竜神殿を訪れる
宿に帰ってからジャラジャラと金貨を置くと、オズワルドさんもショーメ先生も驚いておりました。「犯罪は良くないですよ」と愚かで哀れな言葉まで彼女は平気な顔で吐いていましたが、私は余裕です。負け惜しみにも聞こえて、気持ちが良いからです。
防具屋の店長にも金貨を数枚渡しています。あと、「お金持ちになったので退職します」と宣言も終えています。
自室に戻り、門の外で生活している時期にアデリーナ様から頂いた、シェラという方からの招待状を探します。確かタンスに入れたんだけどなぁ。引っ越しでどのタンスか分からなくなったし、中がグチャグチャで服の中に紛れてしまっていました。
しかし、私はちゃんと見付けます。多少、くちゃくちゃになってしまっておりますが、綺麗な白色の封筒で赤い蝋の印章付きです。
手で破って中身を開くと、ちょうど明日の日付でした。まるで運命のようです。でも、思い出すのが遅れたらすっぽかすことになっていて危なかったですね。
さて、朝日で目覚めた私は軽く食事を取ってから竜神殿へと出発します。土地勘が全くなくてオズワルドさんの案内で乗り合い馬車に乗っての移動です。シャールの街中ですが、神殿は東の端にあって、ここから徒歩だと結構な時間が掛かるって言ってました。
乗り合い馬車に乗るのは村からシャールの街に来る時に乗ったっきりです。記憶を失くした二年近くの期間でも、もしかしたら経験があるかもしれませんが、今の私には2度目のことになります。
ドキドキしますね。オズワルドさんに馬車の停留所まで同行してもらって、神殿方面の馬車に乗ったのですが、ちゃんと目的地に着くのか不安になってしまいます。
しかし、私はちゃんと神殿に着くことができました。まず、水堀がありまして、そこを幅の広い大きな橋が渡っています。そこを過ぎると、両脇に私の背丈ほどあるドラゴンの彫像のある門に着きました。遠くには白い石造りの建物が見えまして、私はそれが竜神殿の中でも一番大きな正殿であると直感しました。未だ思い出せない記憶がこっそりと私に教えてくれたのかもしれません。
訪れる人はそんなに多くありません。本当にまばらです。水堀の向こうの駐車場みたいな所には豪華な馬車が何台も見えるのに不思議です。
少し躊躇した後に勇気を持って門を進むと、真ん中に澄んだ大きな池のある、これまた広大な芝生の庭に出ました。石畳の小道がその池を回るように設けられています。
さて、招待状には礼拝堂で竜の舞が行われると書いてありましたが、その礼拝堂は一体どこなのでしょう。
しかし、それにしても参拝客よりも黒い巫女服を着た巫女さん達の方が多いですね。あまり信仰されてないのかな。いえいえ、そんなことはありません。それに、場所を尋ねるのには好都合かもしれません。ポジティブに行きましょう。
私は近くを歩いている巫女さんに声を掛けます。優しそうな落ち着いた雰囲気の方です。年の頃はアデリーナ様よりもずっと歳上の30半ばくらいの方でしょうか。
「すみません。礼拝堂に行きたいのですが、どう行けば良いか、教えて頂けませんか?」
「あっ、はい。えっ、メリナさん?」
巫女時代の知り合いだったのでしょうかね。でも、幸運です。
「はい、元巫女のメリナです。でも、記憶を失くしておりまして、貴女のことも覚えていません。本当にすみません。今日は礼拝堂で開催される竜の舞を観にやって来ました」
「記憶の件は聞いていますよ。早く戻ると良いですね。礼拝堂なら任せて。案内しますね。竜の舞の時間にはギリギリ間に合うかな」
外見通りに優しい人で、ケイトさんという名前らしいです。静かに私を先導してくれる彼女は私の理想とした竜の巫女なのかもしれません。
「……ケイトさんの部署は何でしたか?」
「私は薬師処。お薬関係に携わる部署よ」
うわぁ、カッコいいなぁ。私がいた部署名はどうしてあんな酷い名前なんだろ。。
「……私の記憶が戻る薬とかないですか?」
「うーん、ないかなぁ。逆に意識を刈り取れそうな薬なら持っているわよ。今、飲む?」
何故ですか!? 飲むはずないですよね!
私は心の奥で叫びながら、優しいはずのケイトさんに返します。たぶん、今の私の表情は少しひきつっているでしょう。
でも、ケイトさんは優しい笑顔のままでして、何事も無かったかのように神殿の敷地を進みます。ショーメ先生に通じる物もうっすらと感じます。
「アデリーナさんとはお会いしている?」
「はい。たまに私を訪れますね。あの人は口うるさい――いえ、面倒見の良い方ですね」
「うふふ、楽しそうな光景が目に浮かびますね。良いですか、メリナさん。アデリーナさんは重圧によく耐えております。でも、張り詰めた糸はちょっとしたことで切れるんです。アデリーナさんは貴女と交流して、それが一時でも緩まることを期待しているのかもしれませんよ。これからも変わらず、仲良くしてあげてください」
「私の緊張の糸が切れそうに毎回なるんですけど? あの人、怖いし生意気だから」
「あはは。そうかもね。でも、メリナさんはタフだから大丈夫」
「宿屋の主人なんて、アデリーナ様を現人神だとか呼んでましたよ。しかも、お祈りみたいなのに、聖竜様よりも先に唱えてました」
そうです。あれ、凄く気に掛かっていたんです。
「あー、あれね。本人に直接聞いた方が良いかも」
「本当に現人神なんですか?」
「人の神様が本当にいるなら……もっと人々は幸せなんじゃないかな。『人だけを救うことは罪悪。我は生死を見守るのみ。魂の連環は全てに平等で最上のもの。至上の慈悲でもある』って、聖竜様も仰ってたと神殿の伝書に書かれてるわ。聖竜様はドラゴンだから、人間だけを救わない。神様がいるなら聖竜様じゃないかな」
なるほど。さすが聖竜様です。
アデリーナ様みたいな偽神とは違いますね。とても含蓄に富んだお言葉です。あと、聖竜様を神様と呼んだケイトさんとは、とても仲良くできると確信しました。
「さぁ、着いたわよ」
ケイトさんに連れてきて頂いたのは、何本もの石柱が大きな石の屋根を支える構えの建物でした。屋根の縁には竜や魔物の像がたくさん並んでおります。
その屋根の下は建物をぐるりと囲むように石の廊下になっているのですが、そこを横切った先に大きな両開きの扉があります。
建物に入る為の扉でしょうね。扉の両脇には黒い巫女服を着た美しい女性が立っております。
ちょうど中から飾りが凝った服をした男性が出てきました。小物もオシャレな感じです。巫女さんに何かを尋ねて、そして、2人でどこかへ移動をしました。
「始まる前ね。間に合って良かった。それでは、メリナさん、私はここまで失礼しますね。またガランガドーさんにお会いしたら、鱗か舌を頂戴したいからメリナさんからもお願いしていてください。約束ね」
「はい。喜んで差し上げます。今日はありがとうございました」
深く礼をして、ケイトさんと別れます。
それから、少しドキドキしながら礼拝堂へと向かいます。
まずは招待状を扉横の巫女さんに見せます。巫女さん、私が近付くのを見て、すぐに柔らかい笑顔で迎えてくれていました。とても優雅な振る舞いです。
「ようこそ、メリナ様。礼拝部一同、お越しいただいたことを嬉しく存じ上げます」
恭しい。礼拝部、何故に私はこの部署に配属されなかったのか。
もう辞めた身とはいえ、野蛮な魔物駆除殲滅部の同僚達と比べてしまいます。
……ん? でも、私、魔物駆除殲滅部の方々なんて記憶を失くした直後と、次の日のお別れの挨拶くらいしか話したことがないなぁ。
どうして野蛮だなんて思ったんだろ。
……潜在意識? 記憶を失くしたように思っていますが、少しずつ戻っているのかな。それとも、部署名から無意識に類推したのかな。
「メリナ様、お席を用意しております。別の係員がご誘導させて頂きますので、中へとお進みください」
大きな扉ですが、巫女さんの言葉の後に自動的に開きました。魔力式の扉なのかもしれません。しかし、初めて見た仕組みで、私は感動致します。
建物の中は魔力式照明で昼間のように照らされていました。
入り口の巫女さんが中の巫女さんに私を引き渡します。こちらの巫女さんも上品な動作で私に簡単に挨拶をして、また席まで先導してくれました。耳で揺れるアクセサリーとか、本当に高価そうな物でして、私も欲しいと思いました。あれを付ければ、私も完璧な淑女になれる気がします。
舞台を扇の形で囲む席は階段状に高さを変えてあります。どの席からでも観劇できるようになっているみたいです。舞台にだけスポットライトが灯されていました。
私が案内されたのは2階席でして、隣席とは壁で区切られています。また、ローテーブルもあって、そこには果物の盛り合わせ、パン、水差しも用意されていました。到底、一人では食べきれない量です。
「大変に申し訳御座いません。本日はお酒の提供はできないこととなっております。しかしながら、他のお料理でしたら、何なりとお申し付けください」
「あっ。はい。……お肉とか良いですか?」
「畏まりました。ご用意できましたら、お持ち致します。それでは、竜の舞をお楽しみください」
ちょっと豪華すぎる待遇に私は驚きつつ、椅子に座ります。
階下を見ると、暗いので良く分かりませんが、多くの人がいるようです。
私はパンを千切って食べながら、ゆっくりと開演を待ちました。このパンも絶品でして、神殿に残っていたならば、これを毎日食べることができたのかと少し後悔の念が出て、その後、肉汁がいっぱいの熱々重厚ステーキを口にして、その感情は更に昂るのでした。
お仕事手帳3
服屋(防具屋)
儲かる。私には商才があったようです。
アデリーナ様やショーメ先生ではダメでしょう。あいつら、絶対に客商売できないですもん。
ただ、私は見てしまいました。血塗れの服や鎧をゴシゴシ洗う店長を。
あれ、絶対に死んだ冒険者のヤツを買い取ってますね。淑女たる私には相応しくないと判断して辞めさせて頂きました。決して大金を手にして安心したからでは御座いません。




