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朝のミーティング

 今朝も私は部署の小屋に一番乗りでした。たぶん神殿から一番遠くの所に住んでいるのに、一番早く来ているのです。巫女の鑑ですね。


 しかし、これは敬虔な気持ちでなく怯えからの行動。

 何か粗相があれば巫女長から予想外の折檻を受けてしまうかもしれない。そんな恐れが私を早起きに仕立て上げているのです。


 あー、きれいさっぱりに整理されたアシュリンさんの机が恨めしい。あの人やオロ部長が辞めなければ、私はもっと落ち着いた感情で神殿に来れていたはずです!


 だいたいオロ部長みたいな人格者は兎も角、アシュリンさんみたいな暴れん坊が神殿以外の場所で活躍できるとは思えない! ……いや、暴れん坊が活躍する神殿ってのもどうかと思うな。


 何にしろアシュリンさんは復帰したら良いんです! 私みたいな出来の良い後輩が居たのに、何が不満だったんだって話ですよ。

 うしっ! 今日の仕事が終わったら総務か人事に突撃して、アシュリンさんの辞職の取り止め交渉をしてやりますか! ありがたく思いなさい、アシュリンさん。



「おはよう、メリナ」


「あっ、おはようございます」


 フランジェスカ先輩の到着です。そうです、私には新しい素敵な先輩ができていたのです。だから、アシュリンさんは要らないですね。

 やはり部長を変えるべきなんでしょう。オロ部長、いえ、オロ元部長の再就任が最も好ましいですが、オロ元部長はオズワルドさんの村で護衛ですものね。そちらの仕事も是非ともお願いしたい。

 あっ! アシュリンさんが新部長になれば良いんです。そして、オロ元部長の執務室だった巣穴で一日中仕事をしてもらえば、私は巫女長から解放され、アシュリンさんの怒鳴り声も避けられ、幸せな巫女生活をゲットできるでしょう。


「メリナ、どうしたの?」


「あっ、いえ、すみません。部署をより良くするにはどうすべきか、想いを馳せてました」


「凄いね。メリナは天才的なところがあるから期待してるわよ」


 天才っ! 思わぬ言葉で褒められて私は鼻息がつい荒くなってしまいました。

 天才パン職人を自認する私ですが、私を天才と実際に呼んだ者はおバカのパン職人ビーチャくらいです。


「えへへ、えー、そんなことないですよ。私なんてまだまだですよぉ。えー、私、天才に見えちゃいますぅ?」


「朝から気持ち悪い顔して、気持ち悪い声出してんじゃないわよ」


 チッ。フロンも来やがったか。


「私は天才だから、お前の無礼な発言を許してやりましょう」


「は? 気持ち悪いんだから仕方ないじゃん」


 一触即発の状況となりましたが、それをフランジェスカ先輩が笑顔で間に入って収めます。私もフロンも先輩には逆らわないのです。



 さて、しばらくすると魔物駆除殲滅部のメンバーが揃います。今日は珍しくルッカさんも来ていました。


「冒険者ギルドからの依頼は終わったって報告を受けたわよ。皆、ご苦労様」


 巫女長はニコニコです。お願いしますから、そのまま優しい感じで終わりください。


「こんなにも早く解決するなんて思ってなかったから、次のお仕事を用意してなかったのよ。ごめんなさいね」


 じゃあ、今日は仕事なしっ!

 飛び上がって喜びたい気持ちを我慢します。油断してはなりません。


「では、本日は戦闘訓練と致したいのですが?」


 アデリーナッ!!

 お前、本気か!?

 巫女長がいるんですよ!! 魔法を喰らったら滅茶苦茶に苦しみますよ!! 訓練と称して巫女長暗殺を狙うなら独りでお願いしますよ!!


「任せたわ、アデリーナさん。私は伯爵様のお城で賢人会議があるから、その訓練には参加できないのよ」


 何ッ!? それは良し! 巫女長がいないのサイコー!!

 訓練開始直後に全員を再起不能な程度に負傷させれば、私は自由を得られます!


「巫女さん、目が笑ったわよ。クレイジー」


 こいつ、鋭い!!


「そんなことないですよ。私の命を狙い続けたルッカさんを堂々と殴れるなんて嬉しいなんて思ってないです」


「そういうのがクレイジーなのよ」


 お前、私を暗殺しようと何度も襲ってきた方がクレイジーでしょ。今ものうのうと私の横に座ってるし。


「メリナさんは戦闘好きで御座いますからね。内心、喜んでいるのでしょう」


 チッ。言いたい放題ですね。

 狭い小屋の中に真四角の大きなテーブル。扉に近い一辺に巫女長が座り、その左右の辺に私とルッカさん、フロンとフランジェスカさんの組が位置して、巫女長の対面にアデリーナ様です。

 私、知ってます。巫女長は気にした様子を見せていませんが、アデリーナ様の席が上座です。


「それじゃあ、皆さん、私は去りますね」


 巫女長は大人しく何もせずに出ていきました。

 素晴らしい。


「早速、胸を貸してやりましょうか」


 にこやかにアデリーナ様へ視線をやりながら私は提案します。合法的にこいつを殴るチャンスでもありますし、心がウキウキです。


「えぇ。是非」


 ニヤリと唇を上げるアデリーナ様。

 ……何だ?


「訓練開始。ルッカ、メリナさんを抑えなさい」


 何ぃ!?

 今からだと!?


「もうサドンリィね、アデリーナさんは」


 言いながらもルッカさんは隣の私を向いて、既に両腕を私の背中に回そうとしていました。

 おかしい!

 いくらルッカさんでもこの素早い対応は不自然です! 私を嵌めるため、事前にアデリーナ様と話を合わせていたと判断すべきです。


 座った体勢では力が出せず、殴り付けて距離を取ることは不可能。そうこう考えている間に、(はだ)け過ぎて破廉恥な胸が私の顔に押し付けられる形にされました。

 ルッカさんの微かな甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。くそ。魔族のくせにおしゃれ気取りですか!?


「ふん!!」


 負けて堪るかと、私は首の力だけでルッカさんの豊かな胸へ頭突きしました。


「巫女さん、ペインフル――イタッ! 巫女さ――痛いって!!」


 高速頭突きです。力が入らないならば、数で勝負。私は激しく頭を動かして抵抗します。

 この動作は吸血鬼でもあるルッカさんに首筋を噛まれない工夫でもあります。


「何やってんのよ……。アディちゃん、小屋が壊れるから外でやろうよ」


 は? 

 フロンよ、お前も道連れですよ。


「グォオオ!!」


 私は激しく左右に体を揺すりながら、立ち上がります。ルッカさんもしっかりと腕に力を込めて私を抑えようとしますが、当然のことながら、私のフルパワーの前には太刀打ちできません。彼女の体は私の動きに合わせて振り回されます。


「ウラァァァア!!」


 一瞬だけ腕が緩んだのを見逃さず、自分の腕を抜く。そして、すかさずルッカさんの顔を殴ってすっ飛ばします。


「何すんのよ 、化け物!!」


 怒るフロン。

 それもそのはずです。

 ルッカさんが無駄に避けようとするから、すっ飛ばす方向がずれまして、フランジェスカ先輩に激突してしまったのです。


「常在戦場。アシュリンさんの教えは厳しいものですね」


「は? フランジェスカに謝んなよ」


「私は悪くない! むしろ突然に襲われた被害者です!! 謝るなら、無謀な命令をしたアデリーナ様か、ルッカさんに当たらなかったお前か、変な方向に飛んだルッカさんの誰かです!!」


 大声でシャウトすることにより、多少は強引な言い訳も認められるかもしれません。そんな計算です。


「久々に本気で相手してやるよ、化け物」


 小屋の中に緊迫感が満ち溢れます。

 殺るならまずはアデリーナ様からでしょう。フロンに純粋な武力で負けることはない。それくらいに今の私はヤツを凌駕していると思っています。


 しかし、防御魔法に関しては自信を持っていると聞いたことがあります。

 アデリーナ様狙いと分かれば、補助役に回って鬱陶しいことになるかもしれません。


 隙を突いて一瞬でアデリーナを逝かせる。

 しかし、相手も同じく私を一撃で仕留めたいと考えているでしょう。絶対に先手は取らせない。



「メリナ、私は大丈夫。痛いけど大丈夫だよ。荒々しい部署だと聞いていたから準備はできてたからね」


 ルッカさんにのし掛かられている体勢のフランジェスカさん。椅子ごと倒れていたけど、深いダメージは無さそうです。

 ただ、本当に隙は見せられない状況です。

 私もアデリーナ様も無言。フロンだけが視線をフランジェスカ先輩に遣りました。



「ちょっと! メリナ!! フランジェスカ先輩を返しなさいよ!」


 その緊迫した場を壊したのは、突然に現れたマリールでした。顔を真っ赤にして大変に怒っている様子でした。

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