大変なことになるよ?」
「かもね。でも、実験データを盗みたいヤツも迷うから好都合」
「私は入り口に近い所に実験室を貰っていたからそういう問題はなかったなぁ」
「先輩、最近は私の研究討論会も来てませんでしたよね」
「ん? ここ2ヶ月は討論会無しで実験に専念って聞いてたわよ」
「そんなこと知らないし、討論会は毎日してます」
薬師処の建物が大きくなっているのと同様に組織も大きくなっていて、情報共有がうまく行かない感じになっていたのかもしれません。
「訊くのを忘れていました。先輩はどうして魔物駆除殲滅部を志望したんですか?」
「壁にぶつかったって言うのかな。マリールの分光学、ケイトさんの片寄った毒物学みたいに私もこれって言うのものが欲しかったのよ」
ケイトさん、薬師処でもその認識なんだ。
「それは薬師処を外れた理由であって魔物駆除殲滅部を選んだ理由ではありません」
鋭い。その通り。
「あはは。そうだね。一番不人気だから移りやすかったのよ。あっ、ごめんね、メリナ」
……その通りでしょうよ。
私は自分の部署への認識が一緒だったことに複雑な感情を持ちました。




